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『主観』と『客観』

 休日の目覚めだった。

 朝目が覚めると、そこにはメイドロボがいた。

 赤い髪をしたショートヘアのメイドロボが、誠志を起こしていた。

「おはようございます、ご主人様!」

「……うん、おはよう」

 中身を想像するとアレだが、想像しなければそれなりに満足のいくアレだった。

 やはり、なんだかんだ言って美少女が近くにいると心が救われるものである。

 声の方も、それなりに好みの声であるし。

 さもしい話だが、自分が上で相手が下。それが揺るがぬ関係というものは優越感に浸れるものである。

 まあそもそもメイドロボというものは奴隷どころか家電の一種なので、家電に対して優位に立てることを優越感と言えるのかは、甚だ疑問なのかだが。

 洗濯機や掃除機を見て優越感に浸れるのは、それはもう心の病気ではないだろうか。

 相手が人の形をしているので、まあしょうがないのかもしれないが。

「さて、今日は都会に遊びに行くのだろう」

「うん、まあ……」

 いきなり平常モードになったゴーシェに、やや困惑しつつも誠志はベッドから起きた。

 こんな言い方はどうかと思うが、この傲慢さが逆にありがたかったりもする。

 はっきり言って、自制心が自分には求められると、何となしに悟っていた。

 というか、承認欲求を満たしたいと思う一方で、あんまり持ち上げられすぎてもそれはそれで嫌だ、という程度には羞恥心がある。

 というか仮にこのメイドロボに人工知能を独自のものを搭載したとしても、その製作者は紛れもなくゴーシェなのだ。

 ゴーシェがプログラミングした通りにこちらを褒めてくる相手など、心のどこかで違和感を感じ続けるだろうし。

 こうやって深く考えすぎるから、この状況を前向きに考えることができないのだとはわかっているが、浅慮で嫌な思いをするのもそれはそれで嫌だった。



 余所行きに着替えた誠志は、近くの大きなショッピングモールに出向いて、あっちへうろうろ、こっちへうろうろしていた。

 幸い、このショッピングモールは大層人が入っており、しまっている店の方が多いということもない。

 改装中の店舗はいくつかあるが、ほとんどの店に大量の客が入っている。

 流石に都心ほどの雑踏は無いが、それでもまあありがたかった。

 大きな駅の近くの、大規模小売店。

 その中でうろうろしている誠志は、久しぶりの開放感を感じていた。

 なんというか、ただの学生として無責任さを謳歌していた。

 メイドロボはメイドロボで必要だが、自由な時間は自由な時間でありがたいものだ。

「休日っていいもんだな~~」

 何分、誠志はそれなりに真面目な学生である。

 授業中、何時再生が終了するのかと戦慄することもしばしばだ。

 夜眠るときも何時起こされるのか、と気が気ではない。

 しかし、今ならいつでも出撃できる。自分が一人で自由行動しているので、誰かを悲しませたり迷惑をかけることもない。

 そんな気楽さを、彼は楽しんでいた。

 頑張ってるお前にお小遣いだぞ~~と、父親から一万円札ももらっている。

 何でも買える、というわけではないが、高校生には十分大金だった。

 というか、単純に臨時収入で気が大きくなっていたのだろう。

 安い男であるが、幸せが安く手に入るならそっちの方がお手軽である。

『ああ、平和な休日とは本当に素晴らしいね』

 現実に引き戻されるような、レヒテの重い賛同。

 そこまで真剣に平和な休日を賛美したいのではなく、勝手気ままに遊びほうけたいだけなのだ。戦闘ユニットは少し黙っていただきたい。

『この平和を、今度こそ僕は守って見せる……』

「お前黙ってろ」

 誰にも聞こえないように、右手に懇願する。

 とにかく、今は何もかもを忘れて能天気に過ごしたいのだ。戦士にも休日は必要なのである。

 とはいえ、レヒテの言うことも一理あった。

 超古代文明が何時再生するのかわからない、という状況ではあっても、一万年前ゴーシェとその製作者が文明を滅ぼそうとしていた時期とは違い、この世界は至って平和だった。

 のんびりくつろいで、のんびり過ごすことができる。

 平和な時間はまさに心の安らぎだった。

 ついつい、少々お高い喫茶店に入って高いコーヒーを飲む程度には。

 高校生の下には少々苦いブラックも、しかし大人の味と思えば悪くない物である。

 こう、頑張っている自分へのご褒美、という感じがしてたまらないのだ。

 「はぁあ~~……」

 こうして、彼は充電していた。戦士には休日が必要なのである。

 そして、そんな彼をレヒテもゴーシェも特に咎めなかった。彼にそれが必要だと、どちらの人工知能も認めていたのである。

 しかし、それを見て咎める輩もいた。

 先日彼に告白をして、振られた鈴木を含める女子一同である。

「あ、安藤がいるよ」

 別に、追いかけていたわけではない。

 ただ、休日に友人たちと行きつけの店に訪れただけである。

 そして、それは彼女達だけではなく、その他多くの生徒たちも休日ここへ楽しみに来ていた。安藤も彼女達も、その内の一部でしかない。

 よって、特に不自然でもなんでもなく、彼女たちは誠志を見つけていた。

「見てよ、ひとりで喫茶店に入ってるし」

「しかも凄い嬉しそうな顔してるし」

「きもっ!」

「良かったじゃん、あんな奴と付き合わなくてさ!」

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。誠志は誰に迷惑をかけていたわけではなく、誰に恥じることをしていたわけではないのだが、彼女たちは遠くから彼を侮辱していた。

 誠志は微妙にドッキリや物笑いのネタだと警戒していたのだが、そんなことはなく鈴木は彼に惚れていた。

 惚れていた、と言ってもなんとなく気になっていて、それを友人と話しているうちに盛り上がって、という程度ではあったが実際に彼女は誠志に惚れていた。

 そして、振られてそれなりに傷ついていた。とはいえ、そこまで攻撃的には成れず、ただ少々不満そうに黙るだけだった。

 実際接点がなかったのは本当で、そこまで手ひどく拒まれたわけでもないので、そんなには怒っていなかった。

 ただ、ショッピングモールの通路から、ガラス越しに能天気そうな誠志を見ているだけだった。

 だからだろう、全員が少々驚いたのは。

 誠志は血相を変えて突然立ち上がり、そのままいきなり走り出したのである。

 まだ飲んでいるばかりだったコーヒーを机に置きっぱなしで、大慌てで喫茶店を飛び出していた。

「……なに、今の」

「ちょっと、追いかけようよ」

「うん、マジでなんなんだろう」

 凝視していたからだろう。

 彼女たちは彼がメールを受け取ったわけではないことも、電話をしていたわけでもないことを知っていた。なぜなら手にスマホもガラケーも持っていなかったからだ。

 最初から見ていれば、彼の挙動は余りにも不自然で、異常だった。

 だからこそ、よせばいいのに彼女たちは彼の追跡を始めていたのである。

 言っては何だが、ショッピングモールの中で走るというのは褒められたことではない。

 しかし、怒鳴りつけられて咎められるほど、ありえないことでもない。

 加えて、誠志は着込んでいたパワードスーツの強化をしていなかった。

 衆目の目が合ったこともそうだが、そもそも人の多いショッピングモールでそんなことをできるわけもない。ぶつかれば、それなりの大怪我になることもあるからだ。

 そして、全力で走り出したとはいえ誠志には明確な目標があった。

 そこへ向かわねばならない以上、彼はある程度加減していた。

 もっと言えば、彼は別にそこまで足が速いわけでもなく、ショッピングモールはそれなりに人が多かったこともあって、彼女達全員に追跡を許してしまっていた。

「ここいらへんか?」

『ああ、その通りだ』

 一方で誠志は、ショッピングモールを出てしばらくの所で、とんでもなく緊張していた。

 運がいいのか悪いのか、遊びに来たこの場所で兵器が再生を終えようとしていた。

『一応言っておくが、完全に復元する手前の状態で手を出せばろくなことにならんぞ』

『再生のために使用されているエネルギーが、熱として放射されかねない。それが何を意味するのか、分かるね』

「アドバイスどうも!」

 誠志は一応、周囲の中で一目に付きにくそうな場所を探す。

 パワードスーツは既に着ているので、下着まで着替える必要はない。

 そして、後は上着を脱いで見た目には何の変哲もないヘルメットをかぶるだけである。

 どちらも一瞬で済む作業、一瞬人目を避けるだけで良かった。

 誠志は慌てていた。もうすぐ兵器の再生が終わるからだ。

 さほど大きくない物らしいが、小さいからと言って安心はできない。

 誠志は乱暴に薄手の上着を脱いでタンクトップ姿になると、両手を合わせて一瞬でヘルメットを作りかぶっていた。

「……ねえ、今の見た?」

「あれってもしかして……」

 幸か不幸かで言えば、まあどちらでもないだろう。

 誠志を追いかけていた彼女たちは、明確に彼を探してショッピングモールを飛び出していた。

 そして、彼が常人ではありえないことをやっているところを、彼だと認識したうえで見てしまったのである。

 それは誠志にとって避けたいことだったが、そんなことは些細な事だった。

 彼女たちの調度背後で、白いチリが集まり始めたのである。


『不味いな……キューブとは』

『できるだけ早く壊してくれ! アレは……この文明風に言うと、対戦車兵器だ!』

「マジで?!」


 ヘルメットをかぶり、既に両手を装甲で覆っていた誠志は、既にネット上で騒がれているヒーローの姿になっているが、とてもではないがヒーローらしからぬ奇声を上げて、怖気づいていた。

 そして、そんな彼に注目しているのは女子たちだけであり、それ以外の誰もが彼女たちの背後の巨大な立方体におびえていた。

 およそ、二メートル四方の白い直方体。

 それが、不気味なほど静かに展開を始めていた。

「う、うわああああ!」

「にげろぉおお!」

「ヤバい、ヤバいぞ!」

 明確に幸運と言いきれたのは、誠志が戦うところが報道されたことによって、誰もが超古代兵器の正体を知らずとも、危険であると理解して逃げてくれたことだろう。

 もっとも至近距離にいながら、しかし逃げ遅れた誠志の学友を除いて、誰もが全力で逃げ出していた。

「え」

 曰く、蛇に睨まれた蛙。

 明確に脅威であると認識した敵から逃げられないと理解した時、彼女たちは足がすくんで動けなかった。

 それは、明確に不運だったというしかない。

『不味い! 僕を前に出すんだ!』

『気を付けろ、光学兵器だ』

「なあああ!?」

 誠志はいわゆる猫の手を作った。親指以外の指の第三関節を伸ばし、それ以外の関節は全て曲げた手。

 その右手を大きく前に突き出すと、キューブのあらわになったレンズから閃光がほとばしった。

 当然ながら、全く圧力は感じない。

 しかし、レヒテが展開した青い防御壁で受け止めて尚、彼の吐いていたジーンズは小さく火が付き、僅かではあるが焦げていた。

 その程度の、やけどにもならないダメージで済んだことに、彼は感謝する。

 猫の手をやめて周囲を見れば、そこには大きく焦げて熱を持った地面が存在していた。

「空気砲にテイザーガンときて、急にレーザーとか殺意高すぎねえか?」

『厳密に言うと異なるがな。アレはレヒテのそれに似た攻撃だ』

「どう見てもあっちの方が殺意高いだろ……」

『僕はエネルギーを抑えている。あっちは常に最大出力でこれだ』

「で、どうすればいいんだ?」

 戦闘ユニットでなくとも、この状況の深刻さは明確だった。

 破壊の光線を放った兵器の砲口の真下で、少女たちが蹲っている。

 今のところ無事だが、何時キューブが展開した角ばった四本の脚に踏みつぶされるかわからない。

「一応言っとくぞ、レヒテ」

『彼女達を助けろというんだろう? 分かっている……』

『わかっているなら、早くしろ。次が来るぞ』

 既に、逃げ遅れた彼女達五人を除いて、駅周辺には人っ子一人いない。

 この国の『軍隊』がそうあっさり出動できるわけもなく、警察は避難誘導を行っているのだろう。

 攻撃手段がレーザーの類である以上、安易な判断はできないが、しかし誠志が助けるべき相手はそこにいる五人だけだった。

「……レヒテ?」

『わかっている……わかっているが!』

『急げ、時間がないぞ』

 ある意味、最も恐れていたことが起きていた。

 誠志の視線の先、キューブとその周辺に白いチリが数か所に集まりだしていた。

 それが何を意味するのかと言えば……。

『わかっているが……でも!』


「レヒテ! 頼む! 俺は……俺を、ヒーローにしてくれ!」


 誠志は、ずっと恥ずかしがっていた。

 別に誰が咎めるわけでもなく、ずっと気に病んでいた。

 ヒーローのように力を得たのだから、ヒーローのように振る舞わなければならないと、そう思っていた。

 ヒーローを仕事としてとらえるのではなく、尊敬に足る個人の在り方だと思っていた。

 ヒーローを名乗るに足る力を持った、ヒーローたらんとしている、一人の少年。

 そう、それは紛れもなく、疑いもなく、彼がヒーローであることの証明だった。


『わかったよ、誠志……ゴーシェ! 一緒に戦おう!』

『ああ、その言葉を待っていた! ここからが本番だぞ、誠志!』


 誠志は、レヒテとゴーシェを繋ぎ合わせる。

 二つの手を自分の胸で握り合わせる。

 それは、一瞬にして強力な兵器を生み出す所作だった。

 レヒテが膨大なエネルギーを直接ゴーシェに供給し、それを元に兵器を作成する。

 それだけなら今まで通り。しかし、その出来上がった兵器へレヒテがエネルギーをさらに供給する。

 出来上がった兵器の見た目は、正に投げ槍。

 原始的にも見えるそれを、誠志は渾身の力を込めて投擲していた。

 それを喰らうキューブではない。

 スフェールやコォヌと違い戦闘を前提としているキューブは、軽やかな躍動で投げた槍を回避する、後方へ大きく下がることで。

 それはつまり、倒れている彼女達から大きく離れることを意味していた。

『誠志、彼女達を逃がすことはできない! この場で踏みとどまるんだ!』

『あのキューブは兵器を破壊するための兵器。レヒテがある限りそちらを優先して狙うが、下手にこの間のヘリコプターの様な物を出せば……そちらを撃墜しかねない』

「分かった! とにかく接近する!」

 誠志はパワードスーツによって、一歩で彼女たちの下へたどり着いた。

 地面に突き刺さったままの槍の前に立つと、両手を合わせてあっさりと兵器を作成する。

「ガスマスクか?!」

『彼女達にかぶせるんだ!』

『無いよりマシだ、早くしろ!』

 ゴーシェが作成したのは、防弾機能など望めないであろう、見た目通りのガスマスクだった。

 人数分のそれが、地面に力なく転がっている。

「みんな、それを付けろ!」

 よくわからないが、とにかくそれが彼女たちの為のものだとはすぐに分かった。

 この状況で、他の用途などあり得ない。

 既に復活していたキューブの他に、二体のキューブが現れている。

 一瞬の猶予も許されない。彼女達に自分でガスマスクをかぶってもらう他にはあり得ない。

「た、たすけて……」

「やだよ……」

「お、おかあさん……」

「死にたくないよ!」

 だが、誰もがそんなに正しく判断できるわけではない。

 先ほどまでは、頭を抱えて蹲るという反射的な行動こそが正しかったのだが、今は理性的にガスマスクをかぶってもらう他ない。

 だが、その適切な行動を許さないのが、三体のキューブからの攻撃だった。

 幸い、同じ方向からの同時攻撃だったので、それを防ぐことは容易だった。

 しかし、それを理解しているからか三体のキューブは連携し始めた。

 誠志を中心に三方向へばらけたのである。

「防げるか?!」

『うん、できる! でも、彼女たちがそう長くはもたない!』

 誠志の体は、パワードスーツやレヒテとゴーシェの装甲、ヘルメットによって守られている。

 だが、生身の彼女たちはレヒテの展開したバリアの熱でわずかでも焼かれていた。

「きゃあ!」

「熱い!」

「痛い!」

「助けて!」

 猶予はほとんどなかった。

 全包囲に、彼女達を守るようにバリアを展開すれば、重度のやけどを負う可能性があった。

 もちろん死ぬよりはましだが、それでも乙女の柔肌に消えない傷が残りかねない。

 そんな彼女たちに、誠志はどう叫ぶべきか。

 元々深く考える誠志である、既に頭の中には台詞が存在していた。


「大丈夫だ!」


 根拠もないのに、作戦もわからないのに、力強く叫んでいた。

「君達は助ける! 家族にも会える! アイツらも全部ぶっ壊す!」

 そうしなければならない。

 ヒーローとは、そういうものだからだ。

 緊急事態だからこそ、皆を勇気づけなければならないのだ。

 どんなに恥ずかしい台詞でも、恥ずかしがることなく断言しなければならないのだ。

「俺は……俺達は、ヒーローだから!」

『その通りだ、早くかぶってくれ!』

『安心しろ、それはお前達のよく知る物と何も変わらない。これから毒ガスを使用するのだ、早くしろ』

 レヒテもゴーシェも、それに協力する。

 とにかく、彼女達にはそれをかぶってもらわなければならないのだ。

 どこからの声なのか、それは分からない。

 しかし、物が救命に属する道具だからか、彼女たちは顔をぐしゃぐしゃにしながらおぼつかない動きでガスマスクを顔に押し当てていた。

 ゴムバンドで固定するまでもない。顔に押し当てたそれは、それだけで彼女達の顔に固定されていた。

『もういいぞ、レヒテ』

『よし、それなら……!』

 誠志は両手を合わせる。

 ただそれだけで、一瞬の閃光と共に白い煙が吹き荒れた。

 それは、何かの兵器を生み出したことによる煙ではない。

 その煙そのものこそが、狙った通りの兵器だった。

「なんだこれ?!」

 困惑する誠志を他所に、その煙は爆発するように広がって、彼を囲んでいたキューブたちをも包み込んでいた。

 それ自体に、一切の攻撃力は存在しない。

 だが、それを理解したうえでキューブたちは大きく距離をとって、そのまま煙から離脱して……狙いを中心に定めたまま動かなくなった。

『チャフであり、スモークだよ。この中では、キューブの射撃は無効になるんだ』

『無効になるというよりは、乱反射させつつ吸収するというところだ。キューブに搭載した人工知能もそこまで間抜けではない、このスモークを放てばその中から脱して出てくるのを待つ。とはいえ、人体には有害だ。肌で触れる分には問題ないが、長く吸い込めば肺に障害を負うこともある』

 何を言っているのか、パニックになっている彼女たちは理解できない。

 だが、肺に障害を負う、ということとガスマスクを支給されたことから、周囲に毒ガスが散布されたことは分かった。

 彼女たちは大慌てで顔に吸い付いているガスマスクを抑えていた。

 既に機密は保たれているのだが、何とか呼吸を抑えようともしている。

「……ってことは、こっちが出たら……」

『そのまま撃墜されるね』

『一応言っておくが、キューブは兵器との戦闘を前提としている。今までのように速度でかく乱することはできんぞ』

 誠志が戦闘を経験している相手は、いずれも対人兵器。人間の速度を超えるパワードスーツの機動力には標準が追いつかなかったが、今回はそうもいかない。

 たかがパワードスーツの運動などあっさりと見切って、即座に光速の一撃を命中させるに違いない。

「じゃあどうするんだ? 早く来ないと、警察とか来ちゃうだろ」

『安心しろ、お前はヒーローなんだろう』

「……そうだけど」

『だったら安心してくれ。戦うのは君だが、僕たちがきっちりとサポートする』

 なるほど、市街地でキューブ三体と交戦する。それは現代の科学力では、或いは同じ水準の科学力では致命的だ。

 単独でこの状況を切り抜けるのは、歴戦の雄でも難しいに違いない。まして、足手まといである五人の少女を守りながらとなると、その難易度は跳ね上がる。

 だが、今の誠志にはレヒテとゴーシェがある。


 全てを支配するために、全てを生み出す力を与えられた、赤い左手。究極の創造と究極の破壊を成す、最悪の戦略兵器ゴーシェ。

 全てを守るために、全てを破壊する力を与えられた、青い右手。絶対の矛でありながら絶対の盾、最強の戦闘兵器レヒテ。

 この二つを正しく扱えるものがいるのなら、たかが対戦車兵器の三つ如き、脅威でもなんでもない。


『いいか、誠志。アレを製造したのは我だ』

『いいかい、誠志。不完全とはいえアレを壊したのは僕たちだ』

『アレの設計図は、欠けることなく記録している』

『アレの撃破方法は、腐るほど知っている』

『お前には勝利しかない』

『君には敗北などあり得ない』


「……そうだったな。俺はどうすればいい?」



 兵器には、必要な機能があればいい。

 兵器も人為的に生み出された道具である以上、そこには明確に目的が存在する。

 対人ではなく、対戦車、その他陸戦兵器を破壊するために生み出された、直方体から展開する四足の歩行機械。

 キューブとされるこの兵器は、レヒテと同種の破壊の光線のみを武装とする光学戦車と言っていいだろう。

 この破壊のエネルギーで壊されれば、不完全ではあるが再生機能が阻害され、そのまま速やかに修復されるということはない。

 加えて、本体の機動力も高く、命中精度も極めて高い。

 発射されるものが実態弾ではないこともあって、この攻撃を回避することはほぼ不可能と言っていい。

 索敵範囲内では、小鳥ほどの小型兵器でも確実に撃ち落とすことが可能だった。

 故に、彼らは決して慌てなかった。

 ゴーシェに与えられた知能は、正しく冷静に判断し、万全の態勢で射撃準備をとっていた。

 あのスモークは確かに強力だった。あの煙の中に隠れてしまえば、スフェールの空気砲ならいざ知らず、キューブの射撃では命中させることはできないし、威力も大幅に削減される。

 だが、余りにも高濃度の煙であるため、内部から外部へ攻撃することもできないし、そもそも索敵もできない。故に、ただ待っていればいい。

 彼らはそうプログラムされたからこそ、そう判断して待っていた。

 そして、三体のキューブは同時に煙から飛び出てくるものを感知した。

 回転しているプロペラによって、煙を切り裂きながら浮かんでくる、三個のドローン。

 それぞれに一門ずつではあるが光学兵器の発射口が存在し、明確に兵器として存在していた。

 兵器は、破壊する。

 人間であればデコイと判断できるそれは、しかし脅威であったためキューブの一斉射撃によって落下、煙の中に落ちた。

 それ自体は当然で、何の問題もなかったのだが……。

『言った通りだろう』

『お前が言うな!』

「馬鹿って良いな!」

 先ほど作った槍を携えて、誠志が煙から飛び出していた。

 なるほど、キューブの攻撃は確かに強力だ。

 だが、言ってしまえばそれだけだ。キューブには連射が効かないという明確な弱点がある。

 一度レーザーを発射すれば、レンズ部分の損傷を修復するまで再発射は不可能になるのだ。

 そして言うまでもなく、煙から出た誠志を感知しても、再度の攻撃はどの機体にも不可能である。

『キューブは本来他の兵器と組み合わせて運用するもの。単独では、攻撃の合間が長いのが欠点だ』

『所詮は量産品、不完全な破壊しかできない兵器だ! 僕なら簡単に壊せる!』

 誠志が投擲する、先ほどの槍。

 それを見て、標的となったキューブは回避を選択する。なるほど、ただの投擲兵器ならそれで正しい。

 強化されているとはいえ、所詮は投げ槍。軌道を予測するのはたやすいことだった。

 だが、哀しいかな、既にキューブは先ほども回避をしている。

 それはつまり、今の攻撃に対してどの程度避けるのかを戦闘ユニットに学習させているということだった。

『よし、データ通りだ!』

 それは、非常に荒い破壊だった。

 着弾した地点の地表、その半円の一定距離を根こそぎ荒っぽく破壊するという、一種のミサイルだった。

 それへ既にエネルギーを流し込んだレヒテは、自らのタイミングで起爆させ、キューブのうち一体のボディーを半分近く抉ってた。

 投げ槍もまた消滅しているが、それでも問題ない。

 誠志は駆け寄って、そのまま手を当てる。


『ブレイク!』


 淡雪の如く、一万年を超えて復活した兵器はあっさりと消えていく。

 そして、残る二体は、縦横無尽に蛇行しながらも誠志へ標準を合わせていた。

 煙の中に逃がさぬようにポジショニングしながら、再発射までの時間を稼いでいた。

 しかし、非常に今更ではあるが……敵を感知する手段があるということは、同水準で隠す技術も存在するということである。

「足元注意だぜ」

『ここだ!』

 既に攻撃は終わっている。煙から脱すると同時に、レヒテの指示した通りにそれは転がされていた。

 先日スフェールの足元を爆破した手りゅう弾に、少々の手間を込めた兵器。時限式で爆破するように仕掛けたそれは、レヒテの狙い通りに二つのキューブを同時に足止めしていた。

『やはりお前の方が上手く使うな』

『当たり前だ! それよりも攻撃が時間差で来る!』

「分かった!」

 再び、レヒテの機能でバリアを前面に展開して走る。

 一体一体が、それぞれのタイミングをずらして射撃するが、それも間断なく防御を展開できるレヒテの前には無意味。

 なんのこともない話だ、彼らの攻撃力では、レヒテの防御を突破できないのである。

 かれらはただ、無為に最後の抵抗手段を失ったに過ぎない。

 そして、誠志は既に手を伸ばせば届く距離に達していた。


『ブレイク!』


 青い光が、残ったキューブをも溶かしていく。

 ここに、人的被害無くことは収まったのだった。



 三つのキューブは完全破壊が達成された。

 一万年前に多くが破壊された同型同様に、永遠に再生することなく世界から消滅したのである。

 後に残ったのは、黒い煙と焼けた舗装道路、三個のドローン、そしてガスマスクをつけた少女五人だけだった。

『ブレイク』

「……煙まで壊せるのか?」

 青い閃光がほとばしり、一つの所にとどまっていた黒いチャフスモークが消えていく。

 散るのではなく、吸い込まれるように消えていったのだ。

 まさかここまで融通が利くとは。誠志は驚きを隠せない。

『当然だよ、コイツが作った物で僕に壊せない物は無いのさ』

『やれやれ、最初からこうしていれば、今までも楽だった物を』

『うるさいな! 今回は仕方なく協力してやっただけだ!』

 言い争う二つの人工知能も、戦闘が終われば微笑ましいものだ。

 とりあえず、もはや後片付けだけである。

 誠志はヘルメットをかぶったまま、囮としての役割を負えたドローンを破壊していく。

 そして、それが済んだところで、折り重なって息を殺していた彼女達を優しく揺さぶっていた。

「もう大丈夫、あの四角いのは全部壊したから」

 やたら『汚れている』彼女達を起こすと、彼女たちのガスマスクを回収して、更に破壊した。

 どう見ても、普段の誠志の取り乱しようよりもみっともない顔をしている彼女たちは、当然のように震えていた。

 無理もない、何が何だかわからないうちに、何が何だかわからないことになったのだから。少なくとも、命の危機を感じて、実際に命の危機に瀕していたのである。

 そりゃあ恐慌状態に陥るのが正しいというものだ。

「俺はもう行くけど……警察やら何やらが来たら、素直に答えてもいい。でもまあ、よく覚えていない、とでも言ってくれ。そっちの方が助かる」

 どうせ、何を言っていたかなど憶えておるまい。

 そう判断した誠志は、彼女たちの前で両手を合わせてバイクを製造し、それにまたがった。

 前後のプロペラが回り、ゆっくりと離陸していく。

「それじゃあ、お大事に!」

 精神的に追い詰められ、体に軽度のやけどを負った彼女達に背を向けてオートバイ型ヘリコプターは離陸する。

 まだ明るい休日の空を、速やかに飛んでいった。

『ケガが大したものじゃなくてよかったよ。あの程度なら跡も残らないはずだ』

「そうか……そりゃよかった」

 ぐんぐんと高度を上げて、そのままゆったり空の旅である。

 休日を台無しにされたのは少々残念だが、とりあえず最悪の事態にも居合わせたおかげで、何とか乗り切ることができた。

 ズボンは大分燃えてしまったが、幸い財布は残っているので、そんなに問題ではない。

 ズボンも作ろうと思えば、ゴーシェに頼めばいいだけである。

 とりあえず、ほぼ満点の結果と言っていいだろう。

 それなりにではあるが、自信もついてきた。これから何があっても、何とかやって行けそうである。


「さてと……レヒテ。そこそこ遠くでいいから駅の近くまで行ってくれ」

『どうするんだい?』

「もうちょっと遊んでいく。まだ休日なんだ、羽を伸ばしたいんだよ」

『……わかった、のんびりと安全飛行で行こう』

『お前の手柄のような言い方だな。オートパイロット如き、お前に任せる必要はないのだぞ』

『うるさいな!』

「ケンカすんなよ……」

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