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恋愛結婚なんて――しない。(ローデリヒ過去)

本日2話更新です。

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 何故なら目の前で見てきたからだった。


 ――恋愛結婚の、悲惨な結末を。




 ーーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーー




 ――一年前。


 気温はまだ低いが、時折吹く風がだいぶ暖かくなってきた。中天に昇る太陽がポカポカと地上を照らしている。


 比較的過ごしやすい気候になった、とローデリヒ・アロイス・キルシュライトは、中庭に面した廊下を歩きながら目を細めた。


 キルシュライト王国首都キルシュ。

 その中心に聳え立つ王城は、今日も絶えず人が出入りをしている。住み込みの使用人もいれば、王都の屋敷から通う大臣等の付き人まで。王城の政や厨房、騎士団等の一角は特に賑わいを見せている頃だろう。


 だが、ローデリヒはその喧騒から離れた一角にいた。

 コツコツと自身の革靴が廊下に響く。靴音はもう一つ。乳兄弟のイーヴォも付き従ってきた。


 一国の王太子としては、無防備なまでに周囲に人がいなかった。


 それもそのはず、現在歩いている所は、現国王の後宮。基本的には男子禁制の女の花園――と聞こえはいいが、実際のところは国王の寵愛を競う戦場だった。


 ローデリヒも現国王の後宮には滅多に入らない。国王からは「別に入ってもいいよ」と昔から軽い許可を貰っているが、気軽に入ろうとは思わない。


 ローデリヒとほぼ年の変わらない女性が、父親の愛人として後宮にいるのを見るのは……複雑な気持ちなので、進んで来ようとも思えなかった。父親は嫌がる女性を無理矢理後宮に入れる程、趣味は悪くないのでその点については心配してはいないが。


 廊下の所々に香水の残り香を感じながら、それでも目的の場所まで父親の側室には会わなかった。その事に内心安心しつつ、後宮の一つの部屋の前で立ち止まる。


 他の側室達とは少し離れた場所にある部屋。


 まるで、後宮の煩わしさから離れるようにひっそりと増築されたその一室は、後宮から出たくても出られない現実を表しているようで、昔からローデリヒは嫌いだった。


 後宮の人間は、下賜されるまで出られない。

 部屋を移動しても、それは後宮の中でしか移動出来ない。


 籠の中の鳥は、飛び立とうとしても所詮籠の中しか移動出来ないのと同じように。


 乱れてもいないのに気持ち軽く息を整えて、扉を開く。


 若い女性の好みそうなインテリアで揃えられた室内は、もう十年以上同じ姿を保ったまま。置かれたテーブルもソファーにも、壁に掛けられた額縁に入った絵画ですら埃は被っていない。


 隣の部屋の寝室も同じだろう。まるでつい先程まで、誰かいたような部屋はやや不気味だ。


 窓際に近寄り、レースのカーテンをそっと退けると中庭の様子がよく見えた。


 金髪の太った中年男性が、麦わら帽子を被って花壇に水をやっている。一人でいることの無防備さにローデリヒは少し憤ったが、多分見えないところに護衛はいるのだろうと思い直した。


 一旦部屋から出て、中庭に回る。他の後宮の側室の部屋からは自由に入れないような造りになっているこの庭も、先程までいた部屋の主の為に作らせたものだった。


「……父上」


 下手な鼻歌混じりでジョウロを片手に持ち、花に水をやっていたその人――キルシュライト国王に声をかける。彼はローデリヒの存在に気付いていなかったようで、ちょっとびっくりしたように青色の目を丸くして振り返った。


「なんじゃ、いたのか。びっくりしたわい」

「今来たところです」

「そうかそうか」


 再びジョウロで水遣りをしながら、国王は頷いた。しばらくその場には水音だけが響いていたが、国王が口を開く。


「今年も花が咲いた。今年は少し暖かくなるのが早かったみたいじゃな。いつもより花が咲くのが早い」

「……そう、みたいですね」


 国王がわざわざ枝を摘んで、ローデリヒに満開の花を向ける。


 ピンク色の、薔薇だった。


 棘が刺さらないよう、慎重に触れる手。慣れた手つきで枝に触れる国王は、得意気に笑った。


「昔はのう、ワシもお前みたいにイケメンな頃があっての。それはそれはモテモテだったわい。いや、すまんかったな。今もモテモテじゃ」

「下らない話ならばジギスムントにして下さい」

「殿下。この老いぼれに馬鹿の面倒を任せると仰るのですかな?」


 呆れ返った声で踵を返そうとすると、どこかに隠れていたらしいジギスムントは心底嫌そうな顔をしながら現れる。国王に向けて失礼にも程があったが、ここで気にする者は誰一人としていなかった。


「下らなくないわい!ワシの若い頃の話じゃ!」

「冗談は体重だけにしてください父上」

「最近更に無駄な肉がついたんじゃないんですか?」


 ローデリヒとジギスムントの冷ややかな視線に、国王は「う……」とたじろぐ。最近体重の増加に心当たりがありすぎたので、不自然なまでに話を逸らした。


「そ、そういえば!ローデリヒ、アリサに花のひとつでもやらぬか?!お前は少し朴念仁のような所がある。女は花が好きじゃぞ?ワシの若い頃はそれはもう、薔薇の花を送りまくったわい」

「そうですか」

「あれ?!スルー?!」


 ローデリヒは内心首を捻る。そういえば、アリサは花は好きだったのだろうか、と。そういった姿を見た事はない。


「全く……」と何やらぶちぶち文句を言いつつ、国王は手早く薔薇を切っていく。枝の棘の処理も手慣れたものだった。


「跡取りの子供も産まれたばかりじゃし、沢山労ってやるのじゃぞ」


 押し付けるようにして薔薇の花束をローデリヒに渡した国王は、再びジョウロを手に取った。


 花壇の薔薇はすっかり摘まれ、満開に満たない数個の花と、これから咲くであろう蕾ばかり。見た目は寂しくなってしまったが、それに構わずに国王は機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら水遣りを再開する。


「……その薔薇はな、ワシがべティーナにあげた花なんじゃ」

「……聞いたことがあります」


 中庭から見える後宮の一室の方を、ローデリヒは一瞥した。今手に持っている薔薇は、先程通ってきた部屋の住民が好きだった花だ。


 国王から貰ったのだと、嬉しそうに話していた。


「プロポーズの意味を込めて、両手いっぱいに花束を抱えながら彼女にあげたんじゃ」

「そうですか」

「その当時のワシは、何も見えてない青二才でのう。初恋に浮かれておったんじゃ」


 しみじみと語る国王に、ローデリヒはおや、と目を瞬かせる。


「何も見えてないのは今もでは?主に体重の面においてですが」

「確かに太っちゃったけど、それ今関係なくない?!」


「全く……せっかくいい話をしてやろうと思っておったのにぶち壊しじゃ」と口を尖らせながら、水遣りを終えた国王は、枝切り鋏で植木の形を整える。ローデリヒの後に続いて、宮廷医師であるジギスムントも重々しく口を開いた。


「……いや、あんたのここ十年の体重の増加は健康に影響を及ぼす程だ。一国の主が自身の体重すらコントロール出来ないとは……嘆かわしい……」

「後半馬鹿にしてない?!酷いのう!!」


 わざとらしく胸をおさえて傷付いたポーズを取った国王だったが、誰も何も反応しなかったのでさり気なく胸から手を離す。


「……まあ、なんじゃ。嫁をもらってすぐに子供が出来たんじゃ。夫婦の時間もあまりなかったじゃろ?これから長い間時間を共にするのじゃから、仲良くするんじゃぞ。お主はただでさえアリサ以前に女性経験ないんじゃ」


 長々と話しを続けそうだった国王を、ローデリヒは容赦なくぶった切った。


「婚外子を作るつもりはありませんでしたので」

「……うん。そうか。うん……。あんまりにも堂々としてるのじゃが、女性経験無いことって堂々と言うことなのかの……」


 なんとも言えない表情で首を捻った国王に、ローデリヒはキッパリと宣言をした。


「側室も作るつもりはありません。アーベルが生まれたばかりですし。もし後継者に関して何かあれば、王族の中から養子を取るつもりでいます」


 国王もジギスムントもその言葉に固まる。空気だったイーヴォですら、驚きで声が出そうになったくらいだ。


 一番早く我を取り戻したのは、国王だった。軽快な雰囲気はどこにもない。真剣な声でローデリヒに問いかける。


「それは……ワシのせいか?」

「いいえ?私に甲斐性がないだけです」


 ゆっくりと首を横に振り、ローデリヒはこの話は終わりとばかりに踵を返した。数歩歩いたところで、そういえばと振り返る。


「またいつか聞かせてください。父上の()()()

「いつでもウェルカムじゃ」


 胸を張った国王に、ローデリヒは口元を綻ばせた。そのままイーヴォを連れたローデリヒの姿が見えなくなると、国王は肩を竦めて苦笑する。


「あれだけ聞きたくなさそうにしてたのに、のう?」


 ジギスムントも苦笑しつつ同意した。


「それは気恥しいからだろう。自分の両親の色恋沙汰を聞くのは」

「そうか……?あー、いや、ワシも自分の両親のそういった話は聞いたことはないのう。そんなものか」


 なんとなく納得した国王は、ふうと一つ息を吐いて頭をかいた。


「それにしても……、あやつ、ますます若い頃のワシに似てきたのう」


 なあ?べティーナ、と唇の動きのみで呟いた言葉に応えるように、一陣の冷たい風が吹いていった。







 押し付けられたピンク色の薔薇を眺めながら、後宮から執務室への最短距離を歩く。カツカツと来た時と同じように靴音だけが響いた。

 違うのは、香水の残り香に交じって、持っている薔薇の香りがほのかにする位か。


 無言のままイーヴォに押し付ける。イーヴォが「俺……、殿下から花を貰っても、殿下の気持ちに応えることは出来ません」と神妙な面持ちで何やら言っていたが、ローデリヒは「阿呆か」と一蹴した。


「王城の第二庭園に確かオレンジ色の薔薇が咲いていたな?」

「そういえば……、咲いていた気もします」

「庭師に頼んで花束にでもしてもらうか……」


 考え込むように腕を組んでいたローデリヒだったが、薔薇だけの花束も味気なさそうだし、かと言って花の色の組み合わせ等分からないので、プロに任せることにした。


 花束をプレゼントするという国王のアイディア自体は、彼にとっても良い事だと思えたからである。


「え?!じゃあ、国王陛下からいただいたこの薔薇はどうするんですか?!」


 手元のピンク色の薔薇とローデリヒを、イーヴォは困惑したように見比べた。ローデリヒはまるであらかじめ決めていたかのように、あっさり言う。


「執務室にでも生けておけ」

「ええー?せっかく国王陛下からいただいたのに……、いいんですか?」

「問題ない」


 ローデリヒは離れに作った屋敷の中で、生まれたばかりの息子の傍に居るであろう妻の姿を思い出す。


 完全に嫌われているのは知っている。

 ローデリヒ自身、どうやって彼女と打ち解けられるかすら分からない。でも、それはそれでいいと思っていた。


 恋愛結婚ではない。政略結婚だと実感出来るようで。


 やや強引に娶った妻と、打ち解けたい気持ちがない訳でもなかった。

 でも、それ以上に恋愛とかいう底なし沼に落ちる方が嫌だった。それも自分だけが不幸になる訳ではない、底なし沼。


 恋愛の負の側面ばかりを見てきた彼は、いつか自分が落ちるのではないかと臆病にもなっていた。


 ならば、仮面夫婦のままで良いのではないだろうか。


 幸いにもアリサは愛情深いのか、赤子のアーベルを大層可愛がっている。子供に愛を傾けてくれる人ならば、信頼出来る人ならばそれで充分だ。


 だからこそ、ピンク色の薔薇なんて送りたくなかった。


 死んでいった母親と同じ道を辿って欲しくなくて。

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