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『本気』と『演技』

 安藤一家は、先日まで一般的な日本の家庭だった。

 会社員の父親である安藤蒼海、専業主婦の母親である安藤幸保、そして高校生の息子である安藤誠志。

 彼らは取り立てて違法行為に身を投じることなく、誰に恥じることのない日常を謳歌していた。

 にもかかわらず、息子が両手に超古代文明の力を宿すことになり、同じくして蘇りつつある超古代文明の兵器と戦う生活に身を投じることになった。

 そんな彼を両親は理解し、支えていたのだが……。

「やっぱりメイドロボを作ることにしました」

 平日の朝。息子はようやくその決断を下していた。

「おいおい、誠志。朝からそんなことを言うなよ」

 父親はやや呆れていた。いくら家庭内とはいえ、ヒーローたらんとしている筈の息子からそんなことを聞きたくなかった。

 せっかく息子がヒーローとして活躍して誇らしい気持ちになっているのに、そんな情けないことを言われては、色々がっかりである。

「あらいいじゃないの、お母さん助かるわあ」

 一方で母親は肯定的だった。それでなくとも先日作ってもらった食器洗い乾燥機のおかげで大分家事が楽になっていた。これが新しく家事を手伝ってくれる人が来てくれるなら、それはとても嬉しい事だった。

 その程度には、彼女はゴーシェの製造するであろうメイドロボに、彼女は期待をしていたのだ。

『そうですよお父さん、彼には安らぎが必要なんです』

 誠志を擁護する正義の魂を宿したレヒテ。青い戦士である彼は、柔らかさに縋りたがる若い戦士に理解を示していた。

『僕の以前の装着者は、職業として戦っていました。社会から理解を得ていましたしね。ですが、今の彼は完全に慈善事業です。このままでは何時か心折れてしまうでしょう』

『同感だな、装着者に戦う能力があり戦う意思があるが、しかし別に戦う義務があるわけでも戦う必要があるわけでもない』

 かつて文明を滅ぼした科学者の遺産であるゴーシェ。赤い狂気である彼も、人間を客観視できるからこそ、慰安の必要性を認識していた。

「そうなのか? 誠志が戦わないと、昔君が作った兵器も壊せないんじゃ?」

『完全に壊す必要がない。切除したパーツを別々の場所に保管すればいいだけの事だ。一部の例外を除いて、深海に捨てればそのまま行動不能になるしな』

 永久機関と再生能力と人工知能を兼ね備えた、完全なる無人兵器も所詮は定格出力が存在する人の生み出した兵器でしかない。

 想定している状況以外に対応する能力はないし、水圧を常時不可としてかけ続ければ再生機能も実質的に無意味。

『それまでに多くの犠牲が生じるが、その程度だ。文明が崩壊することにはならない』

『お前が作っておいて、よくもそんな……』

『お前も言ったが、装着者は別に社会的な義務を背負っているわけではない』

 少なくとも、就労によって金銭を得ているわけではない。正しく無償で奉仕しているだけだった。なので、放棄しても日常生活に支障が出るわけではない。

 むしろ、日常生活にとっては負担であるともいえるだろう。

「そうか……まあ誠志も頑張ってるしな。それじゃあしょうがない、そういうことを言いたくもなるだろうしな」

「そうよね、TVでも大活躍だもんね」

「だからだよ!」

 遅かれ早かれ、とは思っていた。

 しかし、たったの二回目でこんなことになるとは思っていなかった。

 先日は特撮番組の撮影スタッフの前で、誠志はコォヌを倒す為に奮戦した。

 その結果、実は回っていたカメラの前で彼は戦闘して、その姿を記録されてしまったのだ。

 そして報道番組やネットに公開された、自分の戦闘シーン。

「やっぱりネットで滅茶苦茶叩かれたんだよ!」

 覚悟はしていた。

 このご時世、人前で戦えばネットに公開されて批評にさらされるのだということは覚悟している。

 だが、だとしても実際にそうされれば、その心理的な苦しみは想像通りに辛かった。

「このヒーロー気取りが、とか、黙ってるのがカッコいいと思っているんだろ、とか、実はコイツが黒幕なんじゃねえのとか! 大体あってるだけに腹が立つ!」

 この場合、黒幕というよりは原因を身に宿しているというべきだろう。

 少なくとも誠志に一切非はないし、今更彼がゴーシェを破壊してもなんの解決も図れない。

 だが、それはそれとして内心に『クる』ものがあるのは事実なのだ。

 戦いを放棄するつもりはないが、それでもこのまま戦っていたら確実に精神がまいる。

「俺がネットで見ても同じこと思うんだろうな~~感があるだけに、余計にムカつく!」

 ある意味想定通りだが、世間の風は冷たい。だってヒーローが実在して敵も実在していたら、そりゃあ世間には迷惑しか及ばないもの。

 心無い人々は何時だってどこにだっているし、そういう輩に限って声が大きいものである。

 少なくとも、擁護する声や賞賛する声は少ないし、自分に対して攻撃的な意見ほど目につくものである。

 要するに、彼はネットで叩かれて傷ついているのだ。

 この心を癒すには、メイドロボしかない。というか美少女ロボットしかない。どっちかというと、ロボットでもいいから美少女が必要だった。

「それで、いつごろ完成の予定なの?」

『十八時ごろだな』

 母親の質問に、ゴーシェが答える。

 微妙に残念そうなのは、一番忙しい時間帯に手を借りられないということだろう。

 ただ、誠志がメイドロボ製造装置を起動させたのは昨日帰宅してからなので、必然それからほぼ丸一日というわけである。

「だから俺の部屋はいらないでね。俺の部屋、今メイドロボ製造中で気持ち悪いことになってるから」

「ああ、そうなの……」

「いやあ、父さんも少し楽しみだな!」



「なあ、あのヒーローのMAD見た?」

「新しい素材とかこねえかな?」


「っていうか、あの格好ダサいよな」

「あれじゃあ商業化できねえよな」

「そのうちパワーアップアイテムでも使うんじゃねぇの?」


「あれやっぱ魔法少女だろ?」

「でたよ、なんでも魔法少女」

「最近の流行だしな」


 現在、クラスの中は誠志の戦いぶりで白熱していた。

 もちろん、カメラに映っていたのはごく一部で、特殊効果も真っ青の止めを刺すシーンやバイクで離脱するシーンぐらいしか記録されていない。

 しかしそれでも十分にネタにされていた。

 誰もが面白がって、笑い話にしていた。

「平和だねえ……」

 まあ無理もない話だ、と誠志は諦めていた。

 こういう国民性であるし、まあ理解できるからだ。

 究極的には危機感が無いからだろう。

 誠志は変身ヒーローぐらいのノリで戦っているからまだいいのだが、これが巨大ロボットぐらいだと一気に話は悪化する。

 街の中で戦うなとか、そういう話題になるのだ。

 何故なら、巨大ロボットが相応の敵と戦う時は、そういうことになってしまうからだ。

 幸いにして現在はそんなことになっていないのだが、それでもこの先は分からない。

 とにかく、皆が深刻に危機だとは思っていないようだ。実際、そこまでの危機でもないのだし。

『よその国の文化に対してあまり悪いことを言いたくはないが、いい文化だとは思えないね』

 と、やはり生真面目なレヒテはそんなことを言う。

 確かに、真面目に頑張っている側からすれば、さぞ腹立たしいだろう。

 今の所、ヒーローの現場では恥じることはしていないし、人もきっちり助けている。

 であれば、文句を言ってくる方が悪いのだ。

 それどころか笑いの種にするなど、言語道断である。

『この世界は娯楽と刺激があふれているのだろう。それだけの話だ』

 一方でゴーシェはどうでもよさそうである。

 まあ確かにどうでもいいといえばどうでもいい。

『別に、個人が特定されたわけでもないし、排斥の動きがあるわけでもない。言いたい奴には言わせておけばいい。じきに飽きる』

 まあ、そうだろう。それも真実だ。

 そもそも、彼らがどう思っても誠志がどう思っても、そんなこととは何の関係もなく兵器は再生を遂げる。

 そうなれば、現実的に考えて誠志が戦うのが一番なわけで。

 そうなったとき、何もかもを知らぬ存ぜぬで通せるほど頑固でも強情でもない。

 彼らだって、そのうちに飽きる。

 ネットの海に放流された情報は決して返ってこないが、しかしその内新しい話題に押しつぶされて消えていくのだ。

 人の噂も七十五日。どうせどう振る舞っても、面白がる奴も笑いものにする奴も絶えない。ただ黙っていればいい。

 賞賛してほしいとは思っているし、尊敬してほしいと思ってはいるが、それが必要なわけでもない。

 ゴーシェの言うように、必死で探されているわけでも排除されようとしているわけでもないのなら、このまま放置していればいいのだろう。

 どうせ、ぽっと出のヒーローが戦うだけの姿など、飽きられて当然だ。

「テコ入れが必要なわけでもないしな」

 結局のところ、自意識過剰なだけであろう。

 そんな高潔な理想を背負っているわけで無し、人類全体で対策しなければならないような何かがあるわけでもない。

 ただ、自分がいら立っているだけだ。

 そんなことよりもメイドロボである。

 人生にはメイドロボが必要な時が確実にあるのだ。

 今が正にその時である。

「ねえ、安藤君」

 そんなことを思っていると、やはり女生徒の鈴木が声をかけてきた。

 なにやら、猛烈に嫌な予感がする。

 かと言って、話を聞かないのもそれはそれで嫌な予感がするので、とりあえず話を聞くことにしていた。

「ああ、鈴木さん。どうかした?」

「そのね……もしよかったらでいいんだけど、今日の放課後、教室に残ってくれない?」

「……」

 さて、どうしたモノか。

『断れ』

 戦略ユニットからのありがたいお言葉をいただく。

 実に短いが、実に適切だ。

 ガチならガチで困るし、ネタならネタで超古代兵器を放置したくなってしまう。

 思春期は繊細なので、正直自分の勘違い位にとどめたいのだ。

『……君の判断に任せるよ』

 役に立たない戦闘ユニットの言葉が優しい。

 流石に察するものがあるようだ。

「……」

「あ、ごめんね! 私、待ってるから!」

 そう言って、自分の席に戻っていく。

 そして、周囲の女子と話を始めていた。

『断るべきだったな』

『断るにも断り方があるだろう、それに決めるのは僕たちじゃない』

 SFでは良く、行動のすべてを人工知能に任せることで、円滑な人間関係が作れるようになるという一種の皮肉の様な社会が描かれる。

 そして、今まさに誠志はそんな気分だった。

 はっきり言って、人工知能にわずらわしい人間関係のすべてを委ねたいぐらいである。

 

 

「来て、くれたんだね」

「ああ、うん」

 どちらかというと、残ってくれた、の方が状況的には正しい。

 しかし、とりあえず双方ともにそれなりに緊張しているので、そもそも会話が成立するのがギリギリだった。

 ネタでもガチでも、この流れでは他の可能性は考えられない。

『レヒテ、この近くに人間の気配は?』

『気配というより、体温は感じる。教室の外に五人ほどいるよ』

『やれやれ』

 まったくもってやれやれである。

 正直、鈴木という女生徒から告白されるというか、恋愛関係になる要素など人生に一度もなかった。少なくともその覚えがまったくない。

 にもかかわらず、この状況である。そもそも、下の名前だってうろ覚えだ。

「あのさ、実は前休んだ日に言おうと思ってたんだけど……」

 放課後、夕焼けの少し前ごろ。

 その時間帯で、教室で男女が向き合っている。

 それは何ともわかりやすいシチュエーションだ。

 だが、おかしい。彼女は人違いでもしているのではないだろうか?

 物語には伏線があるが現実はそうでもないことは理解している。

 しかし、恋愛というものはこう……もっと段階を踏むべきではないだろうか。

 クラスメイトであること以外に、一切接点がない相手である。

 正直、なんのドラマ性もへったくれもない。

「うん」

「私ね……安藤君の事が……」

 凄い温度差だった。


「好きなの」


 凄い勇気を、誠志は感じていた。

 果たして自分は、空飛ぶバイクから飛び降りるとき、ここまでの勇気を発していただろうか?

 そう思うと、中々やりきれない。

「な、なんで?」

「ほら、安藤君って、中学の時も小学校の時も一緒だったじゃない!」

「そ、そうだっけ……まあ学校は同じだったかもしれないけど……」

「うん、だから、その、なんかいいかなって……」

 そうか、そうだったのか……。

 いや、納得できない。まあ男子高校生もちょっと手が触ったぐらいで、あれ、この子俺の事が好きなんじゃねとなるのでどっこいどっこいだが。

「……そうか」

「うん……」

 どうしよう。

 偽らざる思いである。

 もちろん、彼女もそこまで本気ではないと思う。

 例えば何かのマンガかアニメのように、こう、命を賭してとかは無いと思う。

 しかし、高校生の彼女である。

 断るべきだった。

『なあレヒテ、超古代文明の兵器、復活しそうじゃないか?』

『いいや、気配はつかめない』

 困った、こんな時こそ超古代文明だろうに。

「急で困ると思うけど……返事、聞かせてくれないかな?」

 進退窮した誠志。

 流石にこの状況ではぐらかしはできない。

 ええい、と彼は返事をしていた。


「ごめん」



 結局、誠志は断った。

 その行為によって待機していた女子たちからいろいろ言われたが、それはまあ仕方がないと受け止めている。

 それでも罪悪感にさいなまれているのは、これから帰宅した先にメイドロボが待機しているからだろう。

「はぁあ~~」

『気に知ることはないよ。彼女も言っていたけど、君にしてみればこの上なく唐突な話だ。よく知らない相手だから、といって断るのは正しいよ。ただでさえ君は忙しいんだから』

『そう言うことだ。ただでさえ限られた時間を、これ以上浪費することは有るまい』

 両人工知能からフォローされる。

 まあ、断るしかなかった訳で。

 不定期に復活するであろう兵器を倒す為には、自由な時間は多い方がいいのだ。

「そうは言うけど……へこむよ」

 じゃあどうすりゃいいんだよという話になるが、四方八方を丸く収めることはできない。

 その辺りも、散々ヒーローもので語られたことだ。ヒーローとは基本急に仕事が入るもので、私生活を犠牲にしなければならない。

 これは警察や消防にも言えることらしく、妻には相応の負担があるとか。

 その上で、断ったことは間違っていない。相手が一万年前の無人兵器なので、恋人だから狙われるということがなかったとしても、それでも、恋人に割く時間などないのだ。

「やっぱメイドロボ作んなきゃよかったかなぁ……」

『お前は何時までつまらない事で悩んでいる』

『うん、いい加減引きずりすぎだと思う』

「俺はつまんないことで悩む男なんだよ……」

 少なからず、名前を知っているだけの相手とはいえ失恋させたことに対する罪悪感がある一方で、そんな風に気分を悪くさせられたことに対して腹を立てている自分もいる。

 こっちは鈴木という苗字しか知らんような相手に告白されて、断ったら尋問のようなことまでされた。そんなことをされて気分を害されないわけもない。

 向こうには向こうの都合もあるのだろうが、こっちのはこっちの都合ってものがあるのだ。

「とにかくまあ……相変わらずヒーロー失格だ」

 徒歩通学圏内に学校があるため、誠志は足取り重く家へ歩いていた。

 流石に日も沈んでおり……メイドロボ全自動製造装置を起動させてから確実に二十四時間以上経っていた。

 帰ったらいつでも起動させられる状態になっている。それだけが救いだった。

 まあ、それが救いだというのが、ある意味自分の人間性の程度が知れるというものだが。

「とにかく、腹減ったよ」

『ああ、お母さんにただいまを言うんだ。こういう時家族がいて、帰る場所があるのは救いだよ。そうじゃないと、気分はどこまでも沈むからね』

『気分を切り替えろ、お前は既に選択を終えている』

 選択を終えている、という言葉にはとんでもない重みがあった。

 確かに、比喩誇張抜きでそれ用の『人形』を超古代文明の科学技術で作成しているのだ。それも、偶々拾ったとかではなく極めて自主的に制作を要請したのだ。

 それはもう……なんというか、恥ずかしい。

 彼女がいたとしても、絶対に家にお招きできなかった。

 選択を終えているって、実は相当重い選択だったのではないだろうか。

「人生ってわからんもんだな」

 まあ、鈴木も彼女として誠志を支えるには、余りにも荷が勝ちすぎている。

 安藤誠志をちょっといいかも、と思っている程度で会って、超古代文明の力を持ったヒーローから悩みを打ち明けられたいとは思うまい。

「ただいま~~」

「おかえりなさい」

「おかえり」

 対するに、超自然体で自分の事を受け入れてくれる両親は、それこそ人工知能でも搭載しているのではないか、と疑ってしまう時がある。

 とはいえ、今となってはこの自然体もありがたいのだが。

 両親に心配はかけたくないが、それはそれとして人々を見捨てるわけにもいかない、とかそんな葛藤は不利益である。

 その辺りざっくりしてくれる両親はありがたかった。

「遅かったじゃないの、メイドロボをあんなに楽しみにしてたのに」

「そうだぞ、心配してたんだから。連絡ぐらいしなさい」

 なんで学校から帰ってくるのが少し遅くなったぐらいで心配してくれるのに、死地に送り出すときは心配してくれないんだろうか。

 思春期の面倒くささを自分で理解しつつ、誠志は学生服のまま椅子に座った。

 目の前には、少し冷めた料理が並んでいて、今母親がご飯をよそってくれている。

 父親も我慢して待ってくれていたようだ。

 その辺り申し訳なく思うのだが、どうしてこういう優しさを戦場へ赴かせない方向で発揮してくれないのだろうか。

「うん、ちょっといろいろあってさ」

 言いにくいので黙ることにした誠志。

 実際、自宅でメイドロボを製造中に、クラスメイトから告白されましたと説明するのは鬼畜の所業である。というか、自分がつらい。

「おいおい、その顔はもしかして色恋沙汰か?」

「ねえねえ、どうなの? レヒテ君、ゴーシェ君」

『個人の名誉にかかわることなので、黙秘させてもらいます』

『同じく』

 一々報告しない、男気あふれる人工知能たち。彼らにも装着者に対する礼儀、というかプライベートを守る理性はあるらしい。

 実にありがたいが、これでは正解を言っているも同然である。まあ、嘘をつく人工知能というのは恐ろしすぎるので、融通を効かせる機能が無くて安堵しているのだが。

「なんだ、もったいない。どうせなら付き合えばよかったのに」

「そうよ、どんな子か会いたかったわ~~」

 相変わらずの両親であるが、分かっているのだろうか。

 今息子が、どういう状況を抱え込んでいるのかを。

 その上で自分達同様に、あっさり受け入れるだろうと思うのは余りにも想像力に欠けている。

「勘弁してくれよ……」

 無理な物は無理である。

 はっきり言って、この先何が起きても不思議ではないのだ。

 ヒーローもののお約束として、ヒーローのミスで大量の死傷者が出る、ということもよくある。

 そして、その場合正に排斥が始まるのだ。

 起きないでほしいとは思っているし、今の所二つの人工知能は理性的に自分を戦わせてくれている。

 少々仲たがいをしているのが不満というか不安材料だが、それはあくまでもお互いへの攻撃性であって、現在の人類社会へ向けられたものではない。

 この人類社会は間違っている、と判断して勝手な行動をとることはない。

 まあ、ゴーシェの場合実際前科があるので、楽観はできないのだが。

 とにかく、ヒューマンエラーは何時でも起こりうるし、その内超古代文明を研究したい企業とか国家が割り込んでくるかもしれないし、この両親以外には関係者を増やしたくなかった。

 ゴーシェもよく言っていたが、別に誠志が頑張らなければならない理由などどこにもないのだし。

 仮に、なんで君はその事を国家に伝えて指示を仰がなかったのか、と聞かれたら『なんとなく怖かったから』としか答えられないし。

 しかし、納得はしてもらえないとしても、理解はしてもらえると思われる。

 実際、迷惑千万であるのだし。

「まあ、誠志が決めたことだ。それでいいじゃないか」

 父親が無難にまとめてくれる。

 ということで、この件はもう取りあえげないということで一つ。

「じゃあゴーシェ君、私メイドさんが見たいわ」

「母さん! 飯食ってる時にその話題切り出さないでよ!」

「なに言ってるんだ誠志。メイドを飯時に見て何が悪い」

 一部の隙も無い完璧な意見だった。

 確かに、誠志が過剰に反応しすぎているのだろう。

 だが、思春期の少年が自分をごまかすために制作したメイドロボである。

 その辺りは、考慮してほしいところだ。

 少なくとも両親と一緒に見たいわけではない。まあ、母親にしてみれば自分と一緒に家事をする相手なので、その辺りは当然の認識かも知れないが。

「なあ、一応事前に聞くけど、メイドロボって言っても変形して洗濯機に成ったり、口からごみを吸い込む掃除機機能があったり、お腹に電子レンジとか冷蔵庫とか搭載してないよな?」

『なぜ既にある家電製品の機能を、態々新しく作成する機械に組み込まねばならない』

 正論を言われた。確かにその通りである。

『以前にも言ったが、必要な機械があるのならその都度作ればいいだけだ』

 そうは言うが、世の中にはスマホという、とんでもない種類の電化製品の機能を持った万能グッズが存在している。

 洗濯機や掃除機や電子レンジや冷蔵庫の機能を持った機械、というのもあり得ないわけではない、と誠志は警戒していた。

『というよりはだ、その場合人間の形をしている意味が無いだろう』

「それもそうだな」

「ねえねえ、早く持ってきてよ。お母さん楽しみだわぁ~~」

 未だに食事中なのだが、いいのだろうか。

 まあ、実際の所ここで下手に話題が戻るとそれはそれで困るので、誠志はそれを許可してみることにした。

 少なくとも、女子を一人振った身なので、そんな気分には成れなかったのだし。

「ゴーシェもう完成しているんだろ、此処から起動できるか?」

『もちろんだ』

『……ん?』

 何やら点滅した赤い丸印に対して、レヒテは違和感を感じたようだった。

 そして、ほどなくして扉を開ける音や廊下を歩くとが聞こえてきて……。

 そこには、絵にかいたような、現実離れした赤いショートカットのメイド服を着た女性が立っていた。

 スカートのすそを上げて、そのまま無言で挨拶をする。

 なんというか、この時点では大分合格だった。

『髪の長さや音声に関しては容易に調整できるぞ。あと体形もな』

「すげえ……本当にメイドだ!」

「あら可愛いわ」

「母さんだって負けてないさ」

 少なくとも安藤一家にはあっさり受け入れられていた。

 しかし、その一方で戦闘用ユニットであるレヒテは明らかに憤慨していた。

『ふざけるな、ゴーシェ! お前は何を考えているんだ!』

「何を考えているのかだと? これが一番装着者にやさしい方法だと思ったのだがな」

 怒っているレヒテに対して、傲慢な物言いで返すゴーシェ。しかし、その声は誠志の左手ではなく、目の前のメイドロボットからしていた。

「あら、ゴーシェ君は女の子だったの?」

「人工知能に性別などない。ただ、我は本体からこの機体を操作しているだけだ」

 それは、奇しくもレヒテが先にやったことだった。

 先日、海沿いの敵を討つためにヘリコプターをレヒテが操縦したが、今回はメイドロボをゴーシェが操作しているのだ。

 これにはレヒテが怒るのも無理はない。今まで誠志の許可なくしては何もできなかった人工知能が、微弱でも現実世界に動かせる『からだ』を得たのだ。

「ふん、そう怒るな。お前も人工知能ならわかっていよう、この体を得たところで、我らは装着者の意に反する行動はとれん」

『ならばなぜ、お前はあえてその機体に人工知能を搭載しなかった?!』

「では聞くが、装着者よ」

「なんだ?」

 質問の相手が自分にすり替わったことに、少々困惑する誠志。

 まあ、要望を伝えたのは誠志なので、それは当然の帰結なのだが。

「この機体で問題ないか?」

「あ、ああ……うん、まあ」

「ならばよし。しかし飽きることもあるであろうし、そもそもこの機体が気に入らぬ、ということもありえた。その際この体に知性が宿っていれば、処分するにも一悶着であろう」

 正論だった。

 あくまでもゴーシェは誠志のなかの曖昧なイメージを形にしただけに過ぎない。

 もちろんそれは高確率でうまくいくものだったが、失敗しないとも言い切れなかった。

 その時、この機体に人工知能が宿っていたら、レヒテを使って破壊する、というのは抵抗があったに違いない。

 人間、愛着がわいた者はなかなか捨てにくいし、罪悪感を感じるものである。

「気に入ってくれたようで何よりだ。してどうする、人工知能を追加するか」

「……止めとくよ」


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