仮面夫婦の――これから?
若干心配になりながらも、ムギューっとアーベルを抱き締めていると、アーベルはキラキラとした瞳で私を見上げてきた。
ふわふわの金髪に海色の瞳は、ローデリヒ様に本当によく似ている。以前に国王様がローデリヒ様の幼少期にそっくりだと言っていた。でも、ローデリヒ様の瞳が穏やかな海の色に対して、アーベルはキラキラと太陽を乱反射する海の色のように輝いている事が多い。
フレスコ画に描かれている天使のようなほっぺたをつつくと、アーベルは上機嫌でニコニコと笑っていた。
「ほら、アーベル。父様の所にもおいで」
ベッドの隣に座るローデリヒ様が手を広げると、アーベルはもぞもぞと私の腕から脱出して、彼の方へと手を伸ばす。ローデリヒ様もアーベルを抱き上げて、自分の膝の上に乗せた。
なんだか、ローデリヒ様の膝に座るミニローデリヒ様みたいで可愛い。
上機嫌なアーベルの頬を私と同じようにつつきながら、ローデリヒ様は口を開いた。
「アルヴォネンの王太子夫妻はまだ滞在しているが……、会うか?仲の良い友人なんだろう?」
「え、いいんですか?!」
「流石に本人の口から仲良しだと聞けば、会わせない理由など見つからない」
その言葉に私のテンションは一気に上がった。
やった!、と内心ガッツポーズを作る。
なんだかんだもう二年以上も会っていなかった。あの夜会の時が二年と少しぶりの再会である。
……いや、ティーナは邸を襲撃したからその前なんだけど、どっちにしろ碌でもない再会なので仕切り直しはしたい。
特に私には積もる話が沢山ある。
アーベルが天使だとか、アーベルが可愛いだとか、アーベルがこの前母様と呼べたことだとか。
あと二人目が出来たってことは……、ローデリヒ様の許可が下りたら話してみようかとも思う。
ルーカスとティーナの結婚式の時はアーベルが産まれたばかりで行けなかったし、その時の話も詳しく聞きたい。
そして、ローデリヒ様が実は結構親バカで、私に対して色々と気遣ってくれる優しい人だっていう話もしよう、と思ったところでハッと気付いた。
ルーカスとティーナ、なんかすごくローデリヒ様に敵意向けてなかった?
求婚された時は、私達の計画を思いっきり邪魔された形になっているから、ルーカスとティーナはローデリヒ様に対して恨むのは分かる。でも、持続している挙句、邸へと襲撃しに来る位だ。
きっと私が未だに男の人に対して怖がっていると思っている気がする。いや、その認識は間違ってはいないんだけど。
それにしても、邸と夜会を含めて襲撃してくるなんて、一体何を考えているんだあの二人は。ルーカスは馬鹿だけど、怪我人も出たし、邸にしばらく住めなくなったのどうしてくれるんだ。
それならば夜会の途中でティーナが内心取り乱したり、ルーカスが悔しそうな表情を見せたのは何故なんだろう?
うーん、分からない。直接聞いてみるか。
遠慮し合う関係でもないのだし、と結論付ける。
「アルヴォネンの王太子夫妻も貴女に会いたいと言っていた。だが、貴女は熱が下がって間も無いのだから、まだゆっくり休むように。彼らには私の方から伝えておく」
「えっ」
あんなに二人共、内心敵意を剥き出しにしていたのに?襲われないかなローデリヒ様……。
「どうしたんだ?」
訝しげに眉を寄せるローデリヒ様にどう説明するか悩み抜いた末、無難な言葉を選んだ。
「じゃあ、『私は大丈夫だから心配しないで』と伝えておいてください」
「ああ。分かった。随分と顔色も良くなってきている事だし、すぐに回復すると思うが……、油断はするなよ」
「分かりました」
しっかり頷く。私達の様子を見ていた国王様がボソッとジギスムントに愚痴った。
「なあなあ、やはりワシら、お邪魔じゃったか……?」
「やっと気付いたのかあんた……」
呆れた顔で国王様を見たジギスムントだったけれど、この二人、随分と気安い関係らしい。そそくさと二人揃って退出していくのを、ローデリヒ様は特に引き留めもしなかった。
「……二人共随分と気安いんですね」
「まあ……な。一応関係的には義理の親子だからな」
「ああ。なるほど。だからなんですね」
………………ん?
納得してから違和感を感じた。国王様と義理の親子ってどういう事?
顔に思いっきり出ていたのか、ローデリヒ様は詳しく説明してくれた。
「私の母の両親だ。とは言っても身分が違うから、あまり表立って気安くはない」
「あー、なるほど……」
ティーナに例えると、公爵家から王家に嫁入りしたので王族の一員となる。公爵家よりも身分が高くなるから、両親でも親族でも敬わなければならないという感じ。
まあ、私達がルーカスと気安く遊べていたように、プライベートな部分では比較的自由だったりする。国王様とジギスムントもそんな感じなのだろう。
……というか、ローデリヒ様の祖父母なら、私の義理の祖父母になるわけで……、なんで今まで知らなかったの私?!
「ぜ、全然知らなかった……」
「まあ、貴族名鑑にもジギスムント達は載ってないしな。特に話してもいなかったから……、知らないのも当たり前か」
「かなりの衝撃でした……」
「アーベルにも血は繋がっているから、ちゃんと可愛がってくれそうという点では信頼出来る。現に可愛がっているようだしな」
やっぱり小さくてもアーベルは一国の王子。周囲の固められ方がすごい。すごいけど、可愛がってくれそうな人選をしている所が、ちゃんとローデリヒ様がアーベルの事を考えてくれているのをひしひしと感じる。
ルーカスとティーナの事もそうだったけど、ジギスムント達の事だってそうだ。
ちょっと後ろめたさを感じながら、頬をかく。
「私達、やっぱり会話が足りませんね」
二年も夫婦をしているのに、知らない事が多い気がする。ローデリヒ様も同じ事を思ったようで、気まずそうに眉間に皺を寄せた。
「ああ。そうだな。……これからは会話を増やそうか。些細な事でいい、少しずつお互いの事を知っていきたい」
「はい。……あと、もう一つ、いいですか?」
人差し指を立てて伺う。ローデリヒ様が「なんだ?」と先を促した。
「私、男の人にいきなり触られると反射的に攻撃してしまうじゃないですか。それを治したいです」
「いいのか?今回の襲撃で貴女が隙を作らなければ、危ない所だったんだぞ?」
正直、襲撃犯に私は何をしたのか覚えてない。身体が勝手に動いたんだよね……。
それに、何度も何度も襲撃を受けてきたけれど、キルシュライト王国に来てからは一気に減ったし。
今回の襲撃も私がローデリヒ様を突き飛ばさなければ、ピンチになる事はなかったし、やっぱり治した方がいいと思うんだ。
「弊害が大きいな、と。前までならこのままで良いかなって思ってたんですけど、ローデリヒ様に多大な被害が及んでますし」
「まあそうだが……」
「だから、男の人を怖がらないように……。というか、ローデリヒ様に慣れたいなって……」
やっぱり夫を物理的にボコボコにする妻って、どうかと思う。しかも一応治癒魔法を使える人とはいえ、王太子様だし。
ローデリヒ様が少し目を見張る。沈黙が流れた。
アーベルはきょとんとした顔で、大人しく私達の話を聞いている。
なんで黙り込むんだろう、と不思議に思っていると、彼は驚いた表情のままポツリと零した。
「すごい殺し文句だな……」
「え」
どこが?なんて聞こうとしたけど、ローデリヒ様はふっと口元を緩める。穏やかな海色の瞳がやや細くなった。片腕でアーベルをしっかり抱いたまま、手のひらを上に向けて差し出してくる。
「どうする?慣れるために手でも繋いでみるか?」
「え……、あ、はい」
前、手が触れただけで振り払ってたし、ちょうどいいと思って彼の手のひらに自分のを重ねる。
ギュッと軽く握りこまれた手をしみじみとローデリヒ様は見つめた。
「……前々から思ってはいたのだが、貴女の手は随分と小さいな」
「ローデリヒ様の手が大きいんですよ」
骨張ってて、ちょっとゴツゴツしてる。
「そうか?」と彼が目を瞬かせて、ジッと繋いだ手を見ていたけど。特に何か言葉を交わすことなく、お互いに口を閉ざした。
いや、一応何か話そうと思ってる。
何か話題を出そうと思っている。
全く出てこないだけで。
なんかそれよりも手の方に意識が行ってしまうというか、また知恵熱が出たみたいに顔が熱いと言うか。
前世女子校に通ってて男慣れしていないのと、今世の男嫌いが合わさってなんだか頭がパンクしそう。
「自分から提案したが、……意識をすると随分と気恥しいな」
「……はい」
ローデリヒ様の頬も少し色付いていたけれど、手を離す事なく、そのままお互いの少し高い体温を感じていた。
そこに紅葉のような手がペタリとくっ付く。
驚いて二人してアーベルを見ると、私達を見て機嫌良さそうに笑っていた。ローデリヒ様も頬を緩ませて、アーベルを覗き込む。
「なんだ?仲間外れは嫌だったか?」
「あー」
少し甘さを含んだ彼の言葉にアーベルが反応する。その様子が可愛くて、私もつられて自然と微笑んでいた。
「嫌だったのなら、すまなかったな」
クスクスと笑いながら、ローデリヒ様は私の手と共にアーベルの小さな手も一緒に握り込んだ。




