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ばけものたち。(他)

 時は遡り――一日前、アルヴォネン王国。


「ずっとずっと探していたんだ」


 夜の闇を切り取った黒髪を項でひとつに括った青年は眼下を見下ろした。アメジスト色の瞳は、本物よりも爛々と煌めいている。まるで、野生の動物が獲物を見つけたように。


「やっと、会えるね」


 すっと目を細める。

 愛しい恋人にでも捧げるかのような言葉を吐きつつ、態度は見事に裏切っていた。それもそのはず、ルーカスの見つめる先にはら崖を背にした屋敷があるのみ。それも森に囲まれてひっそりと建っているような、古めかしい屋敷だった。


 隣で聞いていたティーナは挑戦的な笑みを浮かべる。


「あら?反逆者がいるって決まったわけじゃなくってよ?ルーカス」


 切り立った険しい崖の上には不釣り合いなドレス姿――それでも王城の普段着よりは簡素だが――で。吹き上げてくる風に銀髪が大きく煽られていた。


「水を差さないでくれよティーナ」

「嬉々として乗り込んで、ハズレだったら虚しいわ」

「そうなんだけどね」


 毒気が抜かれたように深々と息を吐きながら、ルーカスは上着を脱ぎ捨てる。やや乱雑気味に胸元のクラヴァットを解いて、軽くワイシャツの袖を捲った。


「それで?配置はどう?」


 そして、やや後ろにいた兵士数人に声を掛ける。唯一片膝と片手を地に付けていた一人が、完了しました、と応えた。


「じゃあ、そろそろ行こうか。先鋒は僕でいい?」


 ルーカスに問い掛けられたティーナが軽く目を閉じる。次の瞬間、薄氷色の瞳は覚悟が決まったように冷たい色をしていた。


「――ええ」


 ティーナの言葉を聞いた瞬間、ルーカスは「よっと」という軽い掛け声を上げて――、


 崖から、飛び降りた。


 吹き上げる風と抵抗で、黒髪が大きく煽られる。落下のスピードに身を任せながら、ルーカスは軽く拳を握った。

 屋敷の屋根にぶつかる、という所で軽く拳を


 振った。


 地震でも起きたかのような轟音が響き渡る。周囲の大地が、森が大きく揺れた。砂塵が舞う。煙のように。


 砂埃が風であっという間に流された後には、先程まであった屋敷の半分が、無惨にも消え去っていた。

 思いっきり地面を殴ったルーカスは、自身の拳を軽く開く。建物を崩壊どころか完全に粉砕、そしてクレーターまで作ったのにも関わらず、指にはかすり傷一つもない。服が砂まみれで汚れているだけだった。


 クレーターの中心から、ルーカスはついと上を見上げる。半壊した屋敷内にいた人間が、何事かと集まってきていた。ルーカスはまっすぐ集まってきた人間へとまっすぐ目を向ける。視線を微かに動かして、がっかりした表情を隠すこともなかった。


「もしかして、ハズレてしまったのかな?それとも消し飛ばしてしまった?……ここに、反逆者達がいるって聞いていたのだけれど」


 一人呟きながら、抉れた地面を踏みしめる。

 一歩一歩、単身で近付いてくるルーカスに屋敷の中にいた人間は、その場で腰を抜かすか、這う這うの体でその場を逃げ出す。逃げ出したところで、この屋敷自体包囲されているので、不可能ではあるが。


「ば……っ、化け物、……っ!」


 立ち竦んだままの一人が吐き捨てるように、非難するように言った。ルーカスが一瞬だけ、動きを止める。


「へえ?随分な物言いだね」


 アメジスト色の瞳をすうっと細めた。口元に笑みを刷く。再び拳を軽く握って一歩、深く踏み込んだ。


「僕はこれでもれっきとした人間なのに」


 弾丸のように飛び上がった。



 ルーカスが飛び降りてから、瞬き一つくらいの時間の後。遥か下の方から凄まじい破壊音が響いてくるのをティーナは聞いていた。


 そっと崖から下を見下ろすと、屋敷の真ん中に星屑が落ちたかのような大きなクレーターが出来ていた。クレーター中心にはルーカスが佇んでいる。遠目から見ても――、いや、見なくてもティーナ達は彼が無傷だと分かりきっていた。


 ()()()()()()()()()()()()ルーカスが怪我をするなんて事はない。


 魔法で起こした風に乗ってくる声が化け物、と叫んでいた。


 ティーナは薄氷色の大きな瞳を細める。

 キルシュライト王国の王族は光の一族。アルヴォネン王国の王侯貴族だって、魔法の力を増幅させる為に血を濃くしてきた。


 その結果が、ルーカスとアリサなのだ。


「おじ様のした事を思うと、貴方達は被害者なのでしょうけれど」


 風が崖下から吹き上げてくる。ティーナの複雑に結い上げた銀髪を大きく揺らした。その風の香りが、僅かに血が孕んでいるのを彼女は感じ取っていた。


「わたくし達も、お友達が大切なの」






 ――同時刻。キルシュライト王国首都キルシュ。


 光の一族でも1位2位を争う光の使い手の衝突は、激しさを増していた。激しい剣戟の音が1拍置いて響き渡る。


 ぶつかり合う毎に、振動が剣を伝う。

 打ち合う毎に剣を持つ手に痺れが走る。

 そして、数滴、朱が散った。


 エーレンフリートは後ろに飛び退って距離を取った。

 感心するように、身に染みたようにしみじみとしたように口を開く。


「……どんなにハゲデブジジイになっても、国で一番の剣の使い手ってワケかぁ」

「ワシまだハゲてないもん!」


 目に見えてエーレンフリートの体と衣服に切れ筋が入っているのに対し、国王の方には傷どころか重そうな服にさえ刃の跡はない。素人目で見ても優劣が付いているにも関わらず、エーレンフリートは、軽薄な笑みをずっと浮かべたままだった。まるでこの状況を楽しんですらいる。


「時間の問題っ、だろっ?!」


 エーレンフリートは踏み込んで一気に距離を詰めた。

 また頬に一筋の赤が走る。まるで痛みを感じていないかのような態度のまま。


 再度国王から距離を取ったエーレンフリートは、落としていた腰を上げて背筋を伸ばした。

 小さく舌打ちをして、持っていた剣を眼前に掲げる。

 予想していたかのように、剣に大きくヒビが入った。


 対する国王は腰を落としたまま、エーレンフリートに向き合う。光の剣は輝きを失うことない。

 エーレンフリートは僅かに片目を眇めて、苛立たしげに呟く。


「近衛騎士団の正規の剣でも全然持たねえ。……ほんっとに……」


 そして、叫んだ。


「ど〜やって勝てってんだよ?!こんなデブ無理じゃね〜か!!」

「ええい!駄々をこねるでない!!気が抜けるじゃろが!!そして、デブ関係なくない?!」


 場の空気を一気に緩ませた2人だったが、その場の流れを作っているのもまた、2人だった。

 国王は追撃せずに喚く。


「……ワシは人の事ハゲデブジジイとか悪く言うような子に育てた覚えはない!!ワシはちょっとだけ、ほんのちょっっっっとだけ、ふくよかなだけなんじゃ!!悪い子にはお尻ペンペンの刑じゃ!!」


 髪の毛を掻き上げ、エーレンフリートは国王を睨み付ける。

 口元に酷薄な笑みを浮かべた。


「てめぇ……、育てられた覚えもねぇし、まず鏡で自分の事見た方がいんじゃね〜の?」


 ヒビが入ったままの剣を正面に構える。


「……オレが脂肪落としてやろうか?!なぁ?!」


 国王の剣を握る手に力が籠る。それは誰にも気付かない程度の小さな変化。


「――それは御免じゃ!!」


 エーレンフリートですら、目で捉えられなかった。

 自分が空中に飛ばされてから、腹を殴られたと気付いたのだった。


 受け身をとる余裕すらない。

 派手な音を立てて、背中から後宮の壁に突っ込む。


「――っ、かは、っ」


 すぐに立ち上がる力は入らなかった。ズルズルと床に座り込む。

 腹部と背中が熱を持つ。血液が沸騰しているかのように。

 心臓がドクドクと耳元で聞こえるくらい、大きな音をたてている。エーレンフリートは飛びそうになる意識の中、自嘲気味に唇をつり上げる。


「……はっ」


 酷く久しぶりに、痛いと感じた。

 初めから、最初の一合から、気付いていたのだ。

 勝てないと。


 それは、エーレンフリート自身を蝕む病気と同じで。


 ――やっぱり、無理だったか。


 なんて、無理矢理保っていた意識を、飛ばした。

ダイエット、失敗――。

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