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キャストミス。(他)

 人の喧騒の間を縫うように、ローデリヒは駆け抜ける。ジュストコールを脱ぎ、白いシャツ姿の彼は先程よりかはまだ街に溶け込めているようだった。

 一時的にアリサとアーベルを宿へと留め、《千里眼》であらかじめ見ていた目的地へと真っ直ぐに急ぐ。そして、到着するなり店の扉を荒々しく開け放った。


「両替商はここか?」


 まったり新聞でも読んでいたのだろう。モノクルを掛けた格幅の良い中年男性がびっくりしたように肩を跳ねさせる。


「……え、ええ。そうですよ」


 両替商の男が頷くと、ローデリヒはカウンターに自分の着ていたジュストコールを置いた。


「これを売れば幾らになる?」

「これは……かなり高価そうなジュストコールですね。どちらで手に入れたのですか?」


 品を見るなり、両替商は目を見張る。装飾こそは控え目であったが、使われている生地もボタンも高価なものだった。ひっくり返したりして品物を確かめている。


「自分のものだ。普通に仕立て屋を呼んで作らせたものだが……」

「うー……ん。……そうですね。……では、10万でどうです?」


 買い叩かれているのは、すぐに分かった。

 数の多いボタンは全て銀。銀の相場を知っているローデリヒが簡単に数えても、銀ボタンだけでその位の額は簡単に超える。


「分かった。それで換金してくれ」


 価格交渉をしている暇などなかった。

 ローデリヒはすぐにでも宿に戻りたかったし、すぐに現金が必要だった。


 そう――アリサもローデリヒも、普段お金を持たないのが当たり前だったので、2人して一銭も持っていなかったのである。


 目的を果たしたローデリヒは、転移で帰路をショートカットした。






「あっ、ちょ、やめ……っ、そこダメぇ……!」


 ――同時刻、キルシュライト王国首都キルシュ。

 余分な贅肉に包まれた体に、縄を掛けられた中年男性は喘ぐ。既に縄が掛けられているジギスムントは、自分の置かれている状況を他所に、思わず白い目で見た。


 敵の首謀者――エーレンフリートも思わずドン引きした顔をする。実際に縄をかけた騎士は言わずもがな、だ。


「えー……、おっさんが縛られながら喘いでるのめっちゃ気持ち悪いんですけどー……」

「誤解じゃ!ちょっとくすぐったかっただけなんじゃ!決してそんな趣味ではないぞ!!」


 両手を後ろに拘束されつつも、キリッと宣言する中年男性――国王。


 国王とジギスムントだけでなく、後宮で働く人間と国王の側室達が一室に集められて拘束されていた。魔力も抑え込まれているので使えない。


 王城全体だけではなく、一部。


 あまり人の出入りが多くはない後宮がエーレンフリート達によって、掌握されていた。

 つい先刻まで、国王とエーレンフリートはのんびりとお茶を楽しんでいたのである。後宮が落ちるのに時間はほとんど掛からなかった。事前に綿密に打ち合わせでもしていたのだろう。あざやかな手腕であった。


 贅肉に食い込む縄に気を取られ、国王はモゾモゾと体を動かしながらエーレンフリートに問い掛ける。


「……取り敢えず、これはどういう事なんじゃ?」

「見てわかんねぇ?オレは後宮を占拠したの」

「いやさすがにそれは馬鹿でも分かることじゃが……」


 後ろ手に縛られていたはずが、モゾモゾと体を動かしたせいで何故か亀甲縛りになった国王が呆れたように目を細めた。


「ワシは、何故お主がこんな事をしたのか、と聞いておるのじゃ」

()()()()()()()()()……ねぇ?」


 組んだ足の上に頬杖をついて、エーレンフリートはやや考え込む。しばしの間、拘束された人々は固唾を飲んで状況の行方を見守っていた。やがて、エーレンフリートは重々しく口を開く。


「まあ、何となく分かってるんじゃね〜の?アンタなら」


 酷く詰まらなさそうに、投げやりに国王に質問し返した。国王は少しだけ目を見張る。


「……何となくは分かるのじゃが、動機がさっぱりでのう」

「へぇ?」


 正直に答えた国王に、唇を吊り上げてエーレンフリートは首を傾げた。


「ま〜、別にそんなに深い動機なんてねぇかな〜。強いて言うなら、()()()()()。それだけ」


 本当に気軽に、大したことでもないように、エーレンフリートは続ける。

「べっつにぃ〜、オレはキルシュライト王家に特段思い入れもねーし?ま〜、ローデリヒは良い奴だけどさぁ?どっちかと言うと、キルシュライト王家の血筋である事が好きじゃねぇんだわ」


 国王は思わず息を飲んだ。軽くて軟派な優男のような風貌、行動のエーレンフリートらしくはない。先程から吐き捨てるように、言葉尻が荒々しい。


 思い当たる節があるからこそ、何も言えなかった。


「こんな歳まで生き長らえちゃったけどさ〜。こんな体だったからこそ、気付かされる事が多かったワケ」


 先祖返り。魔力の多さは直系王族並み。血は薄まっているが、キルシュライト王家の分家、ヴォイルシュ公爵家の出身。


 ありとあらゆる言葉で、エーレンフリートは褒め讃えられてきた。それはエーレンフリートの事をよく知らない人間が吐いた無責任な言葉だった。

 近しい者程、エーレンフリートを憐れむ。


 魔力が()()()()が故に、エーレンフリート自身の体が持たない事を。

 魔力が足りずに人体を構成出来なかったアロイスのように、魔力が足りすぎても人体に負荷が掛かりすぎるのだ。


 エーレンフリートはずっとずっと寝たきりだった。病人だった。そう長くは生きられないと言われていた。家族にだって、腫れ物のように扱われていた。己の魔力のせいで。


 体の成長と共に通常の生活を送れるまでにはなったが、それでも多すぎる魔力は体に毒だった。

 魔力を使わないと全身が酷く痛む。内臓も崩壊していく。軽い風邪でも治りにくい。子供だって残せない。


 自分の魔力が常に自分を攻撃しているような感覚。

 だからこそ、エーレンフリートは自分の命が特に惜しくはなかった。元々、両手の数くらいしか生きられないと言われていたのだ。近衛騎士団長は、エーレンフリートにとって魔法も定期的に使えるし、誰かを助けるなら短い命を有効的に使えると思ったのだ。


 ()()()()20代前半まで生きたことはエーレンフリートにとっては()()だったけれど。


 それでも、人並みの幸せも健康的な体もエーレンフリートにとっては遠いもの。もし、手に入れていたかもしれなくても、エーレンフリートにとってそれが幸せだったのかさえ分からない。


 限りある短い命の中で、エーレンフリートは幾つもの己の生き方の選択をしてきた。その中で、人並みの幸せを手に入れようと頑張ってみたら、それなりに人並みにはなれたかもしれない。

 だが、エーレンフリートはそうはしなかった。

 そこに後悔はない。


 だが、短すぎる人生だと分かっていたからこそ、気になったのだ。


「健康的な体も、そこそこの魔力も持って、自由に色んな事をして生きられるのに、復讐なんかに人生捧げちゃうような奴の思考回路が分かんなくてさ?だから、気になったんだよなぁ」


 気になった。ただ、それだけ。

 失う以前に、何も持たなかったエーレンフリートだからこそ出来た行動だった。


「オレはあんまり長くないから、最後に知りたいなって」


 幼い子供が抱くような、純粋な興味。

 エーレンフリートの琥珀色の瞳には憎悪も、悪意も、殺意も浮かばない。


「だから協力したに過ぎないんだよ」


 国王――ディートヘルム・エーリアス・キルシュライトは、静かに聞き入っていた。目を閉ざし、ひとつ息をつく。

 次に瞼を開いた時は、鋭い視線をエーレンフリートに向けた。


「そうか。――なら、仕方がない」


 国王を縛っていた縄が焼け焦げた臭いを発しながら、消えた。ゆっくり立ち上がる。


「あれ?元から知ってたんじゃね〜の?」


 エーレンフリートも面白可笑しそうにその様子を眺めながら、やや構えるように椅子から腰を上げた。

 そして、この場にいない唯一の人間の名前を告げる。


「ハイデマリーさんがいねぇのがその証拠だろ?」




 ――同時刻、ココシュカ。


 真っ赤なドレス。派手な装飾品を身につけ、髪をきっちりと結わえた女性が街の往来のド真ん中に立っていた。いきなり現れた彼女に周囲は騒然とした。妖艶な顔立ちも相まって、かなり目立っているのだが、本人は有象無象の視線など気にはしない。


()()()からの連絡だとここなのだけれど……、転移だとかなり魔力を使ってしまうわね」


 一人難しい顔をした女性――ハイデマリーは、近くにいた人間に声を掛けた。


「そこの貴方。金髪の男を見なかったかしら?」

国王の喘ぎ声(違う)は運営さんに通報され……ないよね?

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