彼の声
私は昔から耳がいい。それが良い場合もあるけれど、だいたいは悪いと感じることが多い。聞こえてはいけないことが聞こえたり――たとえば誰かの悪口だったり。聞きたくないけれど、聞こえてしまう。耳に入ってきてしまう。
私は自分の耳が良いことが嫌いだった。
「おはよう」
「おは……よう」
クラスメイトが私に挨拶をしてきた。私はぎこちない挨拶を返す。あんまり他人と関係を持ちたくない。その人が陰口を叩いているのを聞くことになるからだ。人は良い部分だけではない。
「そういえばさ、バスケ部の彼かっこよくない?」
「バスケ部?」
このクラスメイトは私にいろいろな話をしてくる。私のことを友達だと思っているのだろう。別に友達を作りたくないというわけではない。人と話すのは好きなほうなのだ。この耳のせいで進んで話しかけたりはしないが。
「この前試合でシュート決めたとき、ちょーかっこよかったんだよ!」
「そっか」
どうやらバスケ部にカッコいい人がいるみたいだ。しきりにその彼のことを私に言ってくる。
私が持っている頭には、男は単純な生き物で思うままに生活しているということが刻まれている。それに対して女は。私もそうだけれど、あまり単純ではないだろう。全員が全員そうではないけれど……。
だから、男の子と話をしてみたいとは思う。しないけど。男の子としっかり話したのは小学校低学年までさかのぼる。そのため、正直何を話していいのかよくわからない。
「あ、ちょうどあそこにいるよ」
そういうので、私はそのカッコいい彼とやらを見てみることにする。廊下を覗くと、少し離れた場所にその彼はいた。
――!?
なんだろうこの気持ち。その人物を見た瞬間、私はひどく胸を打たれた感じがした。なんだか胸がどきどきする。
「ね、やっぱカッコいいっしょ?」
「え、えと」
「顔赤いよー」
言われてみれば頬が熱い。
私の初恋が始まろうとしていた。
彼に近づいて、彼と話すまでどのくらい時間がかかるだろう。
そのとき、彼の声が聞こえてきた。もちろん私の耳に届く。
「あそこにいる子なんだか可愛くない?」
私のことだろうか。私だといいな。
それから私は変わっていった。
恋する乙女になって、彼の声に意識を傾ける。
自分を少しだけ好きになれた気がした。
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