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家族旅行みたいな?(他)

寝るまでが今日……!

 ローデリヒ様の問いに、アーベルは答えなかった。

 まあそりゃそうだよね……。幼児だし。


「とーたま!」


 代わりに両手を伸ばして抱っこをせがんでいた。ローデリヒ様もアーベルを抱き上げて、膝へと乗っける。

 ギュッと父親のシャツを掴んだアーベルは、木にしがみつくコアラみたいな格好になっていた。

 ローデリヒ様は片手でアーベルを支え、片手を私の方へと伸ばしてくる。


「キツいか?」


 指の背が額にピタリとくっ付いた。私の額よりほんの少しだけ冷たい。そのまま顔に掛かる前髪を避けるようにして手が動いた。私の表情を覗き込むようにして、見下ろしてくるローデリヒ様の瞳には心配そうな色が浮かんでいる。


「いや……、ちょっと疲れたなあって……」


 私は指先から伝わってくるひんやりとした感覚が気持ち良くて、目を閉じた。

 あー、なんか寝ちゃいそう……。


「少し寝ていた方がいいだろう。……無理をさせたからな」


 薄らと開けた視界のローデリヒ様は眉間に皺を寄せる。


「……大丈夫ですよ。慎重にならなきゃいけない問題だっていう事は分かっています。……きっとこれは」


 私が足でまといなだけ、という言葉は続かなかった。

 ローデリヒ様が更に険しい顔になっていた。


「そんな事は微塵も思っていない。やっぱりあまり具合が良くないのだろう?」


 腕を上げて、親指と人差し指でローデリヒ様の眉間の皺を広げるように伸ばした。


「あんまり眉間に皺ばっかり寄せてると、本当に皺が残っちゃいますよ」

「……む」


 今度は口をへの字に曲げる。表情筋意外とあるなあ。

 でも私も、さっきから後ろ向きになっているかもしれない。やっぱり調子が悪いのかも。


 体調悪い時って体も心も弱っちゃうからね。

 ローデリヒ様の眉間を伸ばしながら、私は再度瞼を閉じた。片目を眇めて彼はされるがままにされていたけれど、やっぱり最後に見えた姿は心配そうな、やや不安そうな雰囲気だった。








 ――同時刻。キルシュライト王国、首都キルシュ。

 柔和な顔立ちの青年と、肥満気味の体型の中年男性が向かい合っていた。周囲には縛られ転がされている複数人と、武器を所持した騎士が複数。


 丸腰の人々は怯えた目をしながら、固唾を飲んで二人の言動を見守る。騎士達は中年男性男性を警戒するように、全員が武器に手を掛けていた。その動きだけで、相当訓練されているのが伺える。


 そんな騎士達の動きに動じることなく、中年男性――国王は真顔で青年――エーレンフリートを見据えた。

 まるで、この場には二人しかいないというように。


「お主が選んで進んだ道だ。私がどうこう言えはしない」

「……へえ?」


 いつものふざけた雰囲気はどこにもない。エーレンフリートは片方の眉毛を上げた。


「だが、私もこのキルシュライト王国の国王だ」


 予備動作はなかった。

 呟きと呼応するように粒子のような光が国王の手のひらに集まる。物理的な質量を持たないはずのそれは、剣の形を成した。それを軽々と国王は片手で持って真正面に構える。


「だから、人々を導く光である。――正しい道へ」

「……なるほどね?陛下が直々にオレを導いてくれるってこと?泣いちゃうね〜」


 エーレンフリートも口元に笑みを作りながら、上に向けた手に光を集める。それが両手で抱えられるくらいの球体になった頃だった。


 開戦の合図などない。


 エーレンフリートが無造作に手を振るう。目に見えない程のスピードで飛んだ針を、全て国王は剣で叩き落とす。そして口ずさむ。


「《光雷撃(ライトニング)》」


 光が走った。轟音が響く。エーレンフリートの背後の壁に複数の亀裂が入る。抉れた壁の破片が落ちる少し前。エーレンフリートの目前に国王が迫る。


「っと?!」


 エーレンフリートは反射的に身に付けている細身の剣を抜いた。彼の経験で動いただけだった。

 片方は金属、片方は光を集めたもの。しかし、甲高い音が鳴った。エーレンフリートの金属の剣がやや欠ける。力でも競り負けるように、エーレンフリートは片足を踏ん張るように一歩後ろへ下がる。


 畳み掛けるように、国王はやや剣を引いて斜め上から切り下ろす。エーレンフリートはそれを難なく受け止めた、かのように見えた。


 エーレンフリートの頬に赤い線が浮かぶ。

 見えなかった。誰にも。


 文字通り、光の速さでエーレンフリートは切り付けられた。反応すら出来なかった。


 剣を合わせれば何となく相手の力量が分かる環境に置かれていた彼らには、分かった。目に見えた。


 この勝負の行く末が。


 エーレンフリートの額に汗が浮かぶ。


「……剣の天才はまだ衰えてない……ってか?」

「喋っている余裕があるのか?」


 冷や汗をかくエーレンフリートに、国王は凍えるような海色の瞳を向け、吐き捨てた。













「………………はれ?」


 いつの間にか窓からはオレンジ色の光が射し込んでいた。一瞬何が起きているのか全く分からなかった。ボーッと眩しいなあ、と思いながら窓からの光を眺める。段々と目が覚めてきて、目を瞬かせた。


 あれ、私、寝てた?

 変な時間に寝ると逆に疲れてしまう気がする。ギシッと鳴るような体を動かして上体を起こす。ローデリヒ様とアーベルの姿は部屋にはなかった。


 どこ行ったんだろ……。

 やや怠い体でベッドから下りた。喉も乾いたし……、宿のロビーとかにいるのかな?いや、もしかしたらご飯食べてるのかもしれない。


 そういえばここの宿屋って、夕御飯は食堂的な所で出される感じ?この世界の宿屋の方式が分からない。どうするんだろ?


 グルグルと考えてると、洗面所から音が聞こえてくる。無意識に音につられて覗いてみると、洗面所というよりお風呂場だった。シャワーの音。


 そっと扉を開ける。同時にバッと中の人がコチラを振り向いて、バッチリと目が合った。

 月光のような金髪は濡れて水が滴り落ちている。海色の瞳は驚きで見開かれていた。


 そうですね。ローデリヒ様ですね。


 しゃがんでいるローデリヒ様の足の間から、ひょっこりとアーベルがニコニコとご機嫌な顔を覗かせた。


「きゃあ!」

「うわあああ」


 慌てて私はお風呂の扉を閉めた。

 ちなみに始めに叫んだのは水が掛かってはしゃぐアーベルで、次に声を上げたのが私。ローデリヒ様は声も出さずに固まっていた。


「私は何も……、何も見ていませんから!」


 扉越しにローデリヒ様に言い訳をする。いや、本当に見てないからね。上半身裸な所しか見てないからね。バッチリ見てたわ……。


「……あ、ああ」


 酷く困惑したような返事を貰ったけど、完全に私の勢いに押されたみたいな感じだった。

 なんで何も考えずに開けちゃったんだろ私。そういえば、今までローデリヒ様と同じお風呂をあんまり使ったことなかったような気がする。だって王城にはお風呂沢山あるし……。


 気まずい……、気まずくない……?

 あれ?一応夫婦なんだし見ても問題無いんじゃ……?


 なんて思ったけど、ちょっと刺激が強すぎると言いますか……。子供2人居て何言ってるんだって感じだけどさ!!


 大混乱しながら、洗面所で立ち尽くしていると凄い勢いで扉が開いた。


「あっ、アーベル!!」


 珍しくローデリヒ様の焦った声と共にお風呂から小さな影が飛び出してくる。


「あーたま!」


 とてとてと私に向かってアーベルが飛び込んでくる。何とか受けて止めた。さっきまでお風呂入ってたからびしょ濡れなんだけど。


「あっ、待って、母様のドレス汚れてるから、砂まみれだから、せっかくアーベル綺麗になったのに」


 砂まみれのドレスのまま普通にベッドに入ってたんだけど、それよりも疲れが勝ってたのかもしれない……。基本的にはお風呂入ってからじゃないとベッド入るの気持ち悪い派なんだよね……。


「アーベルも心配していたからな。嬉しいのだろう」


 ローデリヒ様が腰にタオルを巻きながら出てくる。上半身は裸のままだ。なんかすごく……、筋肉がついてます。脱いだら凄いとか言うやつなんだろうな。直視出来ない。


「そっか、アーベル、心配掛けてごめんね?」


 ヨシヨシ、と濡れた頭を撫でる。気持ち良さそうにされるがままだったが、ドレスの裾を引っ張られた。お風呂の方へ。


「あーたまも!」

「え、母様もお風呂?」


 首を傾げた私に、ローデリヒ様がアーベルの気持ちを代弁する。


「アリサも一緒にお風呂に入って欲しいんだろう。どうする?一緒に入るか?」


 アーベルを宥めながら、私は頷いた。


「そうですね。私もお風呂入りたいですし、一緒に――」


 はた、と重大なことに気付いて言葉が止まった。


 あれ?これってローデリヒ様ともお風呂一緒に入るという事では?


 同じことに思い至ったローデリヒ様も固まる。

 瞬間、洗面所に恐ろしい程の沈黙が降りた。

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