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猫と郵便屋さん

作者: 狐目


新年初日の出。あけましておめでとう。その最初の挨拶をカバンに詰めて

まだ薄暗い町に繰り出す。

そう、私が郵便屋だったころの話である。


郵便局からすると1年の一番の稼ぎ時。

師走から走り続けて最後のひと踏ん張りどころか今日の為に存在しているとも言える。

まぁ、最近はメールだのツイッターとかで済ませてしまうのがトレンドらしいが。

自爆させられた真っ白の年賀状の束を見ると無常を感じる。


いつもの赤い車に飛び乗ると助手席から相棒が顔を出す。

コンビニで買った肉まんを半分、それが相棒の毎日の給料だ。

車を走らせながら隣でにゃぐにゃぐと肉まんにかぶりつく相棒を撫でる。


相棒は猫である。名前はつけていない。

秋頃に出会った、いわゆる捨て猫である。


車を止め、家の郵便入れに年賀状を突っ込む。

その時相棒はフードの中にいる。

一時期肩に乗ったり頭の上に乗ったりしていたが、そこが一番落ち着いたようだ。

家々に分けては突っ込み、車を微妙に前進させる。その繰り返し。


ただ、それに書留という対面で渡さなければいけない手紙が混じる。

そういう時は入口で大声で声をかけた上で、

不在であれば不在票を置いておかねばならない。

正直、相手がいないときに声をかけるのは労力の無駄であり近所迷惑だろう。


こういう時こそ相棒の出番である。

私は身を屈め、相棒はそれを伝って地面に降りる。


ふんふんと玄関を一嗅ぎするとさっと身を翻してててと定位置に駆け上る。

これがこの猫を相棒と呼んで連れている理由である。


私はささっと不在票を書き終えると次の家に車を動かす。




この奇妙な芸を身に着けている猫と出会ったのは去年の秋頃。

どこかの家の死んだばあさんの飼い猫だったらしい。

しばらく野良をしていたらしいが生きるのに疲れていたのか

花壇でノミでぶくぶく膨れながらもじっとしていた。


周囲の住民も可哀そうにとは言うモノのだからと言って引き取るつもりも一切なく、

自分も流石にそのまま死なれては寝ざめが悪い、

なのでひょいと掴んでシャンプーと餌を与え養生させていた。


2週ほど経つと元の汚猫の様子は一切なくなったが、今度は私に離れなくなった。

とはいっても私は日中の大半を配達しながら過ごす身であるので、

試しに助手席に乗せて普段の仕事をすることにしてみた。


彼は大人しく、粗相もしない。


試しに肩に乗せて荷物を届けると奥さん子供に大人気である。


迷惑をかけないならとそのまま猫を連れたまま配達していたら、

いつの間にかそんな芸を覚えたらしい。

人がいるときは扉をカリカリと引っかき、居ない時は興味を無くして帰ってしまう。

居留守に対して効果絶大なのである。

お陰で「声もかけずに不在票を置いて行った」というクレーム(声をかけても言ってくる)

はピタリとなりを潜めた。




そんな相棒と配り歩く事30数件目。

薄っすら雪の降り積もる玄関を歩き、郵便受けに年賀状を入れる。

とん、と相棒は肩から飛び降り、玄関前にちょこんと座った。


「な~あぉ・・・な~あぉ・・・」


珍しい鳴き声。2度、長く鳴くと何事も無かったかのように足元にすり寄り、

肩に乗せろと催促してきた。

私も正月の忙しさもあり、その時は意識もせずにその家を後にした。




配達をさばき切ったのは午後7時頃。

覚悟はしていたことだけどやはりシンドイ物はシンドイ。

何か作って食べるような気力も残らず、コンビニの天ぷら蕎麦に湯を注ぐ。


ひょこっと顔を出す相棒。

ふんふんと鼻を鳴らし、顔を舐める。

人も猫もこの3分待つ間の食欲は変わらないらしい。


小皿に蕎麦一つまみと天ぷら4分の1を乗せて相棒に勧める。

カツオの出汁が香る蕎麦をずずずと啜る。

蕎麦の1本をつまんではあちっと顔をしかめる相棒に頬が緩む。

許せよ相棒。君が猫舌なのが悪いのだ。




年賀状も捌き終わった頃。

玄関に黒白の垂れ幕が付いている家に書留を届けに行った。

爺さんの一人暮らしだったように思えたが、今日は満員御礼の様相だ。


相棒が2度鳴いた家だ。


どんな気持ちで一人で亡くなっていたかは知らない。

けれど、私はそんな爺さんに尊敬の念を送る。

少なくとも、死ぬまで年賀状を送る相手が居たということ。

そして、こんなにも悲しんでくれる人がいる事を。


苗字の違う書留サインをもらい、相棒と共にその場を去った。




そんな小さな相棒との生活ではあったが、実のところ1年持たなかった。

彼は夏ごろふらりといなくなってしまう。

それこそ、夕食を取ったら自然にふらりとだ。


仕事をしながら彼を探したがどこにも見つからない。

そもそも仕事のエリアと自宅のエリアとは数十キロ離れている。


やがて世間では夏休みという時期を過ぎたころ、彼は見つかった。

彼は最初の、死んでしまったばあさんの、花壇の傍で死んでいた。


彼に名前はない。だが私は彼を相棒と呼んでいた。

それだけは確かな真実なのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 淡々とした語り口がとても良かったです。 心情を書きすぎないことで想像の余地がたくさんあって、何度も読み返したくなりました。 あっさりとした終わり方が余計に寂しさを感じさせますね。相棒がい…
2019/01/25 00:26 退会済み
管理
[良い点] 短いのに、しっかりした構成でした テーマに沿ってました [一言] 猫の名が気になります。あと猫の種類。
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