『偶然』と『必然』
「そうか、俺の渾身のギャグは滑ったのか」
ヘルメットの中で、誠志は地味に傷ついていた。
こう、視聴者の皆さんと報道の方々になごんでもらおうと思って何かを考えようとして、思いついた時はこれはイケる、と思ったのだ。
それが、滑った。今も自宅で母親と一緒に見ているレヒテとゴーシェの子機が、テレビ局の反応を見て滑ったことを見ていたらしい。
どうやら、誠志に笑いの才能は無いようだ。まあ、あってもそれはそれでどうかと思うのだが。
ともあれ、大胆に行動してみた結果、世界に正しく恥をさらしたらしい。
「しなきゃよかった」
『危ないから離れてね、とでもいうべきだったね』
『そうだな、ヘリコプター同士でここまで接近するとは、道具を正しく使えん連中だ』
基本的に、車両と違って航空機や船舶はいわゆる『交通事故』が極端に少ない。もっと具体的に言うと、船と船、飛行機と飛行機、といった衝突が極端に少ないのだ。
なぜなら、道路、という決まった場所を大量の車が通る陸路ではなく、非常に広い空路や航路を、相対的に小さく少ない飛行機や船が運航しているからだ。
とはいえ、低空飛行をすれば事故の可能性は上がるし、ヘリコプター同士が極端に接近すればさらに上がる。
そして、今誠志の隣にいるヘリコプターは、それこそ手話が目視できる距離にいた。
どう考えても、危ない距離であった。
「まあ、それを俺達が言うのもどうかと思うけどさ」
『……そうだね』
そもそも、誠志たちは非合法の航空機を用いて、避難するように指示されている空域で勝手に待機している。おまけに、根本的に無免許運転だ。
人工知能が勝手に操作しているとはいえ、それを製造した責任は道具に人権を認めない現行法では誠志に帰結するだろう。
「……まあ、もういいんだけどさ」
眼下には、再生を続けている大型の列車、のようなものが見えていた。
正しく言えば円筒形なのだが、これがとんでもなく大きい。間違いなく、今まで戦ってきた中で一番大きい兵器だろう。
廃村近くの山林に再生しつつあるそれは、既に大量の木々をなぎ倒しながらその重量を示しつつある。
下の側から段々と、上の部分が積み重なるように再生する様は、一種遠い場所から転移しているようでもあった。
「レヒテ、実際どうなんだ?」
『警察やその他のヘリコプターがこちらへ向かっているようだね。どうやらこのヘリは、別の用事で近くにいたから早かっただけみたいだ』
「そうじゃないと困るな……」
日本の警察は、どれだけ動き出しが遅いのか、ということになってしまう。
実際、そうこうしているうちにかなりの数のヘリがこちらへ向かってきた。
『そこの報道ヘリと、未登録の航空機、こちらの誘導に従いなさい!』
と、安全区域への誘導をはじめようとしていた。
当たり前と言えば当たり前だが、こちらを警告なしで撃墜、ということはないらしい。
実際、キューブがレーザー兵器を搭載していた以上、どう考えてもここにいるのは危険である。
再生が終了次第、何をしてもおかしくないのだ。航空機など速やかに離脱するべきである。
だがそれは、製造者や戦闘経験のない相手の事情である。
「……で、本当に大丈夫なのか?」
『大丈夫だよ、アレ単体なら遠距離攻撃……というか地対空攻撃はできないから』
『アレはあくまでも突撃するだけの兵器だ。あの巨体で加速し、周囲を攻撃性バリアで覆い……突撃する』
「呆れるほど単純だな。そんなもんなんで作った?」
『単純だからこそだ。大きければ大きいほど再生の予兆から完全復元までの時間を要するが、逆を言えば大きければ大きいほど完全破壊までの時間を必要とする。それが何を意味するのか、分からんわけではあるまい』
つまり、レヒテと同種の兵器を装備した兵士たちが守る街を、攻略するために製造された、ということなのだろう。
本来、単独でこれに挑むのは無謀極まりない事だった。
たかが、一般人が。
偶々偶然、強力な兵器を宿しただけの分際が。
つい最近になって、強くなりたいと思っただけの男が。
学業のついで、人生のついで、社会で暮すついで。
その程度の認識で、人生を奉げる覚悟もないくせに、鉄火場に身を晒す。
それは、とても愚かなことなのだろう。
『……む、やっぱりか』
レヒテのレーダーは新しい復活の予兆を観測していた。
ある意味当たり前かもしれない。
同じ戦場に投入された兵器が、同じ場所で、ほぼ時間差なく復活するのは。
小型であるがゆえに、バトンよりも高速で復元し、こちらへ向かって攻撃を準備するのは。
「いきなり大丈夫じゃなくなったじゃねえか」
『不測の事態は何時でも生じるものだ。だからこそより多くの戦力をそろえた物が勝つ』
『戦場ではいつも予想外の事が起きる。だからこそ最後まで諦めないことでそれを起こす』
「まったく……作りすぎだって言ってたのに……これ、俺要らないじゃんとか思ってたのに……!」
不完全な破壊。それによって、一万年前からよみがえった兵器。
攻性防衛兵器、クロワサン。
防性防衛兵器、エトワール。
「なんでこんなに蘇ってるんだよ……! 多すぎだろう!」
『すまない、激戦で……完全破壊ができなかったんだ』
『まあ当たり前だな』
「開き直るな!」
片や、戦闘機ほどの巨大な三日月。
片や、戦車と同等の大きさの巨大な星。
超古代文明の都市を打ち破るために製造された兵器であるバトンを護衛し、目的に達せさせるために作り上げた、攻城兵器を護衛するための兵器。
それが、数十ほども再生し、活動を開始した。
クロワサンは三日月の突端部分の中間を輝かせ、再生を終えつつあるバトンの背に乗って、その先から破壊の輝きを放ちはじめた。
エトワールはその星の体を赤い輝きで覆い、そのまま再生を続けるバトンの周りを周回し始めた。
バトンが都市に向かうことを阻もうとする戦士を、クロワサンが殺す。エトワールは身を挺してバトンを守る。
こうして、盤石の布陣を形成して、ゴーシェの製造者は文明を破壊しようとしていた。
『な、なんでしょうかアレは! 危険です、見るからに危険です! 我々取材班は、指示に従いこのまま退去を行い、避難します!』
今更のように、報道ヘリは逃げていく。
それはきっと正しい判断だった。
遅い、という一点を除けばだが。
『ヘルメットをかぶっている彼は、そのまま待っています! そのまま、以前のようにあの兵器を、破壊するつもりなのでしょうか!』
退避しながらも、アナウンサーは迫真の報道を続ける。
しかし、その彼女たちの前に、無情な物が浮かんでいた。
即ち視界を遮る、赤く輝く星だった。
『こ、攻撃でしょうか?! これは、兵器による我々への、攻撃でしょうか!』
アナウンサーが恐怖し、動転し、そう思ったのも無理はない。
赤く輝く巨大な星が、自分達を追うように現れていたのだから。
しかし、第三者目線で見ることができていた、避難誘導しに来たヘリは違った。
彼らは見たのだ、赤い星があのヘリコプターの後ろに来るとほぼ同時に、赤い破壊の光が三日月のうちいくつかから放たれ、阻まれたのだと。
そう、赤い星は赤い三日月からヘリを守ったのだ。
そして、それ以上に異常なのは、大量の赤い星が森の中から現れて、まるでバトンを覆うように展開されたこと。
そして、それは小型ヘリにまたがっているヘルメットの男にも言えることだった。
『我はかつてアレを製造した。が、今の我にアレを統べることは叶わない。なぜなら、我が創造主と我が揃って、初めてマスターとして認証されるのだから』
ゴーシェの製造者は、ゴーシェを最悪の戦略兵器として生み出した。
そして、一番最悪の状況を想定する。すなわちゴーシェを含めて、製造した兵器が敵にわたることをである。
世界を滅ぼす軍勢を運用できるのは、制御できるのは、支配できるのは、即ち自分だけでなければならない。
例えゴーシェを製造者の手から切り離し、それを誰かが運用したとしても、既に稼働している兵器は悉く制御できなくなるだけである。
誰もが自分に従うしかなくなる、そんな状況を作るために、彼は制御プロテクト、マスター認定をがちがちに固めていた。
『我はアレを支配できぬ。だがそれだけだ、我が機能に一切の欠落は無い。むしろ、この時代の兵器の概念を取り入れることによって、性能は向上しているといっていい』
非常に今更だが、レヒテやゴーシェがそうであるように、文明の発展による科学技術の発展は即ち兵器の性能の向上である。
そして、現在の人類が知る歴史がそうであるように、局地的に覆すことが可能であっても、文明の差はそのまま戦闘の結果に帰結する。
例えどれだけの数、どれだけの練度のある兵士たちをそろえたとしても、たった一機の爆撃機には太刀打ちできない。
では、文明が同等水準ならどうか。
考えるまでもない。同等水準ならば、数が多い方が勝つに決まっている。
レヒテからエネルギーの供給を受けることができるゴーシェならば、現地で復活した兵器を確認してから、速やかに大量生産を行うことが可能だった。
『さて、且つ手我が生み出した兵器たちよ。この文明を滅ぼすことは我らの創造主の意向に反するのだ。故に……我が力の前に屈するが良い』
大量に生産し、森の中に潜ませておいた同数以上のクロワサンとエトワール。
バトンを除く兵器は、既に再生産され、当然のように誠志とゴーシェの指揮下にあった。
『数には数か……お前らしい、嫌味な手だ』
『そう拗ねるな。そんなことよりも、バトンは流石に同数以上造ってもどうなるものではない。お前の出番だ』
『ああ、分かっているよ……行こう、誠志!』
「ああ、俺の出番だ!」
本来、生きるということは戦うという事。
戦うということは、生きるか死ぬかという事。
かつての戦士達と違い、誠志には余りにも経験や才能が欠如している。
レヒテを使用していた戦士も、或いはその同僚も、多くの試練を潜り抜けてその資格を得ていた。
もしかしたら、こうして戦うこと自体が傲慢なのかもしれない。
運が良すぎた結果、身に余る力を得てしまっただけなのかもしれない。
「さあ、ヒーローの仕事だ!」
だが、それがヒーローの本質でもある。
生真面目とは言い難くとも、平穏に生きてきただけなのに。社会と既に繋がりがあり、しなければならないことが沢山あるのに。戦う力と戦うべき敵が現れてしまった。
手に入れたのは、誰でも使える兵器。最強の歩兵兵装と、最悪の戦略兵器。
それを手にした彼は、かつての憧れを形にするために、身を投じる。
必要なのは、戦う意思。難しいのは、道を踏み外さないこと。大切なのは、人を守ること。
それができるのならば、両手に力を宿す彼は、紛れもなく英雄だ。
「いくぞ!」
『ああ!』
レヒテが小型ヘリを疾走させる。
その彼に向って複数の防衛兵器が起動する。
あの戦闘ユニットと、その装着者を破壊しろと。
バトンはようやく修復を終えていた。既に近くに市街地を発見している。そこに向かって、進む準備も終えている。
白い機体から赤いオーラが薄く機体を覆い、下部から大量の車輪が現れて回転しだす。
多くの木々をなぎ倒しながら、人の営みを破壊しようとする。
「動き出した!」
『ならば破壊できるはずだ』
『言われるまでもない!』
その目的を完遂させるために、クロワサンとエトワールが機能を発揮しようとした。
クロワサンが破壊の輝きを放ち、エトワールがその進路をふさごうとする。
だが、それは叶わない。彼らは既に、なにもできない。
確かにクロワサンの砲撃はレヒテでも防御に専念せねばならず、エトワールはレヒテでも完全破壊には時間がかかる。
だが、だから何だというのだ。既に大量の展開は済ませている。
愚策も愚策、しかし王道。単純すぎるほどに、相手の数を圧倒して飽和させてしまえばいい。
誠志の命令に従うクロワサンが大量の射撃をバトンに向けて放つ。
それに対して、ほぼすべてのクロワサンがバトンを守るべく身を挺する。
しかし、足りない。かつて生産された『壊され残り』は、今しがた生産されたものより少なすぎた。
どれだけ高性能でも、カバーできる範囲は知れている。
雨あられと降り注ぐ赤い弾丸を、赤い星は防ぎきれていない。
守るべきバトンへ着弾していくそれを、彼らは被弾しながら見過ごすことしかできない。
このままなされるがままでいいものか。バトンの背に乗っているクロワサンは大量の砲撃によって反撃した。
当たればいい、それで問題は解決する。少なくとも、誠志が廃村や山林に配置したクロワサンの数を減らせば、まだ勝ち目はある。
少なくとも、バトンが不完全であれ破壊されるまでの時間を稼ぐことができる。
自らも被弾しつつ、抵抗として放たれる赤い弾丸。当然ながら自分達を傷つけた弾丸と同じそれは、明らかに砲撃で撃墜しきれないエトワールによって防がれていた。
明らかに、数が違う。彼らがカタログスペックを発揮しても、同数以上の相手には当然の結果にしか至らない。
これが、永久機関と再生能力の限界。致死性兵器ではあっても、生産能力のない彼らは一定以上の力を出すことができない。
それを一度上回られれば、それはそのまま敗北を意味するのだ。
「レヒテ、ゴーシェ! 行くぞ!」
『ああ!』
『任せろ』
風を切って、誠志が駆ける。
高度を落とし地表すれすれを走る彼は、自分のエトワールによって身を守りながらバトンと並走していた。
相手がどのような技術で動くとしても、所詮は列車モドキ。車輪を潰せば、歯車に異物を噛ませれば、再生能力を持とうとも正しく駆動できるわけがない。
「『『ブレイクハープーン!』』」
右手の力を左手に供給し、兵器を生み出す。
左手の兵器を右手でつかみ、破壊の力を通しながら投擲する。
さながら、左手の掌から槍を抜くように、誠志の背丈よりも巨大な槍が生み出される。
青い光を帯びたそれを、誠志は狙いを定めるまでもなくバトンの車体に投擲した。
薄いバリアを鋭く貫き、そのまま内部の構造物まで貫通し、その内部で固定されていた。
それによって、貫かれたその部分の車輪が完全に停止する。
他の駆動部によって今もバトンは動き続けるが、その加速は収まっていく。
『駆動部は十か所ありそれぞれで独立している。行動不能になるまで、あと五か所にこれを刺す必要があるぞ』
『バトンの狙う街までの所要時間は、後五分だ! それまでに止めてくれ!』
「わかった!」
命をかけた戦いとは恐ろしいものである。
自分の命だけではなく、他の命も守らねばならないならなおのことに。
「二つめ!」
命だけではない、彼らの財産や公共の街をも、被害が出ないように抑えなければならない。
それによって失われるものは、命と違うとしても、大きいことに変わりはない。
「三つめ!」
失敗すれば、きっと叱責が待っている。
成功したとしても、謂れのない糾弾が待っている。
「四つめ!」
しかし、それはきっと何をしても待つことであり、何もしなかったとしても待っていること。
それならばせめて、自分の信じることに奉げたい。
「五つめ!」
攻撃と防御の右。
創造と支配の左。
破壊と防衛の青。
生産と侵略の赤。
そして、日常と理想。それらに優劣も善悪も存在しない、有るのは人がその機能を持った道具をどう扱うのか。害とするのか、益となるのか。
少なくとも誠志は……正義の味方になりたかったのだ。
『これでもう、バトンは加速できん。あとは慣性の法則に従ってゆっくりと減速するのみ』
『すでに五本のブレイクハープーンによって、バトンの完全破壊に向けての準備は整った! 真正面から、撃ち貫くんだ!』
「ああ!」
加速する、小型ヘリ。
原則を始めたバトンを抜き去って、その正面に回り込む。
再び、誠志は自分の左手から槍を抜き放った。
それは、投擲するための槍ではない。
それは、中世の騎兵が馬上から敵を付き殺すための突撃槍だった。
『ブレイクランスだ、好きに使え!』
『ブレイク……チャージ!』
「いっけええええ!」
レヒテから供給された青い光が槍の切っ先からほとばしり、更には小型ヘリさえも包み込んで。
一条の矢となって、鏃となって、三人は貫いていく。それは淡雪が解けるようにではない。青い砂が、嵐に吹かれて散っていくような光景だった。
通り過ぎた後には、クロワサンが残るのみ。
『対都市兵器、バトン。完全破壊完了』
その言葉にどれだけの意味があるのかわからないが、レヒテは役割を終えた槍を砕きながら、そうつぶやいていた。
青い光を払い、低空飛行から一気に上昇していくと、やはり残存したクロワサンから射撃される。
それは誠志に従うエトワールによって防がれていくが、やはり未だに脅威は残ったままだった。
「あとは残敵処理か……こっちのクロワサンに完全破壊の機能は持たせなかったのか?」
『繰り返すが、レヒテや誠志が望む結果にはならなかっただろうな』
『そういうことだ、横着せずに最後まで戦おう!』
「ああ、そうだな」
バトンが残した、破壊の痕跡を見る。
それは、街中に突入すれば余りにも多くの物を破壊したであろう、背筋の凍る破壊痕だった。
そして、この兵器はようやく永遠の眠りについた。
誠志は、レヒテやゴーシェと共に街を守り抜いたのだ。
「よし、最後まできっちりぶっ壊すぞ!」
『ああ、その意気だ』