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信じていたい?

「アーベルが視た、未来……?」


 オウム返しだった。この小屋にいる状況も、ローデリヒ様が話してくれているこの流れも全くついて行けていない。

 しかし、未来のアーベルが来た日。私は聞いていた。


 ――「実は――、間違っちゃったんです。移動するはずだった日を」


 つまり、アーベルは何らかの目的を持って過去に移動をしようしていた、という事になる。その目的が、何なのかは分からないけれど。


 ローデリヒ様がわざわざ()()()()()()()()()と言った。私の知らないところで、アーベルがローデリヒ様にこの襲撃が起こることを予言していたという事にならないか――?


 理解した途端、私の奥底から湧き上がってくる。とても熱いものが。落ち着かないといけないのに、止められなくて、止まらないもの。

 勢いのまま、アーベルを抱くローデリヒ様の袖を掴む。


「どうした?」


 不思議そうな彼の表情に、私は開きかけた口を噤んだ。

 違う。今はこんなことを言っても、仕方がない――と、やや冷静になった。


 小さく息を吐く。心の中に燻った熱を逃すように。

 私の中で渦巻いているのは、紛れもない。


 怒り、だった。


 ゆっくりと袖から手を離す。


「……なんでもないです。()()()()()()()()()って一体なんですか?」

「私も詳しくは知らない。未来を事細かに知らせる事は、未来を変えてしまう危険性があるから」

「未来を変えてしまう……」

「簡単に例えると、死ぬはずがなかった人が死んでしまうことも、生まれるはずだった命が生まれない事になってしまう可能性があるという事だな。逆も然りだ」


 つまり、アーベルが居た未来は大きく変わってしまう――というか、存在しない未来になってしまうという事になるってこと?


「それだけじゃない。アーベルは()()()()()()()()()()()には、過去、あるいは未来の己との入れ替わりと滞在時間は1日、魔力の大幅な消費の3つの制約を話していた。しかし、制約は3つ()()とは言っていない」


 16歳の姿のアーベルを思い浮かべる。

 目の前に立つローデリヒ様にそっくりで、まだ少し幼さの残した顔立ち。

 彼は大したことのないように話していたけれど、気付いてしまった。


 いや、本当はもっと早く気付いてあげないといけなかった。


「過去を変えるのは、現在(いま)の自分を消滅してしまうリスクを、

 未来の自分と入れ替わって、未来を知り、現在を変えるのは、生きていたはずの未来の自分を消滅してしまうリスクを、常に孕んでいるという事だ」


 あの時のアーベルは、命懸けだったという事を。

 ローデリヒ様が眉を寄せた。


 ――()()()()()()()()()()()なんて便利な能力、そう簡単に使えるわけがない。


 まるで自分の無力感を悔しがるような、声なき声が聞こえた。

 私のレアな能力の人の心を読む能力だって、周囲無差別の上に常時発動というデメリット。

 幼馴染みのルーカスの常時発動の身体強化は、常に意識していないと色んなものを破壊してしまうマイナス面がある。


 ローデリヒ様とティーナの転移魔法は、一人乗りの上に魔力大量消費。距離も魔力量に比例はするが、人間の魔力は無尽蔵では無い為、ある程度制限されていると言っていい。

 国王様の光と同速に進む魔法は、自分自身を光に変換している。だから、一歩間違えたら光のように散ってしまう上に、単純に速すぎてコントロールが難しい。魔力消費も尋常ではない。


 この世界の便利そうな魔法と能力は、常に何かしらのリスクとデメリットを抱えている。

 均衡を保つかのように。


「アーベルの能力のお陰で、離宮へ向かうことで何かが起こることは分かっていた。だが、離宮行き自体を中止にするのは、アーベルの身に何が起こるか分からなかった」


 アーベルのことを考えると、()()()()()()と分かっていても、私達は離宮へ行かなければならなかったのだ。


 私がこの事を事前に知っていても、きっと同じ事をしただろう。


 命懸けで過去に来てくれたアーベル(息子)の為に。


「危険人物は連れては来なかった。危険人物を連れて来なければ、大丈夫という訳ではなかったらしい。……すまない。黙っていて」


 私はローデリヒ様を見上げる。

 あらかじめ教えていてくれても、私はこの状況についていけなかったかもしれない。それでも、私だけが知らない事に怒りと、悔しさを感じたのは確かだ。


 私は母親なのに、家族なのに、と。


「本当ですよ。教えて欲しかったです」


 でも、非常事態なのでローデリヒ様と16歳のアーベルにお説教は後でする事にする。16歳のアーベルにお説教出来るのかは分からないけれど。


「あらかじめ何かあると身構えさせ続けて、道中は何も無い可能性もあった。気疲れさせるのもどうかと思ってしまった。……いや、言い訳にしか過ぎないな」


 ローデリヒ様が珍しく、ちょっと落ち込むように肩を落とした。心の底から悪いと思っているのが、私にはダダ漏れである。声にしなくても伝わってくる。

 対する私は、疎外されていた理由が気遣ってくれていたせいだと知って、ちょっとだけ溜飲が下がる。


 我ながら単純だなあ……。

 それにしても、だ。


「危険人物って誰ですか?」


 離宮行きに連れてくるのをやめた、という事は離宮行きに連れて来るくらい私達の身近にいる人間だ。記憶の中ではそんな人間はいなかったはず。私の能力が発動している時も、だ。


 ローデリヒ様の目が揺れる。馬車の中で見た、どう受け止めていいか分からないような表情。

 伝わってくる感情は、迷子の子供のように途方に暮れていた。


 彼のアーベルを抱く手に僅かに力がこもった。キュッと唇を一瞬引き結んで、彼の中で折り合いを付けたのだろう。迷いを振り払うように一言。


「エーレンフリートだ」

「…………えっ?」


 ローデリヒ様の言葉が飲み込めなかった。


 近衛騎士団長。王族の親戚であるヴォイルシュ公爵家の末子。

 ローデリヒ様と歳が近い人だったはず。


 ちなみに私はあんまり絡みがないんだよね。一応親戚なので嫁いできた最初の方に挨拶したり、あとは護衛してもらったくらいかな。

 ローデリヒ様もイケメンなんだけど、エーレンフリート様はまた違ったタイプのイケメン。優しげな感じだ。


 なんか、めっちゃ光魔法強い人だって聞いている。


「ちょ……、なんで?!」

「私もエーレンフリートが何故こんなことを仕出かそうとしたのか本人に聞きたい……」


 ローデリヒ様は苦虫をたっぷり噛み潰したような顔をした。

 でも、危険人物がエーレンフリート様ならば、ローデリヒ様の表情も感情も納得だ。きっと、彼自身がエーレンフリート様のことをまだ信じていたいのだろう。


「王都でエーレンフリートは監視付きで大人しくさせている。まだ罪を犯していない者は裁けない。反逆の計画ですら、証拠はない」


 例え、計画を立てていたとしても、最後の最後で実行を止める選択だって出来る。反逆の計画ですら、頭の中で立てているだけならば、裁くことは出来ない。

 私みたいに心を読める人間はほぼいない上に、人の思考は証明は出来ないから。


 ローデリヒ様は、一呼吸置いた。


「だが、襲撃未遂が起こってしまったという事は、何かしら動いているのは確かだろうな」

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