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恋って――なに?

寝るまでが今日だから今日はまだ2月1日。

 十六歳のアーベルが急にタイムスリップしてきた翌朝――。


「…………ぜ、全然眠れなかった……」


 というか、衝撃的すぎて眠れるわけがない。寝不足だったはずなんだけどな。重い頭を抱えながら、ベッドから出る。

 ローデリヒ様の姿はもうなかった。


 寝室のソファーに乱雑にローデリヒ様の寝間着が掛けられているので、多分一緒に寝ていたんだと思う。私の方が早く寝たはずだけど……、ローデリヒ様昨日ほとんど眠れていないんじゃないだろうか。


「奥様?お目覚めですか?」


 扉の外から声がかかって、私は返事をした。部屋に入ってきたのは、ちょっと小太りの白髪のおばあさん――ゼルマさんだ。優しいそうな表情の彼女は、現役バリバリの私の侍女長さんだったりする。


 そして、ローデリヒ様の母方の祖母。

 今世の記憶がすっぽり無くなって、前世の記憶を思い出した時も良くしてくれたし……、今世の記憶を思い出した時もローデリヒ様の祖母という事で甘えてしまっていることが多い。


 身近なところに家族がいるっていいよね。


「お腹、大きくなってきましたね」

「ですよねえ。つわりもおさまってくれたし、成長してます」


 しわくちゃな顔をより一層しわくちゃにして、ゼルマさんは嬉しそうに私の着替えを手伝ってくれる。


 そうなのだ。

 安定期に近付いてくると共に、私のお腹は少し膨らんできた。もしかしたら妊娠しているのかな?と思われるくらいの見た目だけど、ずっと毎日見ているお腹が変わっていくのは、ちゃんと赤ちゃんが成長しているんだなって感じる。


 ゼルマさんにとってもお腹の赤ちゃんは曾孫にあたるしね。


 女の子だって教えちゃおうかな、なんて思ったけど、アーベルくんが妹がいるって言っただけだし、まだ伏せておくことにした。

 とても嬉しそうに私の変化を喜ぶゼルマさんに、私の口元も自然と緩む。


「ゼルマさん。お腹触ってくれませんか?」

「え……?……私が、いいのですか?」

「ええ!ゼルマさんに触ってもらいたいんです」


 私が大丈夫だと言っても、躊躇するゼルマさん。だから私は、皺だらけで、シミの多いゼルマさんの手を取った。指はカサついていて、私みたいに手入れされたような肌じゃない。


 沢山働いてきた人の、手だった。

 私が彼女の手をお腹に近付けると、観念したように恐る恐るお腹に触れる。


「曾お祖母(ばあ)様ですよ〜」


 私がお腹の中の赤ちゃんに話し掛ける。

 ゼルマさんはほんの少し目を見張って、やがて目が見えなくなるくらい顔をくしゃりと歪めて笑った。


「……健康でいてくれればいいんです。…………健康で、幸せでいてくれれば、それで」


 小さな呟きだった。

 でも私の耳にちゃんと届いた言葉は、痛いくらい心に響いた。


「……本当にそうですよね」


 私はこの子も、アーベルも、健康で幸せでいてくれればそれでいいんだ。




 ーーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーー




「母様、おはようございます」

「おはようアーベル。よく眠れた?」

「はい!」


 十六歳のアーベルが翌朝もいたのはびっくりだったが、一日きっかり経たないと元の時代に帰れない――というか、帰り方は一日経った瞬間に強制帰還以外にないらしい。


 話を聞くと、アーベルくんは昨晩は国王様の元で過ごしたんだと。国王様の体は太……ふくよかだから、かなりベッドが大きかったと無邪気に微笑んでいた。


 まだ十八歳なのに、十六歳の実の息子と話しているというこの状況、本当に頭が未だに追いつかない。

 そして、何故かアーベルと共に国王様までもが付いてきた。


 ……あれ?国王って職、忙しいはずじゃ……?


 侍女が用意してくれたお茶と沢山のお菓子がテーブルに並べられる。王城の沢山あるうちの庭園の一つ、こじんまりとした雰囲気の庭で、三人揃ってテーブルについた。即興お茶会みたいなものである。


 甘ったるいマカロンを幾つも吸い上げていく国王様にドン引きしつつ、私もいちごのタルトを食べる手が止まらない。悪阻が終わってくれて本当に良かった。今では食べられるようになって、むしろ食べすぎてしまうくらいだ。


 国王様がマカロンを頬張りつつ、行儀悪くアーベルに問いかけた。


「アーベルう、十六歳といえば、そろそろ気になる異性の一人や二人くらいできた頃じゃろ?どうなんじゃ?」

「えっ……?!」


 いきなりの恋愛系の質問に、アーベルは白い肌をほんのり赤くする。そんな初々しい反応に、「女子会なんじゃから照れるな照れるな」と国王様はニヤニヤとした笑みを浮かべた。


 いや、女子は私しかいないんだけど。


「ローデリヒも、今のアーベル位の歳にアリサと結婚したいと言ってきたんじゃ。別にこれくらいの歳ならばおかしい話でもないじゃろう」

「それは……そう、ですけど。もうやめてください」


 言葉を濁すように俯いたアーベルを上手く追い込もうと、国王様は私に話を振る。


「アリサも気になるじゃろ?恋の話は女子の大好物じゃからのう。なんならアリサが話しても良いのじゃぞ?」

「……恋バナ」


 確かに大好きなんだよね。恋バナ。

 前世は女子校だったので、私自身は全くなかった。でも、肉食系女子はよく近くの男子校の生徒と合コンとか、複数人での遊びの場を作ったりとかして、彼氏を作ってたなあ。


 今世は結婚前は恋愛している状況ではなく、今は結婚して子供もいる。そして――、まさかの恋バナ相手が自分の子供というこの状況。


 深刻な状態である。


「こ……、恋ってなんだろう……?」


 初恋すらまだだったなんて。人生二度もあって、恋したことないなんてちょっと深刻すぎない?


 既婚者だから今後も恋する予定なんてないし……。


 なんかローデリヒ(息子)とイチャついてたのに、恐ろしい疑問が聞こえた気がするのじゃが……、と国王様はドン引きしていたけど、気を取り直したようにアーベルに話を振った。


「そういえば、十五年後のローデリヒとアリサはどうじゃ?仲良うやっているのか?」

「父様と母様ですか?そうですね……、かなり上手くやっている方かと思います」

「そうかそうか。まあ、ローデリヒはワシと違って、頑固で堅物で真面目じゃからのう。側室だって娶れはせんじゃろう」


 何故か得意気に語った国王様に、アーベルは不思議そうにぱちぱちと海色の瞳を瞬かせた。そして首を傾げる。


「そうなんですか?」

「え?だって側室は要らんと頑固に言っておったからのう。アリサとアーベルで手一杯とも言っておった」


 ……私とアーベルで手一杯って……、なんだか凄く手のかかる嫁みたいな……、その通りなんだけど。


 その通りなんだけど、ローデリヒ様の激務を考えたら、完全に側室とか言ってられない位だとは思う。

 そして、私も忙しいローデリヒ様の負担にならないようになりたい。


 というか……、国王様はサボってるから側室入れる暇があるんじゃ……?


 アーベルの問いに引っ掛かりを感じた顔をした国王様だったが、アーベルは難しい表情になる。


「そうだったんだ……」

「え?!ちょ、何じゃその意味深な発言?!?!」


 ローデリヒ様よりもやや濃い青色の瞳をギョッと見開き、マカロンから手を離してアーベルに詰め寄った。そんな国王様の反応に、アーベルはびっくりして肩を跳ねさせる。


「……え?えっ?!」

「ローデリヒが側室を取るのか?!」

祖父(じい)様、あまり未来の事は僕の口からは言えません」


 キッパリと言い切ったアーベルに、国王様は「……そうか」とアッサリ引いた。珍しい。

 そして、チラリと私を見て小声で言った。


「アリサはローデリヒに側室出来てもよいのかの?」

「側室……」


 側室は居てもいいとは思っていた。

 というか、直系王族だから仕方ないと思っていた。


「……出来てもいいんじゃないでしょうか?ローデリヒ様の判断ですし」


 いちごのタルトの欠片をフォークで刺す。

 何故か静かになってしまったこの場の空気に耐えきれなくなったのか、アーベルが立ち上がった。


「あの、僕……、お手洗いに行ってきます」

「道は分かるかの?」

「はい」


 アーベルが頷いて、私達の方へと背を向けた。その後ろ姿がローデリヒ様そっくりだと、感じる。


 だって、国王様にだって側室はいる。国王様の側室には子供はいないけれど、これからも子供が出来る可能性だってある。


 ローデリヒ様にも側室が出来て、その側室に子供が出来るかもしれない。

 そうしたら、そっちの子供に親バカ炸裂なんて事、するかもしれない。


 アーベルの面倒を見てくれるローデリヒ様の姿が自然と浮かぶ。いつも愛想のない表情が、時々自然と緩むその姿を見るのが、私ではない他の誰かに変わるのだ。


 そう、それだけの事。

 邪険にされる訳でもない事のはず、なのに。


 口に入れたいちごのタルトは、先程までは甘かったのに、今は何も味がしなかった。


「気にするでない。ワシも悪かった。ローデリヒは頑固に側室を入れないと言い張っておる。アリサに第二子が出来て、ワシの時とは違って、そんなに風当たりは強くならないはずじゃ」

「あ……、だ、大丈夫です。気にしていませんから……」

「本当かのう?まあ、不安事はローデリヒに相談するがよい。抱え込まれるより、夫として頼られた方があやつも喜ぶじゃろう」


 会話が足りないのは、お互い充分に自覚済みだ。

 次は、間違えたくはない。


「そう……します」


 私が笑って頷くと、国王様も満足そうに頷き返した。


「よし!アーベルが戻ってくるまで、アーベルの分まで食べまくってやるわい」


 そうして国王様は生クリームたっぷりのショートケーキのホールに手を出し――、




 アーベルは一時間経ってもお手洗いから戻ってこなかった。

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