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封じ込めてた――パズルのピース?

 雨音が襲ってくる。

 鳴り止まない。


 雨なんて降っていないはずなのに。


 ヒタヒタと水が弾ける音が、私の肩から、私の足元から、私の周りを囲う。


 ここは室内。それもパーティーホール。

 今日は雨なんて降っていない。


 だけれど、雨の音がずっと木霊している。

 湿っぽい匂いがする。


 意識がどんどん引き戻されていく。

 過去に――。


 辺りのざわめきがどこか遠い。ローデリヒさんが魔法で明かりを出したのが分かった。

 それでも私の視界は夜の一歩手前。何故か薄暗いまま。


「……っ?!」


 ローデリヒさんの腕が急に私の腰に回った。そして抱き込まれる。びっくりして思わず視界も聴覚もクリアになった。


 同時に硝子の割れる甲高い音がホールのあちこちで響く。ローデリヒさんがおもむろに上に伸ばした手の先には結界が展開されていて、突然現れた黒装束の人間の刃を受け止めている。


 黒装束の人間は、明らかにパーティーの招待者ではない。


 いつの間に入り込んだのか?という疑問が湧く前に、パーティー会場に騎士の鎧を着た人達がなだれ込んでくる。

 黒装束は、ローデリヒさんが渡り合っている一人だけではなかった。


「……くっ。薙ぎ払ってもどんどん湧いてくる。気持ち悪い……ねっ!」


 刃物を持っている黒装束達にどんどん襲いかかられているアルヴォネンの王太子。彼は刃物に臆することなく、素手で殴っている。一発で急所を捉えて、相手を沈めていく姿は格闘技の達人みたいだった。


 アルヴォネンの王太子妃の少女は、王太子の後ろに隠れていて、ルーカス殿下も妻を庇うように立ち回っている。


 私はローデリヒさんの腕の中に囲われたまま、その光景を呆然と眺めていた。


 パーティーホールのあちこちで乱闘騒ぎが起こっている。刃物と刃物が擦れ合う音が聞こえる。


 すぐ後ろで男の人の声が聞こえる。

 一人、また一人、と女の人の悲鳴が上がる。


 重なった。


 あの雨の日のように。

 息が熱い。喉が焼け付く。息が吸いにくい。


 ーー急いで死ななければ、と。


 それはもう強迫観念だった。私の首をじわじわと締め付ける。


 手先の感覚がなくなっていく。小刻みに震えてしまう私の身体に気付いたのか、ローデリヒさんがギュッと抱き締めてくる。


 彼が心配してくれているのは分かっている。

 それなのに、それなのに――。


「……っひっ?!」


 私は彼を振り払ってしまった。突き飛ばしてしまった。


 条件反射だった。思考が追いつくよりも先に身体が動いていた。


 しまった、と思った。


 こんな事してる場合じゃない。冷静になってローデリヒさんへと手を伸ばす。彼は私の様子にやや驚いたように目を見開いていたが、同じく手を伸ばしてくる。


 だが、彼の手は途中で止まってしまった。


 黒装束達が隙を逃すことはなかった。

 私の首筋にひんやりとした感覚が押し当てられる。


「動くな」


 聞きなれない男の抑えた声が周囲を牽制する。ローデリヒさんは勿論、アルヴォネンの王太子夫妻もその場で止まった。全員険しい顔をしている。


 顔から血の気が引く。

 これって大ピンチだ。


 波のようにローデリヒさんとアルヴォネンの王太子夫妻の様子が伝わって、パーティーホールの剣戟が段々と止んで行った。


 私は男に刃物を突き付けられているよりも先に、無意識のうちに男の手を振り払ったけれど、あらかじめ予期していたらしい相手に逆に抑え込まれていた。


 一人に両手首を後ろ手で拘束され、もう一人に刃物を突き付けられている状態。

 完全に私の反応を予測していたかのような、早業だった。


「そのまま動くな」


 私を半ば引き摺るようにして、黒装束達はホールの外へと移動する。私を人質に取られているからか、騎士達もまともに動けないらしい。


 ローデリヒさんは険しい顔で素早く周囲に視線を巡らせている。冷静に黒装束達を分析しているのと、私への心配が能力を介して伝わってきた。


 アルヴォネンの王太子妃は、飛び出しそうになっているのをルーカス殿下に止められていた。


 彼女の内心はかなり取り乱していて、ぐちゃぐちゃなまま私の耳元で囁いている。


 ――そんな、そんな、駄目だわ。はやく助けなきゃ。


 この黒装束達は、アルヴォネンの人間じゃないの?


 ルーカス殿下の方も、かなり悔しそうな表情をしている。表情を裏切らずに内面も同じことを思っているようだった。


 ――駄目よ。だって、だって。


 わがままを言う子供のように、だってを続ける。無垢な少女のように。


 ――だって、アリサは男の人が怖いのに。


 男の人が怖い、その言葉に今まで引っかかっていたものがストンと落ちた。

 納得出来なかったものが酷くアッサリと腑に落ちる。


 その違和感に、ツキリと鋭い痛みが頭を襲った。


「さっさと歩け」


 刃物を突き付けられながら、後ろ手首を拘束されて無理矢理移動させられる。引き摺るようにしてパーティーホールから私を連れ出した男に、誰か別の人の姿が被った。


 雨に濡れた、全然知らない男の人。

 雨音が追ってくる。


 浮浪者のような格好をしているけれど、清潔感のある知らない男の人に対して、私は恐怖と悔しさと、ほんのわずかの罪悪感。目の前にいる人達じゃない、知らない、会ったこともない人の顔が胸をよぎる。


 そう、今回のようにあの雨の日も私は拘束されていた。

 手首を――。


「っ……」


 気付いたら思いっきり振り払っていた。いきなりで虚をつかれたらしい男の手は一瞬離れる。

 私は振り払った勢いのまま、バランスを崩して思いっきりドレスの裾を踏んづけた。


 あ、やば。


 徐々に近付いてくる地面から、無意識に腹部を庇うように手を回す。


 どこか既視感を感じた。前にもあったような気がした。雨が降っていた日じゃない。

 もっともっと私自身が待ち望んでいた日。

 気がはやっていたのだ。あの時は。

 そして屋敷の階段の下から、驚いたように海色の瞳を見開いた()の姿が頭をよぎる。


「ぶっ?!」


 なにか思い出せそうだった時、思いっきり顔面から床にダイブした。絶対擦りむいたと鼻をおさえながら顔を上げると、淡い水色のドレスが視界を過ぎる。


「奥方様から離れてもらおうか」


 どこから取り出したのかは分からない。けれど、あまり長くない剣を黒装束の男達に突きつけながら、私を相手から隠すようにヴァーレリーちゃんが堂々と立っている。


「いやあ、奥方様。見事な蹴りでしたよ。あんなに上手く回し蹴りで急所に当てるなんて、どこで訓練したんですか?」

「ま、回し蹴り?」


 ごめんちょっと何言ってるのか分からない。


 軽い調子で話しかけてきた赤髪の男は、私を挟むようにしてヴァーレリーちゃんの反対側にいた。私の身長よりも低いくらいの槍を持っている。穂先は黒装束達に向けられていた。


 前にもあった気がする。

 あれは雨の日だった。短槍を持った男の人がいた。


 既視感ばかりに襲われる。時間感覚が分からない。時系列も飛び飛びだ。頭がツキリ、ツキリと脈打つように痛む。


 視界がブレる。


 こんな事をしている場合じゃない。さっきから足を引っ張ってばっかりなのに。


 痛みに意識が遠のく。膝から力が抜けた。その場に崩れ落ちる。


 ヴァーレリーちゃんとそのパートナーの男の人に加勢が来たらしい。ローデリヒさんの声と、アルヴォネンの王太子夫妻の声が響いてくる。


「アリサッ!アリサ……!大丈夫なの?!」


 必死な表情で私の顔を覗き込んでくるアルヴォネンの王太子妃。本気で私のことを思ってくれているのがよく分かる。


 そうだった。ティーナは幼馴染みで、私の事をとっても大事にしてくれる子なのになんで忘れて。あれ、なんで私はアルヴォネンの王太子妃と親しみを感じているんだっけ?会ったことない。ない、はずなのに。


 ティーナとルーカスが私に害なんか成すはずがないのに、なんでローデリヒ様はあんなに彼らを敵視するんだろう。あれ、なんで私、ローデリヒさんのこと様付けで呼んでるの?分からない。なんで、なんで。


 引き出しのずっとずっと奥にしまい込んでいた記憶が、ボロボロと溢れてくるようだった。それはバラバラになったパズルのピースのように脳内に散らばっていく。


 ローデリヒさんも危機迫った顔で詰め寄ってくる。


「アリサ……!!アリサ!しっかりしろ!!」


 痛い。痛いのだ。頭が。

 頭の痛みと連動するように吐き気がする。


「いたい……」

「痛い?!お腹か?!何かされたのか?!」


 グラグラと頭も視界も歪む。ローデリヒさんが膝をついて私の顔を包み込んだ。彼の手袋の滑らかな生地が頬に触れる。

 目の前がぼんやりと霞んできて、私は手袋越しの温もりを感じながら瞼を閉ざした。

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