『供給』と『補給』
休日の朝、誠志は自分に『おはようございます、ご主人様』と言ってくれるメイドロボがいないことを確認してため息をついた。
超古代文明の超兵器を持つヒーローでありながらメイドロボを所望し、しかし世界を守れなかった人工知能に遠慮してメイドロボを製造できず、しかし諦めきれない自分に呆れていたのだ。
まあ、冷静になって考えてみれば、別に何が何でもメイドロボが必要というわけではない。落ち着いてみれば、製造できるようになったから作ってみたいと思っただけで、普段からそんなにメイドが好きなわけでもないし、メイドロボを作るのが夢だったというわけでもない。
目の前に青少年の妄想の影をちらつかされたので、食いつきそうになっただけだ。
考えてもみれば、まあいなくてもいいわけで。でもせっかくだから作ってほしいとも思うわけで。
「はぁ……」
ゴーシェの語る通り、承認欲求を満たさなければ誠志は精神的に満たされず、凶行に走る可能性がある。
それはそれで事実だし、リアリティがあり、リアルだ。
現実を意味するリアルと、創作物の中での現実味を意味するリアリティが別の物だということは理解しているが、今の自分が抱えている葛藤はまさにリアルだった。
要するに、一万年前戦ったレヒテの相棒として、このままでいいのかという葛藤であり、それはそれとして可愛い女子は欲しいという欲求の板挟みだった。
何分、徹頭徹尾恥ずかしいので、その恥じらいをどちらかの方向に吹き飛ばしたいところだった。
「なあ、レヒテ。そもそも他に再生した兵器はあるのか?」
『再生が完了するか、その手前の段階までは観測できないんだ、ごめん』
まあ、考えてみれば不完全破壊とはいえ一万年経過しないと再生できないのだから、それを実際に試験してみる、というのは無理な話だ。
なので、最強の戦闘ユニットとしても観測に限界があるのだろう。
なんにせよ、観測範囲内とはいえ超古代文明の兵器が、復活していないのはいいことである。
ただ、何時復活するのかも、総数や送料もわからない段階では、どうにも不安は隠せない。
『やっぱり、怖いかい?』
「うん、まあ、正直」
『それが普通だよ。決して臆病なんかじゃない』
相変わらず、レヒテはゴーシェが絡まなければ冷静で的確だった。
少なくとも、ゴーシェよりは誠志に親身に接してくれる。
『君を巻き込んだ、という意味では僕もゴーシェも同罪だ。平穏に生きていた君は、本来僕が守るべき対象。それを、緊急事態とはいえ君に接続した僕は、戦闘ユニット失格だった』
ある意味では、当然の事だった。
相討ったレヒテとゴーシェは、ほぼ同じ場所、同じ時間に復活し、お互いを認識して破壊しようとした。
そのために、一刻も早く接続者を得て、自らの機能を発揮する必要があった。
だからこそ、その早い者勝ちになった戦いで……奇しくも、今回も、相打ちというよりは両者が間に合ってしまった。
それが、結果として最悪の兵器と最強の兵器を同時に宿す、悪い意味で奇跡の戦士である誠志という結果になったのだ。
「……」
正直迷惑に思っている誠志は、その言葉に気にするな、と言えなかった。
実際、夢があふれる冒険も、スリルとロマンあふれる戦闘も、メイドロボ同様に実在しなくていいものだ。
ユートピアたる超古代文明ほどではないが、この日本という国も定期収入さえあれば大抵の願いはかなう、素晴らしい国である。他の国を知っているわけではないが、少なくとも理想郷にあこがれるほど絶望はしていない。
ゴーシェにメイドロボで釣られそうになった身ではあるが、逆を言えばその程度で満足できるほど、日常は満たされているのだろう。
「ヒーロー業の対価か……なあ、ゴーシェ」
『なんだ』
「そもそも、お前って無人兵器を主に作ってたんだろう?」
『もちろんだ』
「ならさ、無人兵器を標的にして破壊する無人兵器って作れないか?」
『無理ではないが、現実的ではないな。少なくとも、レヒテが望む結果にはならない』
「どういうことだよ」
『一万年経過したが、我は性能が向上したわけではない。如何なる兵器であっても、絶対の原則が存在することは知っていよう』
「数か……」
何を言いたいのか、概ね理解できた。
ゴーシェはレヒテ以上の兵器を作れない。以前自分が作った兵器よりも、強大な兵器も作れるようにはなっていない。
つまり、暴れ出した兵器に対しては数でごり押すしかないのだ。
その被害の規模は、察するに余りある。
『そもそも、我の製造した兵器をどこに格納する?』
「だよな……」
『以前も言ったが、我は戦略ユニットとして進言する。この文明を守るためには、極力少数で物事を解決するべきだ。そうでなければ、余計な諍いが発生しかねない』
「~~~最終手段ってことか」
『戦略ユニットとしては、最終手段でも使うべきではないと思うがな。この文明の人間が少々殺されたとしても、派手な行動は慎むべきだ』
『お前、そんな言い方は無いだろう!』
『私の力など不要、と言ったのは誰だ。私のそれはあくまでも戦略的な判断だ、命じられれば如何なる兵器でも作成するがな』
複数の兵器が暴れ出すなどあり得ない、とは誠志には言えない。
まさに自分こそその被害者だからだ。
複数の兵器が、それも強大な兵器が蘇れば……。
その時、自分はどうすればいいのか。
「とりあえず、飯だな」
『そうだね、君のお母さんがもう料理を用意してくれているようだよ。君には両親が揃っている。それを常に感謝して過ごすんだ、後悔のないようにね』
「ああ、うん」
朝目が覚めたばかりなのに、なぜか重い話をしてしまった。
これというのも、メイドロボの誘惑がいけないのだ。
勝手に誘惑されているだけで、別にメイドロボに非はないのだが。そもそも現時点では製造もされていない。
製造される前からヒーローを誘惑するとは、とんでもない兵器である。
「なっさけないヒーローだ……」
※
「あらおはよう」
「おはよう」
いつものように、両親がそこにいる。
それをレヒテは喜ぶべきだというが、まあそうなのだろう。
自分の息子を死地に平然と弁当付きで送り出す両親でも、まあうん、そうなのだろう。
少なくとも、こんな両親でも死んだら悲しいし。
そういうイベントも、結構あるし。
「おはよう」
『おはようございます』
誠志は当然のことながら、右手のレヒテも点滅しながら挨拶をする。
無言で通しているゴーシェは、ある意味呆れているのかもしれない。
「それで、メイドロボは何時完成するの? お母さん楽しみだわあ」
「お願いだから、止めて母さん。俺は今超古代文明の兵器を宿すヒーローとして葛藤中なの」
「誠志、お前つまらない事で悩んでるな~~」
両親の心無い一言が、誠志の胸を貫いた。
言い訳の余地もないほどつまらない事である。
そんなことは分かり切っているだけに、とんでもなく情けない。
メイドロボを作るか作らないか、それが問題だ。なんてつまらない問題だ。
「誠志、お前もヒーローを気取るならもう少し重みのあることで悩んだらどうだ? 愛する女をとるか、世界をとるか、とかな」
「あら、お父さんならどっち?」
「もちろん、どっちも守るさ」
「まあ~~」
なんだろうか、今後起こりうるイベントを、両親が潰していっているような気がする。
もちろん、自分も潰しているが、だがこのままではどうなのだろうか。
「というかだな、お父さんは気になってたんだが、そもそもなんでメイドロボを作るという話になったんだ?」
『承認欲求を満たすためだ。この男は、事が露見するという状況にしり込みする正しい危機感を持つ一方で、命を晒す対価を求めていた。それを我が都合してやろうというのだ』
「それがメイドロボか~~お父さんの若いころには、あんまりメジャーじゃなかったな~~」
やめて、両親に説明しないで。
こんなことを言いたくはないが、ぶっちゃけものすごく恥ずかしい。
なんでこんな羞恥プレイを味合わねばならないのか。
まあどのみち、メイドロボをこの家庭に投入した場合、邪推でもなんでもなくそれが原因で自分の趣味がばれるのだが。
今更ながら、メイドロボの構造的欠陥を自覚する。
「もういい、メイドロボは作らない!」
「あら、残念だわ」
「というか、誠志。お前ここでメイドロボを作らなかったら、こじらせて闇落ちするんじゃないか?」
父親からの冷静なツッコミがさえわたる。
確かに承認欲求を満たすためにこうしてメイドロボを作るという話になっているのに、メイドロボを作らなかったらそのまま承認欲求は満たされないのではないだろうか。
それが原因で闇に落ちれば、この上なく情けない闇落ち原因である。
「お前、きっと後悔するぞ。メイドロボを作っておけばよかったって」
「そうよ、メイドロボに思いっきり褒めてもらって慰めてもらってキスして置けばって、後悔するわよ?」
「もう既に後悔しているよ!」
なんで超古代文明の兵器を人知れず闇に葬る正義のヒーローという脳内設定で自分を奮い立たせているのに、話題に上がるのがメイドロボを作るか否かなのか。
確かに自分は情けない男だが、ここまで情けないとは思わなかった。どうやら客観視がまだ足りなかったらしい。
「大丈夫だ、父さんと母さんは耳栓して寝るから」
「若いっていいわねえ」
「まだ作ってねえよ!」
おかしい、思春期とはもっと丁寧に扱われるべきではないか。
これでは、完全にアウトだと思うのだが。
思春期の暴走で破壊の右手を解き放ちかねない。
「第一、他の兵器が目を覚ますかどうかだって……!」
『……レーダーに感アリ! ゴーシェの兵器だ!』
『ほう、休日で良かったな』
レヒテとリンクしているのか、誠志もレヒテが敵を発見したことを感じていた。
『遠い……でもまだ完全に復活したわけじゃない! 急ぐんだ!』
「わかった! 母さん、ご飯は帰ってから食べるよ!」
もう返事を聞く気はなかった。
一旦自室に戻って、大慌てでパワードスーツに着替える。
その上で、上着やらズボンをはいて、財布を手に取って……。
「……」
メイドロボ全自動製造装置が目に入ったが、無視した。
「っていうか、電車で間に合うのか?」
『わからない、でも急がないと……』
『レヒテ、提案だ。お前のエネルギーをよこせ、移動手段を製造する』
冷静な声が聞こええた。
ゴーシェは今までレヒテにも誠志にも言っていなかったことを言っていた。
「は?」
『我はあくまでも兵器を製造するユニットだ。本来、補助として大型の外部機関から供給を受けることで真価を発揮する。しかし、この状況ではそれは望めん。だからお前だ』
『お前に僕からエネルギーを供給しろと?!』
『そうだ、お前のエネルギー出力は、私を遥かに上回るからな』
「じゃあ、今まではなんで言わなかった?」
移動手段の製造、それは確かにありがたい。
だが、時間さえあれば何でも作れるというのに、なぜ今になって提案をするのか。
『製造したものを長期間晒すのは良くないからな。人を乗せて運べるほどの大型機械は、どうあがいても目立つだろう』
「駐車スペースの問題かよ」
だが、まあ確かに以前言ったことと矛盾しない。それなりに筋は通っている。
「けど、現地に着いたらどうするんだ?」
『レヒテが破壊すればいい』
「使い棄て?!」
永久機関の意味を問うような、ありえない無茶な提案だった。
作って出向いて到着したら壊して、帰る時も作って帰宅して壊す。
もう何が何だか。
『そもそも、移動手段を作成しろとは我は指示されていないぞ』
「そうだったな! メイドロボ以外はそういう話をしなかったな!」
メイドロボの事しか考えていなかったとか、もう完全にヒーロー失格である。
逆転するには、此処から勝負をかけるしかない。
「レヒテ! 頼む、俺を戦士に、ヒーローにさせてくれ! 誰かが傷つく前に、何事もなくぶっ壊したい!」
このままでは、まだ作っていないメイドロボのせいで、メイドロボを作るか作らないかで迷っていたせいで、人が死ぬことになってしまう。
そんな理由で、人が死んで良い訳が無い。
『……今回だけだ!』
『そうこなくてはな、では装着者。お前は一旦表に出ろ。家を壊したくはあるまい』
※
『両手を合わせろ、それで我がエネルギー供給を受ける』
『じゃあ僕は彼の動くナビゲートをしよう。僕のエネルギーをゴーシェに渡せば、一瞬で兵器を作ることができるはずだ。空中に跳躍して、そのまま製造。一気に向かう!』
「分かった! お前の指示に従うぞ、レヒテ!」
下着として着こんでいるパワードスーツが起動する。
玄関から走り出した誠志は、家を出るとバイク染みた速度で住宅地の道を走り出す。幸いにも休日の朝であっても人通りは無く、故に誠志は全速力で疾走していた。
『パワードスーツの出力を上げる! もっと早く走ってくれ!』
「わかった!」
既に、彼の速度は先日の森の中を大きく超えていた。
当然である、舗装された道路を走るのであれば、障害物だらけの森とは比べ物にならない。
そして、その出力をさらに上げて、まっすぐの道を走り続ける。
当然、道中に人がいないことは確認済みだ。レヒテは戦闘ユニット、その程度は簡単に認識できる。
「……まだか!」
『行ける、高く跳んでくれ!』
十分な加速を得てから、誠志は跳躍する。
それは、方向こそ逆だがスカイダイビング同様に、空へ落ちるか、というほどの加速で舞い上がっていた。
真下には住宅地が、その背後には家が見える。
跳躍した方向の、そのかなたには敵の復活の兆候が強くなり始めていた。
危機感は募るばかり、そして成すべきことは分かっている。
『よし、此処からは我の仕事だ』
『……くそ!』
「行くぞ!」
膝を曲げた状態で、高度を最大まで稼いだ状態で、両手の掌を合わせる。
『コネクト開始、エネルギー供給開始』
『コネクト完了、エネルギー補給完了』
それは、正に一瞬のでき事だった。
右手の青と、左手の赤。
それが閃光の様に手の甲からほとばしり、その視界を覆っていた。
そして、それが終わった瞬間、単純な自由落下ではない動力による支えを、誠志の体は感じていた。
今の彼は、その乗り物に腰を下ろしていたのである。
「これって……ホバー的なバイクか?!」
前輪と後輪の代わりに、真下に向いた巨大なファン。そして背面には一つの赤いエネルギーを放射する推進器が。
パワードスーツで走っていた時とは比べ物にならない速度で、一気に空中を駆けていく。
「やっべ、ヘルメット!」
いつの間にかつかんでいたハンドルから左手を話すと、ゴーシェを作動させて先日のヘルメットを作り出してかぶる。
風圧でまともに前も見えなくなっていたが、それが一気にクリアになる。
そう快感を感じたいところだが、生憎とその余裕はない。
「……レヒテ、猶予はどれぐらいありそうだ?」
『わからないが……このままの速度で行けば、おそらく動き出す前には間に合うはずだ』
空中を移動する場合の最大のメリットは、道路などの地形や渋滞の混雑状況を一切無視して、最短距離を移動できることだ。
「あとゴーシェ、このバイクハンドルが微動だにしないし、ペダルやブレーキらしきものもないんだが」
『当然だ、お前が運転しているわけじゃないからな』
『僕が制御しているよ、これは仮にも飛行機だ。君には荷が重い』
「夢がないな! じゃあこのハンドルの意味は?!」
『姿勢を整える用だ』
「ただ掴むところかよ!」
これは、もはやバイクではなく絶叫マシンだった。
もちろん飛行機の運転など、習ったことは一度もない。
だが、それでも運転している気分も味わえない。
オートパイロットのみ、人工知能による全自動運転のみという、よく考えたら恐ろしすぎるモンスターマシンが二十一世紀の空を駆けていく。
「……でも、すげえ……バイクが空飛んでる……」
『これはヘリコプターだぞ』
「いや、空飛ぶバイクだろ、コレ!」
『プロペラで上方向への推進力を得ているのだから、ヘリコプター以外ではない。加えて言えば、この機械に陸上を走行する機能は無い』
「超低空を走れるだろ!」
『無茶を言うな装着者、お前にはヘリコプターが低空で制止することの難しさは分かるまい』
「こう、タイヤを横向きにして回転させたらプロペラ代わりになるとか、タイヤの中心から推進力が出るようになるとか……」
『その時はバイクを作ってやる』
「夢がないな……」
一瞬で製造して破壊できるならば、可変器など製造する意味がない。
空を飛びたければ飛行機を作ればいいし、陸を走りたければ車を作ればいいし、海に行きたければ船を作ればいい。
まあそうかもしれないけども、夢がなかった。
だがそれはそれとして、バイクの様に風を感じながら空を飛んでいることは事実だった。
これはバイクではないのかもしれないが、バイクの様な形をしているヘリコプターだ。そう思うと、やはり胸に沸き立つ物を感じずにはいられないのだった。
夢に描いたことを、新鮮に体験していた。
「俺、ヒーローだよ……」
これが一過性の陶酔であることは分かっている。
どうせ、すぐに飽きると分かっている。
それでも、今のこの胸の高鳴りに嘘はつけない。
「なんか、ヒーローっぽいこと言いたいな……」
そんなことを考えている時点で、大分アウトだという自覚はある。
しかし、空飛ぶバイク、のように見える小型ヘリコプターに乗った少年に、それを思うなというのは酷だった。
「前の時もこれがあったら……電車賃が浮いたな」
しかし、浮かれた心境に冷や水を浴びせる自分の残念さと向き合うのがやっとだった。
情けなくなってくるが、悪いことではない。
所詮今の誠志など、最強の戦闘ユニットと最悪の戦略ユニットによって、おっかなびっくり戦っているだけなのだから。
「到着までどれぐらいだ? それぐらいわかるだろ」
『五分だ』
『ふむ……おい、装着者。スマホとやらは持ってきているか? 持っているなら左手で持ってみろ』
ズボンのポケットに入れておいた、スマートフォンを左手に持つ。
どうやらそれを操作しているらしい。画面が一瞬にして切り替わっていく。
「おい、変なところ触るなよ?」
『安心しろ、ただ地図を読みたいだけだ……この方向、この距離なら海辺だな』
それは難しい計算ではないので、ゴーシェは速やかに認識していた。
自分で作成した機体の速度、現在の方向、そして到着までの時間。
それらを組み合わせれば、導き出せる答えは決まっている。
「砂浜か?」
『いいや、地図上では岩場、磯の当たりだな』
「そりゃあ釣り人ぐらいしかいなさそうだな」
『だといいんだけど……』
現地の地形が磯だというのは幸いだ。なにせ磯には人がそんなにいないからだ。
これが観光シーズンの砂浜なら、それこそ下手な遊園地よりも人口密度が高い。
逃げ出す人がごった返すだけで、大量の死傷者が出るだろう。
もちろん、兵器による死傷者も。全開の兵器が大量に都市へ投入されたことをもうと、今の自分の状況は大分マシである。
「何かこう、剣とか槍とか作っといてくれるか?」
『できなくはないが、レヒテが使用しないなら、素直にレヒテを使った方がいい』
『その通りだよ、コイツの作る兵器なんてろくなもんじゃない。今回のこれだって、それなりに葛藤しているんだ。間違ったことではないと思うけど』
「悪い悪い……」
おそらく、レヒテにはいくつかの機能があるらしいが、単体で成立するというよりは補助パーツを使用することで機能を拡大させていたらしい。
今のバイクを運転していることもそうだが、戦闘ユニットとは複雑な兵器の運転も機能のうちの様だ。
「それにしても、レヒテとゴーシェが協力すれば一瞬でこんなデカいものが作れるんだな」
『当たり前だ。レヒテに内蔵されている永久機関の定格出力は尋常の域を超えている。歩兵の携帯できる兵器とは一線を画するほどに、いや、我が生み出せる規格を大きく超えているほどにだ』
『僕を外部供給源にしたんだ……やはり気分がいいものじゃない』
なるほど、レヒテは単独では破壊しかできないが、その分高出力なようだ。
というか、今更ながら自分の両手で行われていることに戦慄する。
永久機関が両手に組み込まれていて、永久機関から取り出されたエネルギーが質量に変換されている。誠志の知る原理の知る原理から言えばありえないほどだ。
おそらく、両手に原子力発電所を搭載しても、全く及ばないほどだろう。
一体、この小さい機械のどこに、それだけの機関があるのだろうか。
まあ、そんなことを言ったら、そもそもフィクションのエネルギー発生装置も大概ではあるのだが。
核融合だの核分裂だので動くロボットを知ってはいるが、現実的なことを言えばそもそもどちらも電気をそのまま産み出すモノではない。
太陽光発電を例外として、この世のすべての発電形式はモーターをぐるぐる回して電気を生むというものである。
そして、火力発電も地熱発電も原子力発電も、いずれも『お湯を沸かせて蒸気で回す』という形式に過ぎない。
これを知ったとき、たいそうがっくりきたものである。
それを思えば、いっそ開き直って永久機関だ、と言ってくれた方がいい。
聞いても理解できると思えないし、それでいいのだ。
「まあ、慌てて出たが、よく考えればそこまで問題でもなかったかな」
向かう先が街なら大問題だが、行く先が磯ならそんなに問題ではない。
少なくともバイクの上で逸るほどではない。
実際に死んでたらそれはそれでショックだろうが、こっちも急いでいたのだ、勘弁していただきたい。
偶々偶然小学生の集団が、その付近で校外学習でもしていない限り。
「とにかく、到着次第前みたいに指示をしてくれ」
『ああ、分かった……大変だ! 付近に人がいる!』
「なんだって?!」
『まだ再生を完了していないが、復活する予定の地点に人が大勢……五十人ぐらいいるぞ!』
「多すぎだろ……本当に校外学習でもしてるのか?!」
もちろん、今日が休日であることは重々承知である。
とはいえ、よほどの釣りスポットでもなければ、それだけの数の人間が磯なんぞにいるとは思えないのだが。
「急げないのか?!」
『最初から最大出力だ! ゴーシェ、どうにかできないか?!』
『あまり速度を出し過ぎれば、周辺への被害はバカにならんぞ』
所謂衝撃波だろう。
確かに、よほどの高度でもなければ、超音速移動による周辺被害はつむじ風程度には収まらない。
『お前が街を壊してどうする』
『じゃあもっと空気抵抗を考えたデザインにしろ!』
『静音性などを考えればベストだ。お前は戦闘ユニットのくせに、周辺への被害がわからないのか』
「ああ、もう言い争ってどうにかなるもんじゃないだろう! なんか案は無いのか?!」
『――僕にはある、少し冒険してくれ!』