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隣国の王太子夫妻との――再会?

※悪阻描写あります。

 アーベルはちょっとだけ危なっかしい足取りで私のすぐ傍に来ると、ドレスが気になったのか裾の方のレースを小さな手で掴む。薄く透ける生地を不思議そうにジッと見ていたけど、両手でグイグイと引っ張ってくる。


「あ、ちょ、!こら!」


 流石に破ける……!


 慌ててしゃがんでその小さい手を離させようとしたけど、意外とギュッと硬く握り込んで中々離さない。


 いつも優しそうな表情で見守ってくれているイーナさんも、流石に慌てた様子で私の傍にしゃがんでアーベルと目を合わせた。


「アーベル様、めっ!ですよ」

「こーら!アーベル、引っ張っちゃ駄目!」


 イーナ様も少し厳しい表情でアーベルを怒るが、流石に立場的にあまり強く出れないのか、イーナ様自身あまり怒らない人なのか……、とにかく口調が優しい。


 そして私は全然強い口調で怒れなかった。

 だって、すっっっごくキラキラした海色の瞳で、ご機嫌よさそうに口元に笑みを浮かべているアーベルが可愛すぎて、甘やかしてしまう。駄目だこんなの。駄目な傾向だ。


「こーら、アーベル。悪戯は駄目だ」


 イーナ様と私とで子供の悪戯に焦っていると、早朝ぶりのローデリヒ様が颯爽と現れて、アーベルの脇をくすぐる。


 ローデリヒ様は口元を緩ませて優しい声でアーベルを注意した。

 甲高い声で笑って身体をバタバタさせたアーベルは、あっさりとドレスから手を離す。その隙にサッとアーベルを抱き上げた。


「おはようアーベル。昨日はよく眠れたか?」

「とーたま!」

「そうか」


 通じているような、通じていないようなやり取りを交わし、ローデリヒ様はアーベルの額にキスをする。


 時間はもうお昼より少し前。

 私達とアーベルは一緒の部屋で寝ていないので、ローデリヒ様は今日初めて会う事になる。彼は執務があると、早朝に起きていた。


 ちなみに一緒に寝ているので、ローデリヒ様につられて私も起きました。


 それにしても……、全員が全員、ちゃんと怒ることが出来ていないような気がする。


 子供は褒めて伸ばしたいタイプなのだけれど、褒めすぎて我がままになっちゃったりしたら困るし……、うーん、難しい。


 前世の記憶しかなかった私もかなーり、アーベルの事を甘やかしまくっていたのは自覚している。だってアーベルは天使みたいだから仕方ない……、いや、天使なのだから仕方なくない?


 私のお腹で育って、死ぬかと思った位の痛みの末に生まれた子供が可愛くない訳ない。可愛くない訳がないけど、我がままな子に育ってしまうのも困る……。


 思考が堂々巡りになった。

 私の脳内会議は全く役に立たない。ローデリヒ様に相談してみようかな。


 みんなアーベルの事を可愛がってくれてるんだなって感じが伝わってくる。


 ローデリヒ様に付き従ってきたゼルマも、しわくちゃの顔を笑みでさらにシワシワにして、私達の様子を見守っていた。


 ……この人がローデリヒ様のお祖母さんか。


 キルシュライト王国の貴族名鑑にある程度の家系図は載っている。勿論、ローデリヒ様の両親も例外ではない。


 ローデリヒ様の父親は言うまでもなく国王様だし、母親は伯爵家の令嬢だと書いてあったけど……、あれは養女だったということなのかもしれない。本人の口からではなく、記録で知っていただけだった。


 そういえばローデリヒ様の口から家族の話なんて聞いたことがなかったし、聞こうと思ったことすらなかった。


 どれだけローデリヒ様に興味がなかったんだろ……、そして、どれだけローデリヒ様と話していなかったんだろう、と内心頭を抱えた。


 確かに男の人に対しての恐怖を拭えないという事も、修道院行きを潰されて頑なになっていた事もある。お互いに夫婦仲を改善しようともしなかった。


 仕方が分からなかった。


 腫れ物に触るような扱いをされていたのは感じていたんだ。


 アーベルが生まれて、ローデリヒ様の子煩悩な一面を見て、子供の為にもこのままでは駄目なんじゃないかと思っていた。だから、ローデリヒ様とお互いに一歩ずつでも歩み寄りが出来そうなのは大きな進歩。


 進歩……なんだけど。

 その過程で出てきたかなり重要な事に内心頭を抱えてしまう。


 記憶を失っている時は、ゼルマさん呼びだったんだけど、私基本的に侍女は呼び捨てだったから、ゼルマって呼んでたんだよね……!!


 ローデリヒ様もゼルマと呼んでいたから、咎められることはないのだろうけど……一応夫の実の祖母なのだし、やっぱり呼び捨てしてはいけない気がする。嫁いできた辺りで教えて欲しかった。本当にごめんなさいゼルマさん。


 さり気なく記憶喪失続行時のままの呼び方にしよ……。


 ちなみにイーナ様は国王様の元側室だし、現子爵夫人だから様付けで呼んでいる。アーベルの乳母であって、侍女ではないしね。


 内心謝り倒しながら、ゼルマさんとイーナ様を連れてローデリヒ様と一緒に客間に向かう。アーベルはローデリヒ様に抱き抱えられたまま。


 何やらローデリヒ様の耳飾りが気になるようで、彼の耳を弄っているようだった。でも、ローデリヒ様はかなりくすぐったかったらしく、肩を竦めている。


 あれ、もしかしてローデリヒ様って耳が弱……。


「着いたぞ。結界はいいのか?」

「あ、はい。外します」


 結界のペンダントを外し、ゼルマさんに預ける。久しぶりの友人達とのまともな再会に胸を弾ませながら、ローデリヒ様が扉をノックするのを見ていた。


 部屋の中から聞こえたのはルーカスの声。ゼルマさんが扉を開けてくれて、ローデリヒ様の後ろに付いて入室する。ルーカスとティーナは立って出迎えてくれた。


 記憶喪失の時は気付かなかったけれど、二年以上会っていないと二人共少しずつ変わっている。

 襟足をひとつに結んだ黒髪に、アメジストのような色の瞳。ルーカスは記憶よりも髪の毛と背が伸びている。


 ティーナも美しい銀髪は伸び、ほんの少しだけ少女らしさが抜けているような気がした。


「ローデリヒ殿。私的な時間を作ってくれてありがとう。感謝するよ」

「いや、礼には及ばない。我が妃もあなた方との再会を望んでいた」

「……そうなんだ」


 透き通るような紫眼が何やら不穏な色を宿す。僅かに空いた間が、ルーカスが完全に誤解していることを表していた。


「久しぶりね。ルーカス、ティーナ」

「本当に久しぶりだね、アリサ。元気にしていたかい?」


 ルーカスの言葉に胸を張った。何としてでも誤解を解かなければ。


「ええ、お陰様で。ピンピンしてるわ」


 ……今は悪阻でしんどいけどね。

 少しだけ顔色が悪いと思うけど、取り敢えず元気アピールはしておかないといけない。


 私の様子にティーナが感極まったようにプルプルと震える。手にハンカチを持ち、薄氷色の大きな瞳に涙を浮かべた。


「よ、良かったわ……!ずっと会えていなかったから、わたくし寂しくて寂しくて……。アリサったら婚約が決まって、ほとんどすぐに結婚してしまったんだもの……」

「うんうん」

「アリサは元気でいるのかしら?、といつも思っていたの。時々お手紙のやり取りはしていたけれど、ずっと心配していたのよ」


 ぐすっ、と鼻を啜ったティーナはハンカチで目元を拭った。

 ちなみに王族が出したり受け取ったりする手紙は、両方の国で検閲に掛けられる。検閲する人は顔も知らない文官らしいから、仮面夫婦やってました、なんて事は書けるわけがない。ルーカス達も当たり障りのない事しか書けない。


 ちなみに隣国なので、配達にすごく時間かかったりします。公的な文書なら早いんだけど、たぶん運ぶ人の負担が大きいそう。


 そんなわけで、誤解をしているとも、その誤解が継続されているとも思わなかった。文章だけのやり取りって情報量が少ないな……。


「ごめんね、ティーナ。ティーナ……も元気そうで良かった」


 ティーナも元気だった?、と言おうとして、邸を思いっきり吹き飛ばそうとしていた姿を思い出して、言葉に詰まった。すごく元気そうでよかったよ。


 ティーナは私と会えたのが余程嬉しかったのか、ダッっと私の傍に早足で歩み寄り、細くて華奢な両腕を広げる。


「ええ!元気だったわ!」

「見ない間に少し大人っぽくなったんじゃない?」

「本当?嬉しいわ!」


 完全に仕草は子供のそれに近かったけれど、二年の経過を感じる。ティーナに軽く両腕を広げると、彼女はギュッと抱きついてきた。


 ふんわりと花の匂いがする。薔薇の匂い。ティーナがずっと好んでいた香水だ。


 一気に血の気が引いた。胃がザワつく。


 あ……、やば。


 慌ててティーナから離れようとしたけど、意外とガッチリホールドされていて抜け出せない。私達の様子を見ていたローデリヒ様が、私の顔色を見て険しい表情を浮かべた。


「おい……」


 ローデリヒ様がティーナを止めようと声を掛けたと同時に、私の我慢の限界が来た。


 もう無理――吐く。


 私は胃の中身をティーナのドレスに盛大にぶちまけた。

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