45 ささやかな宴と悩み事③
「それで……どうしたの?」
「ん……もうちょっとだから……」
そう聞くと、こちらに振り返る事もなく返事をするパトリシアちゃん。パトリシアちゃんに手を引かれ歩いているが、どうやら湖の方へ向かっているようだ。
いつもより歯切れが悪い感じだな。どうしたんだろ? 相談って言ってたしな……。
移動している時のパトリシアちゃんはいつもと違って静かだった。
いつもと変わらないはずの夜が、この日は妙に静かに感じる。周りの音がなくなり、自分達の足音しか聞こえないそんな気がしてくるほどだ。妙な感じだが、俺の手を握るパトリシアちゃんの手は、柔らかく温かくてなんだか安心できた。
パトリシアちゃんの温もりを堪能していると、いつの間にか湖の畔に着いていた。
湖の畔には整備された歩道が近くにあり、街灯やベンチもあってなかなか良い雰囲気だ。
「いい景色でしょ? アキラはラクスの湖、見に来た事ないの?」
こちらに振り返り、いつもと変わらぬ笑顔で聞いてくるパトリシアちゃん。
「確かにいい景色だね。遠くからはあるけど、ここまで近くに来たことはそういえばないかな?」
「ふっふっふっ……じゃぁ、あたしのとっておきの場所連れてってあげるね!」
そう言って握られていた手がギュッとされ、元気よく走り出すパトリシアちゃん。おじさんは若干こけそうになりんがならも付いていった。
パトリシアちゃんに連れられて行くと、大きな石造りの水門の様な建物の前に着いた。
「ほらほらーこっちだぞー」
「ちょ……ここ勝手に入って大丈夫なの?」
建物の門を開けて入って行くパトリシアちゃん。内部は水門の開閉に使う装置だと思われるレバーやハンドル、スコップなどの道具等がしまわれていた。パトリシアちゃんは慣れた道なのか迷いなく内部を進んで行く。
通いなれた感じするから大丈夫なのかな? 後で怒られないよね? ん? 川の向こう側に行くのか?
こちらの施設と対岸の施設を繋ぐための橋を渡っていると、パトリシアちゃんはやけに楽しそうに鼻歌交じりに進んで行く。橋を渡り終えると、また門を開け湖の方へと進んで行った。周りは木々が生い茂って森のようになっていたが、道は古かったがしっかりとしている。
「ほら! 着いたぞっ!」
森を抜けこちらを振り返り伝えてくるパトリシアちゃん。その後ろには開けた場所があった。
「おお……これはすごいね」
月明かりに照らされて見えたその場所は、湖の横にある古い遺跡の跡地のようだ。
「いい場所でしょ? 古い見張塔の跡地らしいんだ、あたしも詳しくは分からないかな。でも……あたしのお気に入りの場所なんだ」
そう言いながら手を引き歩き出すパトリシアちゃん。湖の近くに行くと長方形に成形された石の上に木の板を取り付けてあるベンチがあった。パトリシアちゃんと一緒にベンチに座り、月明かりに照らされている湖を眺めていた。
随分と綺麗な景色だな……水の透明度も高いし、月明かりのおかげで夜だけど明るめだしね、自然が豊かなんだなほんと……。良く見れば周りから木々やら見張塔の跡地で見えにくくなってるな、パトリシアちゃんのプライべートビーチみたいになってるんだねぇ。ん……? 周りから見えなくて二人っきり……これは……!
自分の状況にちょっとドキドキしていると、隣に座るパトリシアちゃんが声をかけてくる。
「ここはね、小さい時にお父さんが教えてくれたんだ。若い時にお母さんと良く来たんだって……」
パトリシアちゃんは俺の手を両手で握り膝の上に乗せ、湖を見つめている。
「じゃあ、ここは親御さんのデートスポットだったんだね。素敵なお父さんだねぇ」
パトリシアちゃんの横顔を見ながら話している。パトリシアちゃんの綺麗なブロンドの髪が月明かりに照らされ昼間とは違う雰囲気に彼女をさせていた。
「でっデート……! そっそうだね! お父さんもなかなかやるでしょ!」
若干焦りながらそう返すパトリシアちゃん。頬が赤くなっている気がした。
ああ……パトリシアちゃんも両親の惚気話になるとやっぱり恥ずかしいのかな? シエナちゃんもそうだったし。しかし……普段のさっぱりした印象のパトリシアちゃんだけど、月の光に照らされている横顔は奥ゆかしいと言うか気品があると言うか……やっぱり随分とまぁ綺麗な女の子なんだね。
そんなパトリシアちゃんに見とれていると、パトリシアちゃんはこちらに顔を向けてくる。
「アキラにさ……あたしの両親の話ってしたっけ?」
「パトリシアちゃんのご両親? いや、聞いてないと思うよ」
パトリシアちゃんは返事を聞くと、また湖の方へ顔向ける。その横顔はどことなく寂しげだ。
「そっか……お父さんはね、この街で作物の研究をしてるんだ。お母さんはさっき行ったギルドの食堂で料理の手伝いをしてるんだ。それでさっきの水門もお父さんが管理してるから、あたしも好きな時に来れるんだよね。このベンチもお父さんと一緒に作ったんだぞぉー」
両親の話をするパトリシアちゃんは先ほどとは違い、笑顔になっていた。
ああ、だから門とか開けて入ってこれたのね。それに食堂もお母さんが働いてるから料理も詳しかったのかな?
そう思っていると、パトリシアちゃんは続けて話す。
「あとね……あたしには、サラって言う可愛い妹も居るんだ。ふさふさの耳が可愛いんだぞ。それにまだ小さいから甘えたでね、家に居るとあたしにべったりでさー」
照れ笑いをしながら話すパトリシアちゃん。可愛い。
「パトリシアちゃん妹さん居たんだねぇ。ふさふさの耳って事はご両親のどっちかが獣人さんなの?」
「うん……お母さんがね、そうなんだ」
夜空を見つめながら答えてくれたパトリシアちゃん。
お母さん獣人さんなんだ。パトリシアちゃんに似て綺麗な人なのかな? ん? でもパトリシアちゃんケモミミじゃないよね? あれ……?
「アキラ、気づいた? あたしには……ふさふさな耳はないんだよね」
足をぶらんぶらんと振りながら話しを続けるパトリシアちゃん。
「お父さんとお母さんはね……あたしの本当の親じゃないんだ……あっだからって嫌いとかじゃないよ? お父さんとお母さんの事大好きだし、もちろん妹のサラもね」
パトリシアちゃんに握られている手がギュッとされた。
「あたしがね、小さい時に引き取られたんだって。それからずぅっと……あたしの事、大事に育ててくれたんだ。こう見えても、小さい時はお淑やかなお嬢様みたいだったんだぞぉ」
こちらに向きはにかみながら伝えてくる。
「ほんと……良くして貰えてるんだ。だから……恩返しじゃないけど、もっと頑張ってみんなの役に立ちたいんだ。でも、最近はうまくいってないんだけどね……」
苦笑いを浮かべるパトリシアちゃん。
「そうだったんだ……でもさ、俺は初心者だからあれかもしれないけど。パトリシアちゃんとPT組んでもらえて本当に助かってるよ。俺だけじゃ何も出来なかったしね、本当にありがたいよ」
自分の本心をパトリシアちゃんに告げる。おじさん本当になんも知らないからな……ポンコツ気味ですからね。路頭に迷いそうにすぐなるしね。
「アキラにそう言って貰えると……すごく嬉しいよ……」
そっと肩に寄りかかるパトリシアちゃん。良い匂いです。
「アキラを近くに感じると、なんだか安心できるんだよね……」
俺の腕を抱きしめ、体を預けるように寄り添ってくるパトリシアちゃん。
「あたしね……引き取られる前の記憶がほとんどないんだ。本当の両親の顔も分からないし、どこに住んでたかもね。でもね……ひとつだけ、なんとなく覚えてるんだ」
抱きしめられている腕がギュッとされるのを感じた。
「男の人がね……あたしの事助けてくれて、この街に連れて来たと思うんだ……詳しくは覚えてないんだけどね。その人にね、アキラがなんとなく雰囲気が似てるんだよね……」
そっと顔を上げ、こちらを見つめるパトリシアちゃん。
やばいなこれ、なんか凄くドキドキするな。だってパトリシアちゃんの目が潤んでるし、近いし、良い匂いだし、温かいし。おじさんもうやべぇよ!
「そっそうなんだ……でも、安心してもらえてるなら良かったよ。これからも、俺で良かったら力になるから、何でも言ってね」
「ほっほんとに? じゃっじゃぁ……」
パトリシアちゃんは話を聞くとモジモジと気恥ずかしそうにしながら伝えてくる。
「そのね……えっと、ひざまくら……ひざまくらして欲しいかな?」
恥ずかしいのかパトリシアちゃんの頬は赤くなっている。
「ん? そんな事でいいなら……はい、どうぞ」
「う、うん。じゃぁ……失礼します」
今度はオドオドし始めるパトリシアちゃん。可愛らしいね。
膝枕くらいなら別に構わないけど、どちらかと言うと、おじさんはパトリシアちゃんの生足で膝枕してもらいたかったです。
少し残念に思いつつも膝枕をしてあげることにした。
「大丈夫? 痛くない? ん……?」
パトリシアちゃんに膝枕をしてあげていると、パトリシアちゃんが片手を少し上げている。
「手……貸して……」
甘えるような声で伝えてくるパトリシアちゃん。言われた通り手を貸すと、頬擦りされるように抱きしめられた。
パトリシアちゃんの体温が伝わってきてドキドキします。あと、手に呼吸があたってるのもゾワゾワする。なんか……なんか……膝枕するのもいいね!
パトリシアちゃんを感じつつ、もう片方の手が開いていたので、パトリシアちゃんの頭を撫でてみる。少しビクっと体に力が入った様子だったが、すぐに安心したのか、力が抜けていくのが分かる。
静かな時間が過ぎてゆくと、パトリシアちゃんが静かに口を開いた。
「アキラってさ……優しいよね……」
「ん? そうかな、普通じゃない? それより、パトリシアちゃんが意外と甘えん坊な一面が知れて良かったよ」
握られていた手がギュッとされた。
「うっうるさいな……アキラに……アキラだけにしか、こうゆう事しないぞ……」
手で触れているパトリシアちゃんの頬が温かくなった気がする。
「はいはい……今はゆっくりしてなよ、いつもがんばってるんだからさ」
そう言うと、パトリシアちゃんは大人しくひざまくらを堪能しているようだ。少し間を置くと、パトリシアちゃんが話し出す。
「あのさ……いろいろありがとうね。サリナの話もたぶん……あたしとシエナの事でしょ? 心配させてるのは分かってるんだけどね。なかなか上手く話せなくてね……」
いつもより弱弱しい声で伝えてくるパトリシアちゃん。
「きっとお互い素直に中々なれないんだよ。今くらい素直になれたらいいんだけどね」
「もうほんとにっ……アキラだから出来るのに……」
むくれた様子で言ってくるパトリシアちゃん。
「まぁまぁお嬢様、今はひざまくらを堪能してくださいね」
「すぐそうゆう事言うだもん……」
パトリシアちゃんはそう言うと、俺の膝に顔を埋めて行く。
もう少しお互いに素直になれたらいいんだけどね。なかなか難しいんだろうな、パトリシアちゃんも頑張り屋さんだしね。こんな可憐な子が色々な思いの中で頑張ってみんなの役にたとうとしてるんだから、おじさんももっと頑張って行くしかないな。
緩やかな時間が過ぎていく中で、おじさんは静かに決意するのであった。
それなりの時間が立つと、パトリシアちゃんは満足したのか立ち上がり背筋を伸ばし始めた。
「んっ……ありがとうねアキラ。話したら楽になったきがするよ」
「こんぐらいだったらいつでも大丈夫だよ。まぁなんか相談に乗れたかは分からないけど」
それを聞くとパトリシアちゃんは、こちらに振り返り手を差し出しながら言う。
「そんな事はないよ。あたしはカナリ助かったと思ってるよ。アキラはもう少し自信つけたほうがいいぞ」
パトリシアちゃんの手を取り立ち上がる。
「まぁ……頑張ってみるよ」
「お互いにね……じゃあ、もう遅いし送っていくよ。ミケちゃんと約束したしね」
パトリシアちゃんに手を握られ帰路に着く。
おじさんはちゃんとパトリシアちゃんに送ってもらいました。なんか立場が逆な気がするけど……まぁいっかパトリシアちゃん可愛かったし。




