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子供時代に――お別れを?(過去)

 忘れてはいけなかった。


 忘れてしまえば気が楽になるのに、出来なかった。


 覚えている。

 全て、覚えている。


 彼らの名前を。


 13人。私が殺したも同然だった。

 64人。私のせいで輝かしい将来がなくなってしまった。


 私の罪で殺されてしまった彼らの名前を。

 私の罪で人生を狂わされた彼らの名前を。


 全部、全部、私の能力が原因だった。




 ーーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーー




 ルーカスの父親は、私にとって親戚のおじさんだった。悪い人ではない。むしろ温厚な性格の人だった。

 国王としても、アルヴォネン王国を平和な国に導こうとしている人だった。


 政治的に暗君と言われることもなければ、強引に国土拡大の為に侵略行為等も行ったりはしない。長年続くアルヴォネン王国の歴代国王の中で、武勇に優れる国王として名を挙げられることもなければ、賢君としての名も挙げられることはない。

 そんな、歴史に埋没してしまいそうな国王様だった。


 そんな彼が変わってしまったのは、私の能力がきっかけ。



 その日もルーカスとティーナ、二人と遊びに王城へと向かった。国王様――おじ様と私達が会ったのは偶然。もしかしたら、おじ様が私達に会いに来てくれたのかもしれない。


 けれど小太りの中年男性、トピアス・サロライネンとすれ違ったのは確実に偶然だった。


 今振り返るからこそ、確実に言える。

 トピアス・サロライネンにとっての一番の不幸は、私とすれ違った事だろう、と。


 小太りの中年男性なんて、王城にだってゴロゴロいる。国王と一時的に話していただけのトピアス・サロライネンなんて、きっと将来社交界で再会しても、思い出せない程の邂逅だったはず。


 当時の私は、公爵家の人間達と王族、ルーカス、ティーナという、ほんのわずかな人間関係しかなかった。だから、トピアス・サロライネンが侯爵だということも知らなかった位だった。


 けれど、不運にもそこで私の魔法の才能が開花してしまった。


 ――国王なんて死んでしまえ。


 トピアス・サロライネンが何を考えてそんな事を思ったのか、私は知らない。その直前にあったおじ様とのやり取りも聞いていないし、理解も出来なかっただろう。


 だけれど今まで公爵令嬢として、ぬくぬくと生ぬるい幸せに頭から浸かっていた私には衝撃だった。


 こんなに剥き出しの悪意を浴びた事なんてなかった。


 みんなが私を可愛がってくれる。ちやほやしてくれる。恵まれてないとも、愛されていないとも思った事はない。

 何より私は公爵令嬢なのだ。蔑ろにされるはずが無い。


 ルーカスが時々姑のように小言を言ってくるけれど、決してそれは私を貶めたいとか、そういったものではないと分かっていた。


 だから、温室育ちの私がその事に怖くて怖くて、震える事しか出来なかった。ルーカスとティーナが必死に宥めてくれていたのに、全く耳に入らなかった程だった。


 でも実際の所、衝撃を受けていたのは私だけではなかったのだろう。


 私の知らないうちに、トピアス・サロライネンが王城から消えてしまった頃には、すっかりおじ様は内心怯えきってしまっていたのだから。



 人の心は読めない。

 普通の人間だったら当たり前。精神属性なんて魔法の属性を持つ人はほとんどいない。


 だからこそ、他人の一挙一動、他人と共に過ごす時間、離れている他人との定期的なやり取り等、様々な要因が重なって、人間関係を構築していくはずだ。能力が分かる前の私もそうしてきた。


 きっと私は知らない、おじ様とトピアス・サロライネンの信頼関係があったはずだ。どの様にして出来たのかも、どの位の年数を掛けたのかも私には分からない。


 少なくともトピアス・サロライネンの件で、おじ様はすっかり怯えてしまった。きっとトピアス・サロライネンの事を少なからず信頼していたのだろうと思う。

 トピアス・サロライネン自身、かなり歴史の古い侯爵家の人間で、おじ様と同世代の人間だったから。


 それから間もなく、王国の魔法騎士団の偉い人が、私の魔法の属性は精神属性だろうという判断を下した。それとほぼ同時に、ルーカスとの婚約も決まってしまった。


 ルーカスとの婚約は嫌だったので、突っぱねたかったが、国王命令なので直接文句は言えない。誰が好き好んで、会う度に淑女が何たるかを説いてくる姑みたいな男を夫にしたいと思うのか。


 本気で母親が二人になったと頭を抱えた事だってある。


 ルーカスも私との婚約については不満そうだった。

 第一、ティーナにはベタ褒めするルーカスの心情なんて幼馴染みの私からすればバレバレ……。なんで肝心のティーナが気付かなかったのかが不思議な位だ。


 さり気なく、ルーカスとの婚約を無かった事にしてもらおうとルーカスと共に働き掛けていたのだが、ここで私の無駄な能力が発揮してしまう事になる。


 トピアス・サロライネンの件で軽い人間不信に陥ってしまったおじ様は、人の激情が読み取れる私をしきりに傍に置きたがった。それは謁見の間では勿論、普段の執務室にも。


 謁見の間で挨拶してくる貴族に対して、国王をどの様に思っているのか、叛意はないか等をしきりに聞いてきた。執務室には大体おじ様と親しい人間や、仕事を共にする重要な人間が集まってくる。謁見の間よりも、むしろその人達の激情を一々聞きたがった。


 自分は嫌われていないか。

 自分は裏切られていないか。


 今まで長年信じ切っていたものが、あっさりと私の一言で崩れ去る。おじ様の恐怖は尤もだった。

 長い時間をかけて自分の築いてきた信頼関係が、砂の城のように脆いものだと知ったおじ様は、すっかり人間不信になってしまった。


 おじ様には散々国内を連れ回された。

 ルーカスの婚約者という立場だから、見聞を広めているという理由を付ければ、皆が優秀な婚約者だと褒めてくれる。その裏に隠されていた本当の意味なんて、誰も知る由がなかった。


 何故なら私の能力は国民にも、貴族にも伏せられていた。知るのはたったの数人のみ。身内と各公爵家の当主だけ。


 おじ様は私の能力が悪用されることを恐れたのだ。

 自分が私の能力を使っているからこそ、その危険性について充分知識があったのだろう。


 私に魔法を学ばせる訳がなかった。

 私がおじ様を裏切らないように。


 状況は飼い殺し。

 でもリスクを考えれば、私を放置していられない。


 9歳の頃は能力もまだまだ未熟で、ありのまま聞いたことをおじ様に話していた。むしろ何も聞こえない日の方が多かった位だった。

 10歳の頃もまだ不完全で、聞こえてもハッキリと言葉とした言葉にならない時の方が多かった。サワサワと言の葉が、風に揺れる木々のように揺らいでいるだけ。


 11歳。徐々にハッキリと意味を持つ激情が私に届いていた。

 その頃には、もう今のようにずっと知らない人々の激情が絶えず耳の中に入ってくる状態。


 誰かの悪意も聞きたくないことも、全てを耳にしていた。寝る時も部屋自体は静まりかえっているはずなのに、どこからか知らない人の声が飛んでくる。

 私の疲労度はかなりのものになっていた。


 王城は特に人の出入りが激しかったので、何度も体調を崩した。夜も眠れない。昼も気が休まる事はない。

 何度も公爵家に帰って、元気になったら王城に呼び戻される。


 嫌だと駄々をこねたのは一度や二度ではない。

 けれど、両親がどんなに取りなそうとしても、おじ様は頑なに私を傍に置きたがった。両親も叛意を疑われる訳にはいかなかったので、最終的には折れてしまった。


 12歳。違和感は感じていた。文官や武官の中で、偉い地位にいると紹介された人の数人の姿を見かけない事について。爵位持ちの貴族と覚えていた人が、毎年発行される貴族図鑑から消えていた事について。


 でも、自分のことで精一杯で気にかける余裕なんてなかった。というか、何が起こっているのか、全く予想すらしていなかったと言ってもいい。

 温室育ちの令嬢が、周囲に情報を遮られていた令嬢が、残酷な事が行われているなんて、想像すら出来なかった。


 私はこのままいくとルーカスと結婚する。でも、お互いの意思は結婚したくないという事で合意していた。


 だから一貴族令嬢として、家の為にどこかの家に嫁いで、その相手と子供を作って、家の為に尽くしていくのだろうと幼い私は勝手に思っていた。


 私の能力が、そんな軽々しいもののはずがなかったのに。


 そして13歳。私は全てを知ることになる。

 一つ年上の王太子であるルーカスでさえも、情報が遮られていたらしい。ルーカスが必死で暴いた一連の事実を突き付けられるまで、私は全くの無知だったのだ――。



「これ、何?」


 ドサリ、と重々しい音を立てて、テーブルに分厚い書類が置かれる。ルーカスが乱雑に置いたお陰で、私の飲んでいた紅茶の茶器が少しだけ跳ねる音がした。


「読んでみて」


 ルーカスのいつも浮かべている柔和な笑みは、どこにもなかった。明らかにやつれていて、衣服も王太子らしくなく着崩している。そんな幼馴染みの姿に私は一抹の不安を感じながら、恐る恐る書類を手に取った。重い。


「極刑一覧、家系廃絶一覧……なに、これ」


 物々しい主題に指先が冷えたのは錯覚じゃなかった。

 嫌な予感しかしなかった。何故私に関係あるのか?、そんな疑問すら湧くことなく、私はひたすら次のページへと紙をめくる。


「…………私の、せい?」


 ずっと紙をめくっていた音だけがしていた室内に、私の掠れた声が落ちた。喉が引き攣る。自分でも上擦っていたのが分かった。名前も肖像画もその紙には載っていた。

 みんな見たことある顔だった。そして、見なくなった顔だった。


 極刑にされた理由も書かれてある。

 叛意。ただそれだけ。


 私には、その短い言葉に心当たりしかなかった。


「その様子だと、アリサ()何も知らなかったんだね……」


 ルーカスも何かに悔やむように目を閉じる。でも、次の瞬間には覚悟したようにアメジスト色の瞳を燃え上がらせた。


「父上とアリサを引き離す。アリサ、父上に何か問われても、当たり障りのない言葉で返してくれ。……これ以上は国が傾く」


 ――それから、私達の小さな反乱は始まったのだ。


 私は私のせいで極刑にされた人。そして一族の中から反逆者が出たということで、お家断絶にされた元貴族の人々の存在を全て調べた。

 調べる事は辛かった。

 でも逃げなかった。逃げられなかった。

 自分の罪から目を背ける罪悪感に、押し潰されそうだったから。


 ルーカスは私とティーナにとってお兄さん的な存在であったけれど、この一件で随分と精神的に成熟した。私も必死で後に続いた。もうこれ以上、私自身が無知である事で罪を重ねたくなかった。


 おじ様に嘘をつき続けた。

 いつかそれがバレるんじゃないかって、私も極刑にされた人達と同じ道を辿るんじゃないかって、ドレスに隠れた膝が震えていた。


 もうルーカスと見た目も気性も似通った、親戚のおじ様は、どこにもいなかった。


 傾国の美女の多くが精神魔法の使い手だ、とはある意味正しいのだろう。自分の事を美女と自称するつもりはないけれど、例えとしてはまさに的を射ていた。


 おじ様は私のせいで、もうほとんど狂っているも同然だったから。


 更に歳を重ねた14歳。

 私はキルシュライト王国の王太子と()()出会うことになる――。

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