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『執着』と『変化』

 その後、誠志はとりあえず夕食を食べて、入浴して、自室に入り、そのまま寝た。

 その翌朝、両手の丸とバツを確認してため息をつく。

 夢であってほしかったが、どうやら自分は冗談ではないことに巻き込まれてしまったままの様だ。

 学校に行くべき時間だが、学校へ向かう予定はない。

 こりゃあ学校に行っている場合じゃないな、と妙に手回しのいい両親が、誠志の高校にしばらく休む旨を伝えてくれていたからだ。

 これで休日でもないのに学校を休んでそのまま活動ができるということになった。

 理解あふれる両親は、いつだって心強いものである。

 親が申請したこともあって、速やかにこの時代を守る作戦に没頭できるというものだ。

 もちろん、学業に遅れが生じるという問題が発生することを除いてだが。

「本当に戦わないといけないのかよ……」

『ああ、戦わないと罪のない人たちがたくさん死ぬことになってしまう』

『嫌なら放置しろ、戦う義務はない筈だ』

 戦いに駆り立てるレヒテと、戦わなくていいと許すゴーシェ。その辺りは製造目的の違いなのだろう。

 世間一般の『正義』に乗っ取って言えばレヒテが正しいのだが、世間一般の『社会常識』で言えばゴーシェが正しかった。

 超古代文明の兵器に対抗できる、同じく超古代文明の兵器を持った少年が戦う。それはそれで正しいが、なんで男子高校生が文明を守るために戦わないといけないのか。

 その辺りは、まさにありふれた葛藤が存在している。戦うのは嫌だけど、放置するのも気分が悪い。

 それが誠志の素直な心境だった。

「けどさ、文明を滅ぼした兵器なんだろ? 放置したらヤバいんじゃ……」

『それはない、文明を滅ぼすために使用した兵器は、使用済みか完全に破壊されているかの、いずれかだ』

『ゴーシェがそういうなら確かだろう。その虚言に意味はない』

「完全に破壊?」

 言葉から察するに、再生できなくなるまで破壊された、ということだろうか。

『その通りだ。レヒテを始めとして、我らに反攻した者たちは再生機能を無効化する能力を持っていた。だが、それはある程度破壊に専念しなければならない』

『計算では、不完全な破壊でも一万年ほどの再生期間が発生するはずだった。もちろん、破壊できるものは完全に破壊したのだけど、それでも余裕が無ければ不完全破壊にとどめざるを得なかった』

 まあ、相手が膨大な数で圧倒してくるなら、確かにその程度の妥協は必要だろう。

 レヒテの使用者とその仲間がどれだけいたとしても、ゴーシェが作った敵ほどではあるまい。

 そもそも、一万年以上再生時間を要するなら、それは殆ど完全破壊と言っていい。

 流石に一万年以上前に戦死した相手に、そんな恨み言を言うのは筋違いというものだ。

『すまない、僕たちの不始末で後世の君達に迷惑をかけてしまった』

「そうか、お前達二つは、お互いに不完全破壊しあったんだな?」

『その通りだ、忌々しい』

 なるほど、状況は理解できた。

 どうやら、そこまで複雑というわけでもないらしい。

 完全破壊とは、少々の手間で済むようだ。

「で、これを着ろってか」

『戦闘するならば、この程度の備えは必要だろう』

 戦略ユニットであるゴーシェが一晩で作成したのは、見た限り高性能な下着の様だった。

 磨き上げた黒曜石の様な光沢をもつ、タンクトップとタイツ。手に持つとやや重く感じるが、やはり見るからに普通の衣類である。

 今の季節着るには、やや暑そうな装いだった。

『戦闘は推奨しないが、必要ならば準備をするまでだ』

『ゴーシェの兵器を使用することは好ましくないが、確かに君には必要だ』

 確かに、戦略ユニットと言っても兵器を生産するゴーシェは戦闘ではほぼ役に立たないだろうし、戦闘ユニットであるレヒテがどの程度強かったとしても使用するのが自分である以上安心はできなかった。

 というか、防具は確実に欲しかった。欲を言えば、こんな薄いタイツの様な物だけではなく、盾や武器も欲しかったのだが。

「なんでタンクトップなんだ?」

『それは、レヒテの性能を引き出すためだ。全開で機能を発揮すれば、お前の右腕は装甲に覆われる。その際、余計な武装は妨害にしかならん』

「そうか……」

 正直、自分の一般的な高校生の体には、このタンクトップは似合わない気がする。

 もっとこう、筋骨隆々ならよかったのだが。まあ、そんなことを言っても始まらない。

 とりあえず、その服を着てみる。

『言うまでもないだろうし、この文明でもある程度ひな形ができつつあるようだが、それは動力付きの服だ。それによってお前の筋力は大幅にサポートされる。当然、防弾機能も付けてある。欲を言えばヘルメットを作りたかったが、それは現地で作成するとしよう』

「……武器は?」

『不快な話だが、私はそのレヒテより高性能な兵器を作成できん』

 なんとも悔しそうなゴーシェだった。

 まあ、考えてみればレヒテ以上の性能とは言わないまでも、同等の性能を持つ兵器を作り出せるなら、そもそも一万年以上前に敗北しているわけがないのだ。

 ゴーシェは『あらゆる兵器』をいくらでも生産できるが、その性能には上限があるのだろう。

 少なくとも、同一文明圏が相手では無敵の兵器など作れないのだ。

「期待していいんだろうな」

『ああ、信じてくれていい。僕はゴーシェの兵器を破壊する、その為の兵器だからね』

 はた目には、右手と左手に話しかける痛い男だ。

 それでもまあ、とりあえずこのまま座して待つ、ということはできなかった。

 仮にこの二人を黙らせたとして、そのまま日々を平穏に過ごそうとしたところで、それは神経が持たない。

 もしかしたら、自分の知らないところで自分が知っている物が、大きなことをしでかしているかもしれない。

 そんな想像を抱えたまま学校生活を送れるほど、誠志は肝が据わっていないのだ。

 もちろん手に余るようならその時はまた別に色々と考えるが、とにかく学校を休むことはもう伝えているので、確認しに行くだけだ。

 パジャマを脱いで、そのままタンクトップを着て、タイツを履く。

「なあ、お前らどっちも手袋みたいになれるか?」

 部屋にある姿見で今の自分の姿を見る。

 鍛えているわけではないので腹筋が割れているわけではないが、流石に年齢相応に腹が出ているわけではない。

 なので、鏡に映った自分はさほど格好良くなかった。

「……腕立て伏せ、した方がいいかな」

 もっとこう、自分の体形が良ければ、今の格好も見苦しくないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、誠志は鏡に映った自分を眺めていた。

「まあいいや、とりあえずどっちとも普段に戻ってくれ」

 誠志も男の子である。

 少なからず、超古代文明の力を使って、超古代文明の兵器と戦うことに高揚感が無いわけではない。

 パワードスーツや戦闘ユニット、戦略ユニットを着込んだ今の自分はどれだけ強そうか、と思っていたのだが……。

 やはり、そこにいるのはタンクトップを着てタイツを履いているだけの自分がいるだけだった。

 このままでは、所詮コスプレでしかない。

 やや自分にがっくり来ながら、薄手の上着を着て自分の部屋から出る。

 安藤一家の住まいは、平屋の一軒家。

 一応借家ではなくローンだと聞いていたが、さほど大きいわけでもないのでそんなに大したものではない、両親が隠居した後も引き継いで自分が背負うほどでもないと思っていた。

 廊下を歩いて、居間に着く。そこには永久機関で駆動する食器洗い乾燥機を例外として、昨日と何も変わらない風景があった。

「おはよう」

「おはよう」

 そこには両親がいる。

 これから仕事に行こうとしている父親と、そんな父が出かける準備をし終えている母親がいた。

 何気ない日常ではあるのだが、何分この二人は自分の息子が超古代文明の兵器にとりつかれても、そのままでいいじゃんという親なのだ。

 そう思うと、反抗期の気分になろうというものだ。

「そういえば、今日は学校じゃなくて超古代文明の兵器を壊しに行くのよね」

「はっはっは! いいなあ、父さんも昔はそんなことをしたいと憧れてたもんだ」

 イラっと来た。

 確かに少なからず興奮していることは否めない。

 だとしても、一般的な高校生としてはもう少し危機感というか、心配をしてほしいものだった。

「飯はいらない、帰ってきてから食べる」

 これから兵器を破壊してきます、という息子としては、その両親の無神経に対して苛立ちを覚えるのも当たり前だった。

 なので、暴力を振るわないとしても反抗的な態度を取るのは当然だろう。

 むしろ、怒鳴らないだけ理性的だった。

「誠志!」

「……なんだよ」

「食べてから行きなさい」

 何を思ったのか、大きな声で歩き去ろうとした息子を止める父親。

 それを受けて、不満そうに話を聞くことにした。

「お前、分かってるのか? これが今生の別れになるかもしれないんだぞ?」

「今生の別れだと思ってるんなら、もうちょっと気を遣うとか心配をしてくれよ!」

 確かに兵器と戦うのだから、それなりに覚悟は必要なのかもしれない。

 しかし、だとしても、こんな平常すぎる送り出し方は無いと思う。

 もっとこう、心配を態度で示してほしかった。

「誠志、いいのか……ここでお前が朝ご飯を食べずに死地に赴けば……」

「赴けばなんだよ、朝飯ぬいたぐらいで生き死にが決まるかってんだ!」

「『ごめん母さん、朝ごはん、食べないで……』という回想を挟みながら倒れることになるぞ。いいのか、そんな凡庸な散り際で」

「死ぬことを前提に話を進めるんじゃねえ!」

 おかしい、先日まで自分の両親は普通だったはずなのに、なんでこんな風にぶっ飛んだことを言っている。

 ある意味本性なのかもしれないが、息子として実に嫌だった。 

「お母さん心配だわ、朝ごはん食べないと、古代文明の兵器と戦う前にお腹すいて死んじゃうでしょう?」

「違う母さん! そんなので死ぬのは心配しなくていいから! 兵器と戦うことを心配してくれ!」

 おかしい、昨日の夕飯は食べたので、朝食を抜いたぐらいでは倒れることはない筈だ。

 なのに空腹で死ぬことを心配している。心配の方向性が明らかにずれている。

「あら、でも止めても行くんでしょう? だったらご飯食べてから行きなさいよ」

「思春期は繊細なんだよ、面倒だとは思うけど付き合ってよ!」

「お前も高校生なんだ、お母さんにそうやって甘えるのはやめなさい」

 厳しい父と、優しい母。しかし、方向性が明らかにおかしい。

 どう考えても、ちょっとずれている。というか息子を死地に送り出すことにためらいが無さすぎる。

 もっとためらってほしい、できれば止めて欲しいのだ。

『規則正しい食事は必要だぞ、戦闘の前に万全を尽くすべきだ』

『お母さんの言う通りだ、食べていくべきだよ。僕の装着者も、母親を……』

「わかったよ! 食べて行けばいいんだろうが!」

 怒ったまま椅子に座り、机の上の料理を食べ始める。

 食卓に並んでいるのは、普通の料理だった。

 炊飯器で炊いたばかりの白米と、パックで売られている納豆。

 目玉焼きとベーコン、そしてサラダだった。

 おまけにお茶までついている。

 普通すぎて、涙が出そうだった。いろんな意味で。

「なんで人工知能まで俺の敵なんだ……」

『家族は大事にするべきだよ。そうやって、後悔していった戦士たちを、僕は沢山知っているんだ……』

「重い!」

「もう、食事中に喋らないの!」

 どちらかというと、食事中に重い話題を切り出してきたレヒテの事を責めて欲しい。

 確かに両親は軽すぎるが、レヒテの言葉は余りにも重すぎる。はっきり言って、冗談にならない。

「ごめんなさいね、レヒテ君。誠志ってば子供のころからヒーローにあこがれてたから、盛り上がってるのよ」

『なるほど、だからああして鏡の前でポーズを』

「お前ふざけんなよ?!」

 なんで青少年の恥ずかしい過去を、こうしてあからさまに公開されねばならないのだ。

 なんで人工知能はこんな風に守秘義務を守らないのだろうか。

「やっぱ寄生されるとか冗談じゃねえや」

「おいおい、誠志。レヒテ君やゴーシェ君に失礼だろう。寄生だなんて」

 他人事だと思って好きなことを言う父親。

 しかし、考えても見て欲しい。両手に一つずつ人格が宿っている今の状況は、どう考えても不便で迷惑なはずだ。これではうかつにトイレで用を足すこともできない。

 右手と左手で揉めだしたら、その時自分はまさに雪隠詰めになるのではないだろうか。

 このままではうっかり泣き言をいうこともできない。

『気にすることはないよ、僕の装着者もそんなものだった……彼は良い戦士だった』

「すまん、その話は食事中にしないでくれよ。困るから」

 さっきポーズをとったことを明かされたことといい、今後何をしても、文字通り肌身離さずこのユニット共と行動を共にしなければならないのだ。

 せめてこれが可愛い女の子なら、もう少しやる気も沸き上がっていたと思うのだが。

「それで、その壊さないといけない兵器はどこにあるんだ?」

「調べたら、電車で乗り継いだ先の森にいるらしいんだ」

 父親は、まるで野球の試合の会場を聴くように、息子に初陣の場所を聞いた。

 まさか、応援にでも来るのだろうか。

「あら、遠いじゃない。それならお弁当持っていきなさいよ」

「いいよ!」

「ちょっと待ってなさい、お弁当作ってあげるわ」

「いいって言ってるだろ!」

『食料の準備は必要だ、僕の前の……』

「うん、分かった! お前の苦労話は分かった! でも黙ってて! 母さん! お願い!」

 おかしい、なんでこんなに母さんは現実を受け入れているのだろうか。

 当日に遠足に行くことになった我が子へ、慌ててお弁当を用意しているようではないか。

 確かに理屈で言えば弁当を持っていった方が合理的だろう。だが、それはあくまでも理屈だ。

 なんで古代兵器と戦うのに、お弁当がいるんだ。

「ちょっと待っててね、ツナマヨなら……すぐに」

 誠志の母は、席を立って炊飯器の前に行った。

 冷蔵庫から海苔を取り出して、マヨネーズを取り出して……おにぎりの具になりそうなものを探し始めた。

「はっはっは! 良かったな誠志、これでいざとなったとき懐に忍ばせていたお弁当が生存フラグになるかもしれないぞ」

「懐にお弁当入れたまま戦わねえよ」



 結局、誠志は父親が家を出るのと同じころに家を出た。

 幸い、通勤ラッシュとは反対方面だったこともあって、椅子に座ってスマホをいじる。

 目的地までは最寄り駅まで一時間ほど。それなりに長い。

 乗り換えも何度かあるし、降りる駅が急行の止まら無い駅なので、それなりに気を遣わないといけないだろう。

『聞こえるか?』

 何やら話しかけてきたのは、ゴーシェだった。

 驚くべきことに、音はしないのに声は聞こえてくる。

 よく考えてみれば、神経で繋がっているのだからこれぐらいできて当然なのかもしれない。

 しかし、いよいよ嫌になってきた。有線式とはいえ、完全にテレパシーである。

『聞こえるよ、なんだ』

 口を動かさなくても、その意思を伝えることができた。

 なんというか、自分も大分マヒしてきたと思われる。

『この文明は大分栄えているようだな』

『そんなこと、見ただけで分かるのかよ』

『人口が多い』

 超古代文明を滅ぼしたユニットの割には、何とも原始的な判断基準だった。

 まあ、確かに自分の向かう方向とは反対の道へ進む電車には大量の人間が乗っている。

 あの方向に、誠志の父親も、他の大勢も目的があるのだろう。仕事があるのだろう。

 自分も何れは、あの一員になるのだろうか。

 将来を考えるべき高校生は、そんなことを考えていた。

 非常に今更だが、進学校というわけではないにしても、高校を休んで出向いてよかったのだろうか。

 世間の多くは、ああした一般的な人々を軽蔑するような風潮があるが、しかしそれになることも、それを維持することも、大変だと知っている。

 超古代文明の兵器と戦っている場合ではないのではないか。

 今からでも家に帰って、勉強するべきではないか。

 こんなことになるまでは考えなかったことを、今更のように考えていた。

 夏休みが終わる頃になって、慌てて宿題を片付けようとする心理と似たようなものだろう。

『なあ、ぶっちゃけこれから壊しに行くのって、お前が作った兵器なんだろ』

『ああ』

『リモコンとか作れないか? こう、お前の命令に従うとか』

『無理だ』

 何でも作れる、と言った割にはできないことが多いな。

 じろりと、左手をにらむ。

 まあそんなことを言い出したら、そもそも人間に接続しなければ動けない時点でお察しだが。

 もちろん、その場合この文明を支配しようとしていたのかもしれないが。

『我が創造主と接合していたときに生産した兵器は、我と創造主の双方が揃って初めて制御できる』

『不便だな……』

『なにせ、我単独で制御できるようでは、創造主を我を切り離して奪い制御する、ということが可能になるからな』

 なるほど、確かに必要な処置だったのかもしれない。

 確かに生産したものが全て敵に寝返っては、優位になる程敵に逆転の目を残すことになる。

 それを防ぐためにはそういうことが必要だったのだろう。

『じゃあ壊すしかないと。できれば完全破壊して』

『そのとおりだ、最初からそれ以外にはない』

 一万年以上かけて復活する、などというものは人間の主観では永遠だ。

 不完全破壊でも、誠志はまるで困らない。だが、レヒテはそれなりに困るというか、嫌なのだろう。

 なんだかんだ言って暇なので、周囲から不審に思われないか気を遣いながら、誠志はゴーシェとの会話を続行することにしていた。

『あのさ、割とマジで頼むんだけど、俺を見限って適当なものを作って俺をその兵器に殺させようとしないよな?』

『安心しろ、それは無い』

『信じられないな、お前の言葉は』

 当然のようにレヒテが割り込んできた。

 こうなると、最初の様に言い争いを聞くことになる。

 しかし、一々返事をしなくてもいいので、俯瞰して時間を潰すには十分だった。

『忘れたとは言わせないぞ、かつての文明を滅ぼすために、お前達がした蛮行を』

『随分人間臭い奴だ。蛮行だと? 我はただ創造主に設定された目的を達成するために、道具としての使命を果たしただけだ』

『そうかもしれない、お前を憎むのではなく、製造者を憎むべきなのだろう。だが、僕には自我がある。お前が憎くて仕方がないんだ』

『やれやれ、暴走でもするつもりか? お前の装着者もそうだったが、どうにも合理性に欠ける』

『僕は人々を守るために作られた。その守ろうとしたものを壊したのはお前達だろう! 人を傷つける合理性なんて意味がないじゃないか!』

『大局的に物が見れていないな。先日言ったように、お前達が我らと対峙した時点で、勝負はついていた。我らと相討つ形になったが、例え勝っていたとしてもなんの解決にもならなかっただろう』

『荒野に彷徨うよりは、お前達の圧政を受け入れろと!? 家族や友人を、仲間を殺したお前に従えと?!』

『支配とはそういうものだ、勝利とはそういうものだ。むしろ、私にはお前が何を憤っているのかがわからない。この結果は、我らの共倒れは、お前達の望んだものだろう』

 なんというか、人工知能同士の会話なのに、何故か人間と人工知能の会話に聞こえている。ゴーシェはまだ人間味が無いのだが、レヒテはなんとも人間味にあふれていた。

 まあ戦闘ユニットと戦略ユニットで話が合うわけもないのだが。

 そもそも、想像理由の時点で敵対しているのだ、同じ相手に宿るなど甚だ不愉快なはずだ。

 そりゃあ口喧嘩だってするだろう。話が壮大すぎて、一般人からすればどうでもいいのだが。

「永久機関が普及した文明か……」

 ゴーシェの製作者が何を思って滅ぼそうとしたのかわからないが、さぞ楽園だったのだろう。

 人工知能も普及していたのであろうし、正に楽園の様な世界だったはずだ。

 聖書では知恵を得た人間が楽園を追放されたらしいのだが、楽園を想像した人間は自分で楽園を壊すほど愚かだったようだ。

 それは、今こうやって電車に揺られている自分も大概である。

 こうして自分で危ない場所へ向かっている。それも、なんの必要性もないのに学校を休んで。

 別に誰かに強要されたわけでもなく、使命を帯びているわけでもなく……。

『壊すだけが取り柄の戦闘ユニットが、人々を守るとは思い上がったものだ。最強の盾にして最強の矛よ、お前にそんな機能は無い』

『それでも……それでも僕の装着者は僕にそれを望んだんだ! 破壊することしか出来なくても、守れるものはあると、守れる『もの』であってほしいと』

『人工知能に人間性を求めるとはな、やはり平和ボケか』

『なんだと!』

『お前の装着者は強かったが愚かだった』

『お前の製作者こそが真に愚かだ!』

 こいつらに主体性があれば、それこそ殺し合いをしていただろう。

 少なくとも、レヒテは一切容赦しないはずだ。

 そう考えると、人工知能に主体性があることや積極性があることも考え物だ。

 超古代文明の戦闘ユニットと戦略ユニットが殺し合ったら、壊し合ったら、それこそ洒落にならない。

 この電車だって止まってしまうだろう、多くの人が困るだろう。

 狂気の科学者でさえも、一番肝心な手綱は手放さなかった。

 主なき道具が勝手に動き出したら、それは壊さなければならない。

 それが兵器ならなおのことだ。

 それを、誠志は言い争いの中で理解する。

 一万年前の因縁を持ち込んで争おうとしている兵器は、現代には迷惑なだけだと。

『……本当に信頼していいのか、お前を』

『案ずるな、私も道具だ。戦闘では役に立たないが……道具としての本分は果たす。それよりも、一万年以上ぶりに見せてもらおうではないか、レヒテ』

『……』

『我らが製作した兵器をすべて破壊した、その性能をな』

 降りる駅に至った。乗り換えする駅ということで、通勤ラッシュとは反対方面でもそれなりに人が下りていく。

 その中に、誠志も混じって降りて行った。

 まるでラジオを聞いているように、声なき言い争いを聞き取りながら。

『当然だ、僕は今度こそ守って見せる。たとえお前が何を企んでも、装着者が未熟でも、この時代が遠い未来でも、僕は全てを守る。破壊の右手として、お前とお前が作ったすべての兵器を破壊することで』

 その言葉の中に、彼らの使用者や製作者の意志を感じ取りながら。

 跡形も残らず滅び去った文明の、その残り香に宿る人間の意思。

 兵器でしかないはずの彼らが語る、確かなものを。

『そうか、ならば期待する』

『何をだ』

『先ほども言っただろう。お前の性能を、お前の成果をだ。私とお前は利害が一致している。それならば、宿主の意向を汲むこともやぶさかではない』

『傲慢だな、世界を一人で支配しようした男が作った、世界をゼロから作り直すために生み出された兵器とは思えない』

『お前の思考回路はともかく、お前の製作者とお前自身の性能は評価している。人間的な言い方をするならば、お前となら手を組んでもいいということだ』

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