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『歴戦』と『初陣』

 向かう先は、森の奥深く。

 最寄り駅からさらにバスにのって、帰りの時刻を確認しつつ道なき道へと踏み入っていく。

 その行為が既に自殺行為であるように、世間一般の常識では考えることができた。

「それにしても、ここに兵器がいるとして……なんで騒ぎになってないんだ?」

 永久機関を搭載した、再生能力を持つ超古代文明の兵器。

 それがこの世界を脅かそうとしているとして、なぜ現在騒がれずにいるのか。

『物を見ていないから判別はできないけど、最近復活して、変化した地形を走破出来ずに立ち往生しているんじゃないかな』

 なんというか、物凄くがっくり来る説明がレヒテからされた。

 え、それでいいの、という感じである。

 確かにオフロードとオンロードでは、求められるものは大分違う。しかし、超古代文明はそれでいいのだろうか。

『当然だろう、我が製作した兵器たちは原則として都市攻撃用だ。少々の瓦礫を乗り越えることはできても、周辺を木々で囲まれてはそうもいかん』

「木ぐらいなぎ倒せよ……」

『あくまでも文明を破壊するために作成されたからな。思考ルーチンとして、雑木林は破壊しないようにしてある。もちろん、都市の外部から都市を攻撃する兵器の場合はその限りではないがな』

「単細胞な人工知能だな……自然に優しいことだ」

 木に囲まれたら動けなくなるとは、理屈は分かるが情けない無人兵器である。

 そんなものしか作れないゴーシェも、或いはそんなものから文明を守れなかったレヒテも、なんだか情けなく思えてくるから不思議というものだ。

『警告するよ、仮に無人兵器が森に囲まれて動けなくなっているとしても、僕の接近によって刺激されるだろう』

「どういうことだよ」

『僕が木の影に隠れているから、その木ごと吹き飛ばそう、としてくるのさ』

 どうやら優先順位の問題らしい。明確な目標がなく移動しようとしているだけの状態なら、文明ではない自然の木を破壊できずに身動きが取れなくなる。

 しかし、明確に敵を見つけて戦闘モードに入れば、木はただの遮蔽物扱いになって攻撃の対象になると。

「じゃあ放置でいいんじゃないか?」

『いいや、ここは人里からそんなに離れていないんだろう? だったら、とんでもなく危険じゃないか』

 要するに、時間の問題だ。直ちには問題がないが、長期的に見ればいつかは発見されるということだろう。

 そして、その犠牲がどの程度であっても、人命が失われることに変わりはない。

 それは確かに、破壊しないと気分が悪いだろう。

「それもそうだな」

 誠志にはよくわからないが、この土地もきっと誰かの所有物で、管理している人がいるのだろう。

 そして、そんな彼らが超古代文明の遺産によって殺されるとしたら、それは確かに不快なことだった。

 今ならまだ、未然に防ぐことができる。

 誰も傷つくことなく終わらせることができる。破壊することで守れるものがある。

『それではそろそろヘルメットを作るか』

「今からかよ」

『仕方あるまい、道中目立ちたくなかったのだろう』

 非常に今更だが、ゴーシェは兵器を作ることはできるが、格納することはできない。

 一度作成したものは、そのまま持ち運ばなければならないのだ。

「収納ボックスとかワープ装置とか作れないのかよ」

『無理だ、我らの技術はそこに至らなかったからな』

 戦略ユニットであるゴーシェも、どんな道具でも作ってくれる、魔法の杖、というわけではない。

 どれほど高度であっても科学技術の産物でしかなく、故にその文明で不可能とされたことはそのまま不可能なのだ。

『もちろん、透明化する程度なら可能だが、そんな機能を付けても無意味だろう。さほど面倒な物でもない。こうして作ればいいだけだ』

 左手が装甲に覆われて、そこから頭を守るためのヘルメットが製作されていく。

 まるでプリンターの様に出てくるそれは、正に市販されているバイク用のヘルメットだった。

 もちろん、素材や強度、特殊な機能に関しては比較にならないのだろうが、それでも見た目だけはさほど変わらない。

 超技術によって、見たこともない何かが頭を守ってくれるのかもと期待していたが、それはどうやら高望みだったようだ。

 よく考えてみれば、普段使っている物でも傘や靴や包丁などは、相当以前から変化していないはずだ。

 頭を守る防具は、兜やヘルメットなどで良い。態々新しくする必要がない、それだけの話なのだろう。

『さあ、かぶっておけ。頭さえ無事なら、欠損ができても補ってやる』

『欠損するかどうかはともかく、ゴーシェの指示に従うべきだ。敵に見つかってからでは遅いよ』

「的確なアドバイスだな」

 流石は超古代の技術。出来上がったバイクのヘルメットは、手に持つととても軽かった。

 かぶってみれば視界はとてもクリアで、その一方で顔にフィットして、動きの邪魔にならなかった。

「これで頭は安全だな」

『過信は禁物だ、くれぐれも油断しないでくれ』

 かつて幾度となくゴーシェの機械と戦い、戦果を挙げる一方で犠牲を出してきたレヒテ。

 彼は製造段階でのプログラム以上に、膨大な経験則によって新しい装着者に警告を発していた。

 確かにこのヘルメットは固いのであろうし、これによって生存率は大いに上がるのだろう。

 だが、相手もゴーシェの生み出した兵器であり、同時に頭はもっとも繊細な部位である。

 加えて、仮に頭が無事だったとしても、他の部位も致命傷になりうるのだ。

「だって、レヒテは強いし、敵は一体だろ。楽勝じゃないか」

『ああ、その通りだ。だが、君は素人だ。それを忘れないでくれ』

 人工知能ながら、脅しとは思えない言葉の重さだった。

 点滅する青いバツ印は、やや軽薄だった誠志に人間的な警告を発していた。

「お、おう」

『近いぞ……おそらく、もうすぐ敵もこっちに気付くはずだーーー』

 直後だった。

『避けろ!』

 脳に直接響く声で、レヒテが誠志に回避を促した。

 条件反射でそれに従った誠志は、大きく跳躍して飛びのいた先の木にぶつかった。

 頭からぶつかったのがよかったのか悪かったのか、首が少し痛いだけで傷は負わなかった。

 しかし、誠志は自分が飛びのく前の、立っていた場所を見て驚いていた。

 雑多な木の根が絡み合って、通常よりも掘り返しにくい山の地表。

 そこが、発破でもかけたかのように吹き飛んでいた。

 焦げ臭さは一切ないが、それでも舞い上がった土砂が舞い上がって落ちてきた。

 間違いなく、攻撃である。

「なんだ?! どこから?!」

『方向は指示する! そっちに向かってくれ!』

 レヒテの声が届くよりも先に、頭の中に直感的な物が働きかけていた。やや迷うがその方向に向かって走り出す。

 何やら、音が聞こえる。エンジン音などではなく、もっと静かなモーター音、或いは掃除機の音を大きくしたような音だった。

『既にパワードスーツは起動している。普段と同じ調子で走り出せば、木にぶつかるぞ』

 ゴーシェからも通達があった。

 おそらく、レヒテから回避を指示されると同時に動き出していたものと思われる。

『上着と荷物を置いくんだ! ここから先は、僕を使用するからね!』

 そういえばそうだった。

 おにぎりの入っているカバンを落して、薄手の長袖の服を脱ぎ捨てて、上半身は超古代の技術で作られたタンクトップ一丁になる。

 ヘルメットをかぶりながら、タンクトップ一丁とはなんとも滑稽だっただろう。

『行くよ!』

 タンクトップによってさらされている右手が、青い装甲に覆われていった。即ち、レヒテの真の姿である。

『では我も』

 対抗するように、誠志の左手も赤い装甲で覆われていた。これで、全身くまなく守られている状態である。

 強化された下半身で、森の中を駆けていく。

 その速度域は、乗ったことはないがバイクにも匹敵するだろう。

 そんな速度で森の中を走って大丈夫なのかと言えば……。

「すげえ」

 既に道はできていた。

 先ほどの攻撃の『通過地点』に存在していた木の幹が、粉みじんに粉砕されて倒壊していたのである。

 それらを踏みつけながら、段々強くなる予感に震えつつ……。

 ヘルメット越しの視界の先に、それを見つけていた。

『跳べ!』

 レヒテの指示に従い、走るのを中断し両足で地を踏み、そのまま大きく膝を曲げる。

 全身がばねになった、と思いながら大きく腕を振りながら、前方の上空へジャンプしていた。

 その直後、剛風が先ほどまで自分のいた場所を通り過ぎていた。

 別に動体視力まで向上しているわけではないので何とも言えないが、それでも何が発射されたのかまるで見えなかった。

『スフェールだ』

 大きく跳躍し、木々を眼下に見下ろすほどの高さを滞空しながら、誠志はレヒテから説明を受けていた。

 眼下には、大型バスか、という大きさの白い球体が見える。

 間違いなく、アレが超古代文明の兵器だった。

『都市での運用を前提とした、民間人への示威を目的とした兵器。大きさと砲撃で、分かりやすく武力を示すための鎮圧兵器だ』

『なにが鎮圧だ! アレで一体どれだけの人命が失われたと思っている!』

「ケンカは後にしてくれ!」

 砲撃してきた球体を飛び越えて、その背後に着地する。

 そして、背面からその威容を見上げていた。

「どうやって倒せばいいんだ!」

 SF的な近未来の無人兵器、正にそうしたデザインだった。

 金属製であろう白い装甲は光沢があり、表面にはいくつかの隙間があって、そこにはセンサーらしきレンズが見える。

 折りたたまれれば完全な球体に収まるであろう、装甲の一部から伸びた六つの足。

 そして、その巨体。なるほど、あんなものが無防備な都市に放り込まれれば……。

「これ、ヤバいな」

 ようやく理解した。

 レヒテがどうしてゴーシェを破壊しろと言ったのか。

 こんな物騒な物を生産できる兵器など、すぐに壊すべきなのだ。

『落ち着け、所詮は無防備な民衆を圧倒する為だけの兵器だ。お前の敵ではない』

 製造したゴーシェが、人工知能故の冷静さで誠志に落ち着くように指示をしていた。

『アレの攻撃手段は二つ。一つは既に二度見ていると思うが、空気砲だ』

「空気砲?!」

 その存在は知っている。だが、余りにも規格が違いすぎる。

 しかし、まさしく巨大な掃除機の様な音と共に、球体の兵器に向かって風が吹いていく。

 スフェールは周囲の空気を吸い込み、圧縮し、打ちだす準備をしているのだ。

「さっきのアレ、空気砲だったの?! ただの?!」

『そうだ、圧縮空気を打ち出すだけの兵器だ。攻撃の予兆も大きく、破壊も広範囲にわたる。示威には便利だが、攻略するには分かりやすいだろう』

 ゴーシェから説明を受けていると、スフェールの空気を吸い込む音が止まった。

 そして、球体の装甲の一部が割れて、中から筒が出てきた。

 それが何を意味するのか、もはや説明を受けるまでもない。

 背後に飛ぶのでもなく、伏せるのでもなく、誠志は横へ向かって大きく飛びのいていた。

 その彼がいた場所を、竜巻以上の威力で風が薙ぎ払っていく。

『その調子だ! スフェールは攻撃の予兆が大きくてわかりやすい、そうやって砲口の向きに注意していれば、君でも避けられるはずだ!』

 空気を吸い込む、砲口が出てくる、前方を吹き飛ばす。

 それがこの兵器の与える恐怖。

 音と破壊で、恐怖を与えるための、兵器。

 法則性がわかれば、おそらく歩いている人間にも対処できるだろう。

 だが、それは冷静に行動できる場合で、大抵の人間はそう冷静に行動できない。

 何よりも、法則性を知るためにどれだけの人が死ぬのかわからない。

「レヒテ、どうやって攻撃すればいいんだ!」

 来るんじゃなかった。なんでこんなのと戦うはめに。

 来てよかった。コイツが暴れ出したら目覚めが悪いってレベルじゃない。

 どちらも思いつくが、とにかく今は反撃しなければならない。

 死にたくない、という想いだけは確実だからだ。

『接近戦は避けて、距離を保ちながら人差し指を向けるんだ!』

『そうしろ、もう一つの攻撃手段が来るぞ』

 空気を吸い込む音は再開したが、それ以上に六つの足が動き始めた。

 そして、そのまま何を発射するわけでもなく、変形をするわけでもなく……。

 六つの足をせわしなく動かしながら、誠志に向かって突撃してきた。

 周囲の木々をなぎ倒しながら、その六つの脚で踏みつぶそうとしてくる。

『轢殺されるぞ』

「それを先に言えよ!」

 これが、タイヤで走る車なら左右に走ればどうにかできたかもしれない。

 しかし、六つの足で走る『戦車』は、半ばパニックになりながら蛇行で逃げる誠志を、常に最短距離で追い続けている。

「くそくそ、くそくそ!」

 とにかく走る。

 とにかく逃げる。

 時折背後を見ながら、必死で走っていた。

『空気砲が来る、回避するんだ!』

「ええええええ!」

 文句を言うより先に、真上へジャンプしていた。

 そして真下を見れば、そこには薙ぎ払われていく木々と、砲口をしまっているスフェールが見えた。

「走りながらでも、空気砲が撃てるのかよ!」

『当たり前だ、なぜ撃てないと思った』

 ゴーシェの呆れたような解答には腹が立つ。

「お前が作ったんだろ、お前が何とかしろよ!」

『落ち着くんだ、パニックになるな! いいかい、今なら落ち着いて狙えるはずだ!』

 あくまでも対人兵器なのだろう。

 人間にあるまじき速度と方向へ逃げた誠志を、スフェールは完全に見失っていた。

 足を止めて、そのまま停止している。

 それを、上空から誠志は眺めることができていた。

『人差し指を向けて、撃て!』

 神経が接続しているからだろう、自然とその言葉に従うことができていた。

 親指を立てて、人差し指を伸ばして、左手で右手を支えて……。

『シンプルショット!』

 それは、光るエネルギーが発射された、としか言いようがなかった。

 最強の兵器であるレヒテの指先から青い弾丸が発射され、スフェールの装甲に着弾し、文字通り穴をあけていた。

 装甲を貫通したわけではないし、装甲をゆがめたわけでもない。

 文字通り、ごく一部ではあるが完全に消滅させていた。

『足を狙って撃つんだ!』

「分かった!」

 木の枝をへし折りながら着地すると、そのまま向き直ってスフェールへ指先を向ける。

 幾度となく放たれる青い弾丸が、こちらへ向かって来ようとするスフェールの足の付け根に着弾していく。

「やった!」

『まだだ!』

 一本の足が折れたことで発射を取りやめる誠志だが、レヒテは険しい声でそれを止めていた。そして、その言葉を裏付けるように、五本の足で何事もなかったかのように猛進してくるスフェールがいた。

「まだ走れるのかよ!」

『そのための複脚だ。足を失った程度なら、問題なく走れるように設計してある』

「んぎゃああ!」

 悲鳴を上げながら、大きくジャンプして距離と高度を稼ぐ誠志。

 要するにこいつは、歩いているか走っている相手としか戦えない。

 上空を狙うことができないのだ。

 ならば、今こうして狙いを定めれば、そのまま何を恐れることもなく狙うことができる。

 人間を倒す為の兵器だからこそ、そんな動きに対応する機能が無いのだ。

「……くそ! 狙いにくい!」

 だが、問題は狙いにくさだった。

 相手は球体で、足の付け根は下にある。

 故に、上空から狙いを定めても極めて狙いにくいのだ。

『落ち着くんだ、勝てない相手じゃない! 足の再生にも時間がかかる、あと二本も潰せば、この速度で移動できなくなるはずだ!』

 レヒテの言葉通りだった。

 六つある足のうち、一つが潰された。残る五本の足で走るだけであるが、当然動きはぎこちなくなっているし、速度も遅くなっている。

 ゲームではあるまいし、潰せば潰すだけ弱くなるのが道理だ。

『ふむ……』

 着地して、再度振り向きざまに射撃を行う誠志。

 しかし、そもそも動いている相手の足を狙うなど、素人にはとても難しい。

 それを察してか、ゴーシェは色々と考えを練り始めたようだった。

『レヒテ、他の種類の攻撃を行うつもりはないか?』

『ない、危険すぎる』

 仮にも最強の歩兵携帯兵器、あの程度の兵器など、一撃で行動不能にすることは可能だ。

 だが、それはつまり相応の破壊力があるという事。

 そんなものを素人に使わせては、自爆してそのまま死にかねない。

『なるほど、流石は戦闘ユニット。判断が適切だな』

「無理だ無理! このままだとまた空気砲が……!」

 倒し方は分かったが、それを機械的にこなすには誠志は余りにも経験不足だった。

 少なくとも、走って逃げながら追いかけてくる足元を狙う、というのは難しすぎた。

 技術的にも、精神的にもだいぶ追い詰められている。

『提案があるぞ、装着者』

「提案?! どんな案だ?!」

『何か作って欲しい道具は無いか』

「俺が考えるのかよ!」

『余り大きくて重いものは作れないが……そうだな、完成しても手でつかめる程度の大きさの者は無いか?』

「手で? 手で? 手りゅう弾!」

 ゴーシェは現在製造できるもの、走りながらでも支障のないもの、ということで条件を付けたが、それは誠志に具体的かつ直接的なアイディアをもたらしていた。

 この状況でも、手りゅう弾を製造できれば反撃に転じることができる。

『了解、検索開始……ヒット、設計開始』

『おい、ゴーシェ、何をしている?!』

『もちろん新兵器の製造だ、設計完了、製造開始』

 夢中になって走る誠志の左手に、少しずつ何かができていく。

 それが何なのか、誠志には分かった。ゲームではなじみのある、戦争でも長く使われている兵器。

 すなわち、手りゅう弾そのものである。使われている技術が超古代兵器の物であっても、それが手で投げる爆弾なら使い方は簡単だ。

「安全ピンとかあるか!」

『ない、こっちで遠隔爆破する』

「分かった!」

 木々にぶつからないように注意しながら、なるべくまっすぐ走る。

 そして、投げるのではなく自分の足元にそれを転がした。

 走りながら足元に転がせば、必然彼の後を追うスフェールはその上を通過する。

 そのタイミングを見計らって……。

『爆破』

 轟音と共に、誠志の背後で爆破が行われた。

 爆風を背に受けて転びそうになるが、それでも何とか踏みとどまり、かろうじて向き直ることができていた。

「……やったのか?」

『いいや、外した。やはり戦闘ユニットではない我が、目測で爆破をしても外すのは当然だな』

『何を作ったのかは聞かないが……しかし、全ての足を壊せないまでも、残りは四本だ、もう壊せる!』

「ああ……そうみたいだな!」

 爆破のタイミングがやや遅かったらしく、後ろの側の足が破壊されていた。

 四本の足で何とか追走しようとしているが、しかし木にぶつかって動けずにいる。

 先ほどまでのスフェールは、六本の脚の馬力と本体の重量、そして速度によって木をへし折りながら進んでいた。しかし、足が四本ではそれも不可能だった。加速もできず、馬力も不足している。

 唯一の武装である空気砲の準備をしているが、それでも誠志の反撃の方が早い。

 足を止めている相手、動けなくなっている相手なら、狙いをつけるのは簡単だ。

「おらあ!」

 連射される、人差し指からの青い銃弾。それを受けて、遂にすべての足が壊されていた。

 それによって球体の兵器はひっくり返り、空気砲の砲口も誠志に向けることができなくなっていた。

「……やった!」

『まだだ、まだ破壊できていない。止めを刺すんだ!』

『ああ、見てみろ。既に再生を始めているぞ』

 ひっくり返ったそれを見て、誠志は言葉を失っていた。

 道中で破壊した足が、ゆっくりと接合部分に向かって動いているのである。

 まるで磁石に引かれる釘の様に、各パーツが再び繋がろうとしていた。

「これは……これが超古代文明の兵器なのか?」

『兵器に限った話じゃないよ。僕たちの文明では、製造されるものはこうして高い修復能力を持っていたんだ』

『だからこそ、悠久の時を越えて我やレヒテは蘇った。さあ、壊してしまえ』

 なるほど、これは確かに脅威だ。

 おそらく、現代の文明ならばこの兵器をある程度壊すことはできるだろう。

 だが、この兵器は自己修復を行うだけの能力がある。

 それはつまり、いくら壊しても再生して、再度動き始めてしまうということだった。

 これではキリがない。

「どうすれば壊せるんだ?」

『僕がある程度以上の規模の攻撃を行えば、破壊することは可能だ。ただ、今の君にそれを使わせるのは難しい。接近して、掌を当ててくれ』

「近づいて大丈夫か?」

『怖いならもう少し壊してから近づけばいいよ』

「念入りにやっとくよ」

『壊しすぎると、圧縮された空気が破裂するぞ』

「……アドバイスどうも」

 戦闘ユニットと戦略ユニットの忠告を受けて、誠志はひっくり返ったスフェールの足元を念入りに壊し始めた。

 それでも、壊れる速度の方が早いとはいえ、ゆっくりと修復は行われていた。

 そして、キリがないと判断した誠志はゆっくりと歩み寄って……恐る恐る、白い球体に右の掌で触れていた。

『よし、破壊を開始する』

『ふん、こんな兵器がどうなっても構わないが、お前によって壊されるのは些か不快だな、レヒテ』

『うるさい』

 それは、劇的な変化だった。

 青い装甲に覆われた右腕全体が淡く光り、それが白い球体に流れ込んでいく。

 それは破壊というよりは、消滅に近かった。

 淡い雪が解けるように、白い装甲は青く澄んで消えていく。


『ブレイク』


 ついに、誠志の手は何も触れなくなっていた。

 先ほどまで破壊の限りを尽くしていた兵器は、誠志の前でゆっくりと実体を失っていく。

 爆発する、ということもない綺麗な終わりに、誠志は少なからず感動を覚えていた。

 何もかもが消えていく。スフェールを構成していたすべてのパーツが、切り離されている部分さえも消えていく。

 正に、完全破壊だった。ネジ一本さえも、この世界に残っていない。

「……!」

 そして、その後に残ったものを見て、愕然とする。ヘルメットを脱いで、その上でスフェールの通過した道を見た。

 なぎ倒されたばかりの大量の木。それが植物だったからまだ心理的に楽だったが、これが人間だったらと思うととてもではないがやりきれなかった。

『これで分かっただろう、ゴーシェは危険すぎる』

 そして、それを幾度となく見てきたのがレヒテで、人工知能でありながら憎しみを抱くのは当然だった。

 その一方で……。

『戦闘ユニットのくせに、戦闘結果を理解していないな』

 ゴーシェは破壊されるわけがない、と確信したうえで嘲っていた。

 確かに、この光景を見ても、見たからこそ誠志はゴーシェを壊すつもりがなくなっていた。

『お前は確かに最強の兵器だが、お前だけで我が製造した兵器を壊せるものか』

「うん、無理」

『そんなことはないよ、最初だから上手くいかなかっただけだ。僕と一緒に経験を積めば、ゴーシェなんていなくても……』

「いやいや、これ見てみ」

 青ざめながら、右手の甲をヘルメットに向ける。

 そのヘルメットには、大きな亀裂が走っていた。

「無理無理、俺とレヒテだけじゃ無理」

 大義や正義ではなく、極めて単純な自分の生存の危機に対して危機感を感じた。

 戦わずに放置というのも気が引けるが、それでもこれは無い。

 これと片手で戦うとか無い。

 死ぬ、確実に死ぬ。

『……仕方がない』

『そういうことだ、戦闘ユニット。そもそも、前の装着者もお前だけを装備していたわけではあるまい。装着者の判断は極めて正しいぞ』

「もとをただせばお前が作ったもんだろうが」

 今後経験を積めば、今の敵もあっさり倒せるようになるのだろうか。

 とてもではないがそうは思えなかった。

 というよりは、そうなれるとしても安全装置はしっかりと装着したかった。

『さあ、お母さんのお弁当を回収してから帰ろう』

「思い出させるな、そんな現実……」

 これからこの破壊の痕跡をたどって、カバンと上着のある所まで戻らなければならない。

 そう思うと、何とも言えない脱力感と疲労感を感じずにいられなかったのだった。

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