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証明?

「……キスされたんだよね」

「はあ」

「……そして、耳触られたんだよね」

「……はあ」

「なんかこう……すっごく、いやらしい手付きで」


 おかしい。

 真剣な話をしているはずなのに、ヴァーレリーちゃんがゲンナリとした顔をしている。目なんて濁っていた。魚屋の魚の方がまだ澄んだ目をしている。


 十六歳のアーベルが来た日からはや数日。


 アーベルは迷子になるわ、私は後宮でお茶会に参加してるわ、長い一日だったように思う。私の能力がハイデマリー様にバレていた件については、ローデリヒ様が調べておくと言っていた。

 ローデリヒ様万能すぎない?


 アーベルはきっかり一日であっさり帰っていったので、やっぱり間違ってあの日に来ちゃったんだね。

 そして、帰ってきたそろそろ一歳半になるアーベルの夜泣きは相変わらず治まらなくて、とても困っている。特にそれまで一緒に寝なくても大丈夫だったのに、アーベルが私にべったりなんだよね。

 ローデリヒ様には寝室を分けようと切り出したけど、彼は彼で私達と離れたくないらしい。こっちもべったりなのか……?


 あれから大きい事件というと、国王様に隠し子がいるって話だったな。ゲルストナー宰相とヴォイルシュ公爵家が血眼になって探しているらしい。国王様は身に覚えがないとか言っていて、ローデリヒ様に「流石に認知しないのは最低だと思います」と冷たい目で見られていた。


 まあ、そんなこんなで、十六歳のアーベルがタイムスリップしてきた日から数日経ったんだよ。

 経って、しまったんだよ。


 私はずっとモヤモヤしていた。不安とかそういった方面で。理由はローデリヒ様にされたキス。だから、同世代で婚約者のいるヴァーレリーちゃんと、恋愛経験豊富そうなイーナさんに話を聞いてもらうことにしたのだ。


「…………それで、殿下を殴ってしまったと」

「そうです……。ほら、反射的にね?反射的にやっちゃったんだよ?自分の意思はなかったっていうか……、悪気はなかったというか……」


 ヴァーレリーちゃんは栗色の瞳を更に濁らせた。イーナさんは何やらワクワクした様子で私達を見守っている。


「つまり、奥様は殿下にいやらしい手付きで触られる事自体は嫌でなく、反射的に殴ってしまった事を気にしている……ということですか」

「えっ」

「えっ、違うんですか?」


 なんかヴァーレリーちゃんに、とても面倒くさそうな顔をされた。本当に感情を隠さないよねヴァーレリーちゃん。


「いやらしい手付きで触られる事はそれは勿論……」


 勿論、…………あれ?勿論、何だ?

 一時的な記憶喪失になった時はファーストキスまだなのに妊婦になってる?!とか思ってたけど、普通にファーストキス済ませてたし……、えっとその……夫婦らしい事は一応片手の半分も回数いってないけどしたし……、ほら、今更って感じだし。


 だから、何度か人の登場で遮られてたけど、キス自体は嫌じゃないし、何度かしてるし……。

 いきなりいやらしい手付きで触られる事は、別に抵抗なんてない……。手が勝手に出るだけで、ない、はずだ。


 あれ……?って事になると、私が引っかかっているのはローデリヒ様の鳩尾にクリーンヒットさせてしまったこと?


「どうしたんですか?」


 私は困惑した。不自然な所で止まってしまった私の言葉に、ヴァーレリーちゃんは首を傾げる。


「どうしよう。ヴァーレリーちゃんの言う通りかも……」

「…………そうですか」


 真剣に困っている私だったが、ヴァーレリーちゃんは両手で顔を覆った。なんでだ。


「ヴァーレリー様にはちょっと刺激が強かったんですよ。だってまだウブな乙女ですし」


 ニコニコと上機嫌に微笑むイーナさんが、ヴァーレリーちゃんの両肩を持つ。ヴァーレリーちゃんは()()()()()というワードが気に食わなかったのか、指の隙間から物言いたげな目をイーナさんに向けた。イーナさんは思いっきりスルーしてたけど。


「奥方様。反射的に殴ってしまう事に対する解決策があります」

「え、なになに?!」


 ずいっと身を乗り出してくるイーナさんに、私も前のめりになる。イーナさんはゾッとするような妖艶な笑みをみせた。


「奥方様から殿下に触るのです。親しい女性から触られて嫌になる殿方はほとんどおりませんし……」

「なるほど!その手があった!」






 そして、夜。


 何が、「その手があった!」だよ。普段私からローデリヒ様に触らない上に、ローデリヒ様と身体的接触なんて指が当たったくらいが日常なんだよ。キスも全然しないし。


 イーナさんからの解決策もらったけど、これ役立てないやつじゃない?


 今日もアーベルが夜泣きしてしまったけど、流石に寝不足が続いてしまっているからか、イーナさんが面倒を見てくれている。そう、今日はゆっくり休める日だった。


 ……のに、イーナさんのお陰で全然眠れない所か、目が冴え渡っている。流石イーナさん……国王様の側室やっていた事はある……。


 寝れなくてモゾモゾと寝返りをうっていると、音もなくローデリヒ様が部屋に入ってきた。今日も深夜。

 やっぱり王太子は忙しいらしい。


「起きているのか?」

「……う……、はい」


 昼間に話したことが頭をよぎって、それが気まずくて狸寝入りしようとしてたのに、一発でバレた。

 ゆっくり布団の中に入ってきて、隣で寝転んだローデリヒ様は、ポツリと言った。


「すまなかった」

「……ん?」


 いきなり謝られる理由が分からなくて、隣を向いた。ベッドの天蓋を眺めるローデリヒ様の横顔を見つめる。


「その……キスした時、いきなり耳を触って……」

「えっ、あ、……むしろこちらこそごめんなさい……。急に殴ってしまって……」

「いや、いい。触れられて嫌だったのだろう?」

「嫌……とは?」


 私が男の人に対しての拒絶反応は知っているはずなのに、今更どうしたんだろう?と内心首を捻る。


「あれからずっと、私に対して何かぎこちない気がしてな……」


 ずっとモヤモヤしてたのバレてたのか……。

 流石にこのままでは不味いと思って、私は上体を起こす。ローデリヒ様は寝転んだまま私を見上げた。


「触られた事については嫌じゃないです」

「そうか……。だが、無理はするな」

「嫌じゃないんですって」

「分かった。しかし、私に気を遣う必要はない」


 駄目だ。あんまり信じてもらえてない気がする。


 こうなった原因は、きっと何度もローデリヒ様ボコボコにしてしまった事だろう。むしろ、ボコボコにしすぎた気しかしない。ローデリヒ様、王太子様なのに。


「分かりました。なら、今から証明します」

「……は?証明?」


 ローデリヒ様はどういう事か分からずに、私の言葉を繰り返した。





「ローデリヒ様は何にもしないで下さいね」

「あ、ああ……。分かった……」


 ベッドの上でローデリヒ様は胡座をかく。私は膝立ちでローデリヒ様に向かい合った。


 そして、そのまま数秒、お互い固まった。


 図らずも、イーナさんのアドバイスが実行出来る流れになってしまったんだけど……、改めて意識すると恥ずかしい。

 というか、触れるって例えばどうすればいいの?

 しまった。詳しく聞いておけばよかった。


「と、取り敢えず、じっとしててください」

「してるが……?」


 ジリジリとローデリヒ様に近づく。

 接触……接触……、キスとか?いや、ハードルが高すぎる。これでもヴァーレリーちゃん並にウブなんだ。子供二人目妊娠してるのにウブってなに?って感じだけど。


 難易度低そうなハグでいこう。そうしよう。


 ローデリヒ様に近付くと、白い首に喉仏がはっきり浮かんでいる所や、寝間着の襟元から鎖骨が見える所とか、なんかそういう所までかっこいい。顔良い上に身体まで良いとか、この王太子様に天は何物与えたの?


 真正面から抱きつくつもりだったけど、気付いた。

 あれ?胡座かいてたら意外とローデリヒ様が遠い?

 仕方ないのでゆっくりとローデリヒ様の膝に乗り上げて、背中に腕を回した。


 細身の体には、意外と筋肉がついているのか固い。

 胸元に頬を寄せると、やや高い体温と少しだけ早い鼓動が伝わってくる。


 ……ローデリヒ様、なんかいい匂いするんだけど。

 ぺったりと彼の胸に頬をくっ付けていたら、上から戸惑った声が落ちてくる。


「その……このままでどうするんだ?」


 私はそのままの体勢で見上げた。ローデリヒ様は下を向いていたらしく、目がバッチリと合う。ローデリヒ様の体に変な力が入ったのが伝わってくる。


「これで証明出来ましたか?」

「………………証明?」


 さっき証明するって言ったばっかりなのに、もう忘れちゃったの?

 ちょっとムッとしながら説明し直した。


「ローデリヒ様に触る事に対しては嫌じゃないって事を証明してるんです」

「……あ!ああ……、そうだったな……」


 完全に頭の中から抜け落ちていたようなリアクション。なんか珍しい。


「それで、分かってくれました?」

「分かった……。充分分かった……」


 ローデリヒ様の答えに満足して、私は彼の膝から降りる。何故か全身の力を抜いたローデリヒ様が、両手で顔を覆って俯いた。月光のような金髪から覗く耳が真っ赤に染まっている。


「……やっぱり、欲求不満なのかもしれない…………」


 えっ。

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