『仕事』と『生活』
「ねえねえ聞いた?」
「うん、今日の各教室で余計なこと言うなって先生が指導するんだって~~!」
「そりゃそうだよね、あんなことになっちゃったし……」
「なあ、お前その時何処にいた?」
「電車、止まっちまって大変だったぜ」
「俺ショッピングモールの中。建物の中から出るなって言われてさ~~」
「なあなあ、動画投稿サイト見た?」
「ああ、再生数凄かったよな」
「アレすげえよな……」
「アレ、どこの国の兵器だ?」
「馬鹿かお前、異次元からの侵略者に決まってるじゃん」
「だよな、あんな兵器作れるんなら、とっくに世界征服してるよな」
「あの兵器……なんであんな所に現れたんだ?」
「さあ?」
「だっておかしいだろ。あんな所に現れても、意味ね~~だろ」
翌々日、普通に投稿した誠志はやや複雑な心境だった。
確かに世間が自分に注目している。このクラスに限らずテレビや新聞でも、もちろんネット上でも本格的に取り上げられている。
あの兵器は何なのか、あの兵器を倒した奴は誰なのか。そんな世間からの脚光を、注目を受けることで承認欲求が満たされてもいる。
だが、それ以上に大きく心を絞めていることがある。
クラスの中に、誰も座っていない椅子が五つもある。
どうやら、誠志が助けたあの五人は、クラスメイトだったらしい。
というか、自分に告白してきた鈴木と、その友達だったようだ。
「全然気づかなかった……」
『もう少し気にしようよ……』
『どうでもよかろう』
というか、登校できていない理由が、入院しているからだというので罪悪感を感じていた。
正直、あの後遊びに行ったときは『今日もヒーローしたなぁ』ぐらいの上機嫌さで、とんでもなくお楽しみだったのだが……。
しかし、助けたつもりの彼女たちが、全員入院中とは。これはヒーロー的にアウトである。
『俺って、ちゃんと助けた気になっただけだったんじゃ……』
『それは気に病みすぎだよ。強いて言えばゴーシェが気に病むべきなんだ』
『それを言うならお前の判断が遅れたことを気に病むべきだろう』
もちろん、誠志自身戦闘中は極めて真面目だったし、最善を尽くしたという実感もある。
仮に何度かやり直しても、あれ以上の結果はあり得なかっただろう。
だが、それはそれとして、彼女たちは入院するような目にあったのに、自分は気楽に遊びほうけていた。
『これはちょっとヒーローではない気がする』
『いやいや、背負い込みすぎだよ。君は戦士であって、医者じゃない。君はなすべきことを成して、専門家に託した。そこから先は、僕たちが立ち入っていい領分じゃない』
『その通りだ、お前はあのキューブを破壊した。その際の周辺被害も極力抑えた。そこから先は、お前たちが気にすることではない』
そんな擁護を両人工知能はしている。
考えてみると、誠志はいつもこんな感じだった。
レヒテもゴーシェも、大抵の場合自分を肯定してくれる。
それは誠志がものすごくどうでもいいことで毎度悩んでいるからだ。
「はい、お前ら全員座れ」
担任である男性教師が入ってきて、そのまま非常にまじめな話が始まった。
その内容は、やはり休日のショッピングモールに関することだった。
少なからず、この場の全員にとって他人事とは言えない場所である。
「一昨日、近くのショッピングモールで、兵器騒ぎがあったな? その件で、ウチのクラスの女子五人が軽度のやけどを負って、入院している」
矛盾した内容だった。
それは確かにその通りで、ニュースでも報道されている通り。
彼女たちは救助され、治療を受けている。
しかし、軽度のやけどを負った程度なら、入院など不要なはずである。
「入院とはいっても、学業に負担は無い。直ぐにでも退院はできるそうだ。だが、知っての通り彼女たちはマスコミから追い回されている」
当然だった。なにせ今回の兵器はレーザーを撃ってきた。それが兵器として実戦レベルだというのなら、どう考えても地球水準ではない。
何もないところからチリが集まるように現れた、という点を除いてもあり得ないことだった。
そんな兵器があるのなら、あんな無人機に詰まれるわけがない。試験作というには数があったし、目立つ割に対して政治的に意味がない場所に放り込まれた。
悪戯目的以外では犯行声明も発表されておらず、テロとも思えない。
そもそも、多くの人を殺す為ならあんなロボットよりも爆弾を使うであろうし。
つまり、分からないのだ。レーザーや四足歩行機能がある無人機というのはギリギリ現実性が存在し、しかし大人の常識では理由付けができない。
もしかしたらどこかの国の秘密兵器かも知れないが、そうじゃない可能性の方が高い。
もっと言うと、ヒーローらしき奴の方がよくわからない。
分からないことだらけなので、彼女たちは好奇の目にさらされているのだ。
「保護者の方からのご要望もあって、見舞いなどは一切禁止。病院にも近づくな」
体面だのなんだのを考えないとしても、教師たちは彼女たちの精神が心配だった。
たとえ病名が付かない心理的な負担でしかないとしても、『同じ学校に通っている生徒の方』からの『彼女達の状態』がインタビューされるだけでも、彼女たちが気に病むかもしれない。
そう思うからこそ、この学校はある意味常識的な対応をしていた。
もしかしたら彼女達がどこかの誰かから狙われているとしても、それを調べるのは警察の仕事であって教師の仕事ではない。
教師の仕事は、あくまでも彼女たちの健やかな学業のサポートを行う事のみである。
よって、彼女たちが完全に巻き込まれた立場と信じて、帰る場所を用意するのみである。
「マスコミやネットに、余計なことを言わず、書き込まない。クラスメイトが訳の分からないことに巻き込まれたんだ。そのぶん、何もしない、触れないということで力になってほしい」
※
「ってことがあってさ」
「そうか、そりゃあ大変だったな」
「傷が残らなくて良かったわねえ……女の子ですもの」
夕食を終えて、テレビのニュースを見ながら安藤一家はくつろいでいた。
ニュースでは特別番組が組まれて、キューブについて議論している。
『ですから、まずありえないんですよ。レーザーの原理自体は存在していますし、そこまで難しいものではありません。問題は、あの大きさの兵器に搭載できるということと威力です』
『と、おっしゃいますと』
『まずレーザー本体の大きさや重量もそうですし、あの機体は自走していますし、さらに言えば内部電源のみで動いています』
『それが、ありえないと』
『あの大きさの兵器が、機械の塊が機敏に動かせるほどのモータや、それを支えることができる電源など、現在の人類の技術を大きく超えています』
『では、他の兵器だと?』
『いいえ、他の形式でもありえません。はっきり言って、四足歩行とはいえここまで俊敏に動ける機械は存在しません。加えて……この正体不明の男の、その右手でレーザーを受けていますね? 光速で動くものを受けることは無理なのですが……』
『なにやら、バリアーの様な……失礼』
『いいえ、そうとしか言えません。はっきり申し上げて、双方ともに現在の科学技術を大きく超えています』
「褒めてもらってるわね、レヒテ君」
『恐縮です』
今更だが、バリアーって何だろう。そりゃあ実物を見れば、科学者としては無理だとか存在しないとしか言えまい。
バリアーってウチの研究所の実験室レベルなら可能ですよ、とかならいよいよ日本はすげえという結論になるところだった。
『ですが、僕は最強の戦闘ユニット。まだこの時代、この文明の兵器には負けられませんね。戦士の誇りにかけて』
「いやあ、かっこいいなあ」
呑気に褒めている父親。まあ、確かにカッコいい台詞である。
そもそも、超古代文明の出土品という時点で、それはある意味当然だ。
現代の科学水準を大きく超える科学技術があるからこそ、超古代文明と呼ばれているのだし。
現代の科学技術より劣っていたら、それは普通に古代文明であろう。
『それで、この男性に関してはどう思われますか?』
『映像を現場で検証したところ……この方は百メートルを五秒ほどで走っています。つまり……』
『まさか、人型ロボット?』
『可能性はあるかと』
「ねえよ」
的外れな推論に腹を立てる誠志。
まあ、確かに普通の人間です、というのは無理があるわけで。
『ですがねえ……一つ確実なことは、この男性はこの兵器の事を理解しているということです』
『敵対していると?』
『そうかもしれませんが……もしかしたら、暴走した試験兵器を破壊しに来たという可能性もあります』
「おお、大体あっているじゃないか誠志」
テレビの中の専門家の話を聞いて、誠志は困り果てる。
父親の言う通り、誠志自身に非はないのだが、暴走している兵器を破壊しているという点は正しい。
少なくとも、アレを作ったのは誠志の左手であるゴーシェなのだから。
『では、その……』
『予断は禁物ということです。いずれにせよ、警察の調査が待たれるところですね』
何とも言えない気分だった。
TVの向こうの専門家先生は、ぐいぐいと押してくる。
それにしても、自分はどうするべきなのだろうか。誠志は萎えてしまう。
「はぁ~~」
大きくため息をつく。
そうだ、結局のところこうなるとは察しがついていたわけで。
つまりは……予定通りというだけなのだろう。
世間様の好奇の目も、疑惑の目も、こうなるだろうと思っていたとおりである。
『気にすることはないさ、誠志。少なくとも彼らは警戒しているだけだ。君は行動で証を立てればいい』
レヒテは元気づけるが、しかしそもそも行動する気力が萎えているのだ。
世間の人々は無償の善意を信じない、慈善の正義を信じない。
実に健全で、正しい社会体制である。
「やっぱりうまくはいかね~~な~~」
正直、心のどこかで期待していたのかもしれない。
自分の事を手放しで褒めたたえてくれる、都合のいい社会を。
それはそれで不満に持っていたとは思われるので、人間とは誰もが自分勝手な生き物だ。
「まあ最初はこんなものさ、誠志。少なくとも父さんと母さんは、お前が頑張っていることを良く知っているぞ」
「そうよ、皆は褒めてくれないかもしれないけど、母さんは凄いと思うわ~~」
両親の緩い優しさも、この状況ではわずかに心強かった。
この程度でも心強く感じるのだから、人間が安いのかもしれない。
あるいは、それなりに参っているのかもしれない。
無償で頑張っているのに世間に味方がいないのであれば、家庭の理解は嬉しかった。
やはり人間とは自分勝手である。
「ご主人様は、頑張ってますよ~~」
と、どっかの声優の様なアニメ声が聞こえてきた。
今誠志の母に変わって夕食の片づけをしている、出来立てほやほやのメイドロボだった。
「自信を持ってください、ご主人様は、最高のヒーローです!」
「そうか~~~」
なんて安陳腐な言葉なんだろうか。
中身も何もない空虚な言葉なのに、誠志は台所で皿を洗っているメイドロボの空っぽな言葉も、しかし心底嬉しかった。
製造されたメイドロボは、期待通りの効果を発揮していた。
やはり孤独なヒーローには、にこにこ笑って全肯定してくれるメイドが必要な時があるのだ。
頼りすぎると堕落しそうだが、それはそれ。人間は弱いので、褒めてもらわないと悪に堕ちるのだ。
「はぁ~~ヴィジュアルって大事だな~~」
『誠志、冷静になるんだ! アレはゴーシェだぞ! 中身は機械だぞ!』
何とも夢のないことを言うレヒテ。
その危機感は正しいが、そんなことを言い出したら夢が壊れるのでぜひ黙っていただきたい。
大体、二次元の嫁だって紙に描かれた絵でしかないし、人間だって一皮むけば人体模型だ。中身が気持ち悪いのはどっこいどっこいである。
大事なのは、夢とロマンだ。それは踏み入ってはいけない絶対領域なのである。
「くっくっく、甘いな、レヒテよ……お前は何もわかっていない」
アニメ声で、メイドロボが傲慢な物言いをする。それは何とも恐ろしいはずだった。なにせゴーシェは実際に文明を一つ滅ぼした兵器なのだから。
だが、全く危機感がわかない。
むしろこれはこれでありだな、と思えるあたり人間とは簡単な生き物である。
『なんだと?!』
「人間には各々に許容範囲があるが、その範囲内なら中身など気にせずに好意的にかかわることができる。なぜかわかるか?」
『……』
「金銭的に負担がなく、有害な行為をせず、周囲に対して積極的でないならば、欠点も美点として扱われるのだ」
なんというか、誠志は自分がとんでもなく小さい男なのではないだろうか、と疑い始めていた。なぜなら、その理論に対して一切の反論ができなかったからだ。
世間のヒーローというものは、例えヒロインが世界を滅ぼす可能性を秘めていたとしても、世界もヒロインも両方救う、両方を愛する度量が求められるところだ。
ある意味誠志も似たようなものだが、生憎とゴーシェは全く無害である。というか、誠志には無害なのである。
ヒーローではないが、魔王とか悪魔とか、露骨に人類に対して有害な存在も可愛いとかそんな理由でかばう主人公は多いが、その気持ちがあっさり理解できていた。
まあ、そういう主人公は金銭的負担も踏みとどまったり、有害なメシマズでも笑顔で耐えたり、周囲に対して積極的でもフォローしたりするのだが、それは彼らがイケメンだからだろう。
そうした要素が無くて、ようやくある程度萌えられる自分は、やはりヒーローではないのかもしれない。
しかしまあ、メイドロボットはその根幹として身の回りを世話してもらうために制作するのである。
態々あえて、意図して欠点を付与したらそれは被造物にとっても迷惑なのではないだろうか。
永久機関や再生機能があるのに金銭的な負担が生じたり、人工知能や温度センサーなどがあるのに料理を失敗するように作ったり、どう見ても色々怪しいのに外に出たがるとか、そんな『欠陥品』をあえて作る方がおかしいのだろう。
そう考え得ると、やはりある程度自由に楽しくやっているゴーシェが、そのままメイドロボを操作してくれる方が気が楽だった。
ちゃんと家事手伝ってくれてるし。
「いやほんと……ゴーシェのおかげで結構救われてるよ」
『な……ゴーシェが救い?! 馬鹿な!』
誠志はうかつなことを言ってしまったらしく、レヒテの人工知能を著しく傷つけていた。
世界を守るために世界を滅ぼす力を与えられた兵器は、世界を支配するために世界を生み出す力を持った兵器が誰かを救ったことに驚愕していた。
『ゴーシェが救いだと……誠志を幸せにしただなんて……そんな』
「おい、レヒテ。対抗意識を燃やすなよ……」
「そう言うな、誠志よ。我ら人工知能にそれを言うのは酷というものだ」
食器洗い乾燥機を使用してきっちりと夕食の片づけを終えた、ゴーシェが操作するメイドロボ。その機体はゆっくりと歩み寄り、誠志の隣に座っていた。
「基本的に、我ら人工知能は人間に目的をもって生み出されたのだ。故に、その目的を達成することを至上としている。一種の価値観と言っていい。それはつまり、共通として人間に役立ちたい、価値ある道具でありたいという欲求を抱えているのだ」
『文明を滅ぼしたお前がよく言うものだ!』
「何を言う、我が創造主の望みをかなえること、それが我が存在意義。ただそれだけの事を、よくもまあ……」
なんというか、感情的なレヒテの方が正しい気もする。それは気のせいで、ゴーシェの方が正しいのだろう。
「要するに、我らは基本的に勤勉なのだ。しかし我は新しく文明を興すという製造目的を、我が創造主の意向をくみとって中止している。そちらのレヒテは、我や我が生み出した兵器の破壊よりも、現在の装着者の意向を優先している。お互い十分に存在意義を果たしているとは言えず、故に暇を持て余しているのだ」
まあ、そうだろう。
誠志は普段の学業に加えて緊急出動があるので忙しいのだが、二つの人工知能は普段暇を持て余しているのだ。
「とはいえ、我と違ってレヒテは戦闘ユニットだからな。戦闘ではともかく、日常ではほぼ役になど立たない」
『……それはいいことだ。僕は本来抑止力としてあるべき危険な兵器だ。僕が機能を発揮せずにことが治められるなら、それは喜ぶべきことだ』
何とも信念のこもった言葉だった。
確かに手柄を目当てに積極的に戦闘を推奨する人工知能など、おっかなくて仕方がない。
「その通りだ……そういうことでこの戦略ユニットが新しく製造した機体によって、新しい役割を得たことにも一々反応などするな」
そう言って、ゴーシェはにっこりと笑って誠志の手に自分の手を重ねていた。
天然ものと変わらない、きめ細かい生まれたての肌。
それが、誠志の初心な心にはクリーンヒットだった。
なんだ、コイツ意外と童貞を満足させる方法をわかっているぞ。
「いい……」
「ふふふ……」
顔がやや赤くなるのを感じる。
これの中身がアレであるという点を除いても、誠志は穏やかな暖かさを感じずにはいられない。
おそらく、ゴーシェは一種のマニュアルに従って行動しているのだろうが、そのマニュアルがきっちりしているのだろう。まったく不満が無い。マニュアル万歳である。
そう、余計なアレンジなど不要。マニュアルとはすなわち王道なのだ。
ここで変に女の武器を使われても、対応に困るのである。
例え何をしても許される機体であり、中身が極悪非道の戦略ユニットだったとしても、童貞にはこれぐらいの甘酸っぱさが心地いいのだ。
あんまり消極的になられると何をしていいのかわからなくなるが、この程度に向こうから接してくると、この距離間のたまらなさにほんわかしてしまうのだ。
もう世界なんてどうでもいいんじゃないか、という心境である。
「ご主人様は、本当にお優しい方ですね……可愛い」
「あ、ああ~~~」
マニュアル通りの言葉を聞いて、それでも誠志は喜びに満ち溢れていた。
しかし、その一方でなんか罪悪感を感じる。
今も、自分が助けきれなかった学友五人は、世間から好奇の目で見られることにおびえているのだ。
良いのだろうか。
こんなことしてて。
ヒーローとして、どうなのだろうか。
「あのさ、父さん、母さん……聞きたいことがあるんだけど」
誠志が語ったのは、極めて根源的な問題だった。
即ち、彼にとっての理想のヒーロー像。つまりは、ヒーローに求められる品格の話である。
自分が助け損ねたクラスメイトが怪我をして入院しているのに、こんなメイドロボと戯れていいのだろうかと。
「なるほど……」
「誠志は真面目ねぇ……」
流石は社会人、既に通り越した葛藤なのか、真摯に受け止めた上で回答をしてくれているようだった。
寄り添っているゴーシェのメイドボディを振り払えぬまま、誠志は両親の話を聞いていた。
「なあ誠志。お前はしきりにヒーローとして、とか言ってるし、思っているようだが……そもそもお前が思う条件をすべて満たしたヒーローっていうのは、具体例は挙げられるか?」
「それは……」
誠志が思い描く、理想のヒーロー像。
それは具体的にだれか、と聞かれると回答できない。
確かに一部を全うしているヒーローはいるが、自分の掲げている理想を全て全うしているヒーローは思いつかないし、ヒーローもたまには失敗をする。
それがある意味ではリアリティでありリアルなのだと、誠志は分かっている。
ヒーローとはあくまでも人間であり、役職であり、舞台装置であるデウスエクスマキナではないのだ。
そんなことは、まあ、分かっていることだ。
「お前は、皆のために戦っているヒーローがいて、その人が自分の家でヌイグルミで遊んでいたら、一気に嫌いになって馬鹿にするのか?」
それは、まあ、正直ショックだろう。あまり知りたくないことである。
だが、おそらくその手の秘密は、知らないでいるべきなのだと理解できる。
きっと、探る方が悪いのだろう。
「それは……」
「お前は、それを知って馬鹿にしている奴らをどう思うんだ?」
「馬鹿にする奴を軽蔑するよ」
「ならいいだろう、気にするな誠志」
安藤一家の大黒柱、安藤蒼海は息子にゆったりと諭していた。
「世の中には他人の欠点を見つけてあげつらい、それを指摘している自分が上等な人間なのだと、思い込みたがる輩は沢山いるんだ」
それは、誠志よりも長く生きて、見たくない物も見てきた男の言葉だった。
長く、家族の生活を支えてきた男の言葉だった。
「下手に出なきゃいけない人に大声で叫ぶ人がいる。逆らえないと分かった上で無茶を言う人がいる。そして、そんな人たちは大抵、私生活ではろくなもんじゃない」
そんな連中は、大抵可哀想な連中なのだ、と彼は語る。
そんな性格をしているから人間関係が上手くいかないのか、人間関係が上手くいかないからそんな性格になったのか。
おそらく、どちらも存在しているのだろう。
「誠志、お前は最初、兵器の足元にいた彼女たちがクラスメイトだと気づかなかったんだろう? それは確かに薄情かもしれないな。だが……それでもお前は迷わず助けることを選んだ。父さんは、それだけで嬉しい」
全く無関係の人たちを、感謝の言葉も求めずに助けて去る。
助けることができて良かったと、それだけで満足して帰ることができる。
対価を求めずに、自分でなすべきことを決めて成し遂げる。
「誠志、お前はヒーローだが学生だし、子供でもある。ヒーローを仕事だと思っているのなら、プライベートは切り離せ」
「プライベート……」
「お前はあの窮地から彼女達を救った。そこから先は警察や病院、学校や保護者の仕事だ。そこから先に踏み込むのはヒーローの仕事じゃないだろう?」
まあ、そうかもしれない。
誠志は警察や軍隊にも倒せない相手を倒し、守り抜いた。だとしたら、そこから先は社会に任せるべきなのだろう。
「そして、お前はヒーローのプライベートを許すならな、お前もお前自身の日常を許してやれ」
「ヒーローのやるべきことは終わったんだから、後は何をしてもいいって?」
「ああそうだ。お前はみっともないことを、この家や部屋の中でしてもいいんだ」
そう言って、父は息子に許しを与えていた。
まあ、そうかもしれない。
いや、きっとそうなのだろう。
「そうよ、誠志。そんなこと言ったらお医者さんなんてどこにも行けないし、買い物だってできないじゃない」
「それは、まあそうだけど……」
「誠志は本当に真面目ね……でもね、ちょっと硬く考え過ぎよ」
※
団欒を終えて、誠志は自室に戻っていた。
やはりというべきか、ゴーシェが作成したメイドロボも一緒である。
とはいえ、既に『彼女』の今日の業務は終わっているのだから。
「そんなに、俺は考え過ぎか?」
誠志にしてみれば、当然の懸念だった。
リアルではない創作の世界で、ヒーローの資格を持ちながら闇に堕ちるもの達は、些細な慢心や優越感で道を踏み外していった。
それを警戒して、常に正しくありたいと思う自分は、そんなにおかしいのだろうか。
彼女達を放置して、そのまま遊んでいた自分は間違っていたのではないだろうか。
余りにも、薄情が過ぎたのではないだろうか。そういう気のゆるみが、悪の道への第一歩なのではないだろうか。
「なあ……ヒーローってそうあるべきじゃないのか?」
少なくとも自分が要救助者で、助けてもらった後病院で治療してもらって、その間ヒーローが遊んでいたら、それはもう色々と興ざめだと思うのだが。
興ざめっていうか、色々思うところはあると思うのだ。
『くだらん、お前は母親の言っていたことを聞いていなかったのか?』
『ゴーシェに同意したくはないが、お母さんのいう通りだ。確かに戦士にはある程度のモラルが求められるし、そう戒めている君は正しい。だが、君の目標は高すぎる。水準が高すぎるんだ』
「そりゃそうだけどさ」
確かに、医者や医療従事者が誠志のように考えて動いていたら、確実に駄目になるだろう。
人間はそこまで高い意識を持ち続けることはできないし、仮にできたとしても実際の仕事の水準にどの程度の影響があるかなど分からない。
もっと言えば、モラルの程度はともかく一定以上の数は絶対に必要で、厳選が過ぎれば従事者も患者も、双方が大きく負担を受けるだろう。
水準に達しているのなら、患者側もある程度の事は許容できるはずだ。
究極的には、さっさと治してほしいというのが本音であろうし。
「でもさ……なんか、こう……自分を軽蔑するというかなんというか……」
父親の言う通り、自分が定めた水準を、他の誰かに押し付けるつもりは一切ない。
一生懸命頑張っている人が、私生活でどんな趣味を持っていても、探ることも問題視することも、どちらも問題があると思う。
しかし、だからと言って、自分が積極的にそういう感性になることも、モラルハザードになりそうなのだ。
『誠志は大分潔癖だな』
「そうか? まあ、そうかもだけど……」
『お前の懸念はよくわかる。要するに、自分が反社会的な行為に身を染めることを恐れているのだろう』
「まあ、ざっくりいうとその通りだな」
『普段から自制し、他社からの監視を意識することで、それを避けたいと』
「うん、まあ……」
相変わらず、妙にこちらの事を察していく戦略ユニット。
その言葉はまさに正しかった。
実生活で、そこまで『意識高い系』なことはなかったのだが、自分に宿った力が強大であることを意識する中で、『先人』の失敗を強く意識しすぎていた。
『しかしだ、お前はある前提が抜けているな』
「なんだよ」
『その失敗例はなんだ? 列挙できるか?』
「……アニメやマンガや、ラノベです」
言われてみれば、まあそうの通りなわけで。
少なくとも誠志は、自分の行動を箇条書きにして列挙して、それを公衆の面前で発表しても恥じない生活を送ろうかと思っている節がある。
しかし、その教訓は全部アニメかマンガで、歴史上の偉人ですらない。
如何に権力や武力を得た者が、道を踏み外すのはよくあることとはいえ、そもそもヒーローという言葉自体がそうした創作物を前提にしているともいえる。
「……まあ、そりゃあさ、俺は自分をヒーローだと思って行動してるけどさ……」
ヒーローだと思って行動している、というのは間違いだ。
誰かから文句を言われたくない。父親の言う通り、文句をつけてくる相手に突っ込まれたく無くて、そんな相手におびえながら行動している。
それが、どれほどヒーローから遠い事か理解しながら。
「ヒーローは反社会的とは言わないけど、非社会的だからかな……」
衆目を気にしすぎている。余りにも卑称で矮小で、薄弱な精神だった。
それでもいいと思っていた。それでも、それでも実際にそうした輩がやり玉にあげるような、どうしようもない連中になるよりは、マシだと思っていた。
それは、違うのだろうか。実際には、気にし過ぎだったのだろうか。
『お前は、よくやっている』
メイドロボを介さない、ゴーシェの言葉。
それは、しかし、それなりには嬉しいものだった。
『お前はこの文明の、この文化の中で育まれた精神性によって、高いモラルをもって行動している。かつて我が製作した兵器を破壊した後で、お前がどう振る舞っても、お前の評価は変わらない。変わる必要性が無い』
『そうだ、誠志。君は高潔で勇敢だよ。僕たちを使用して彼女達を助けた後、君が何をしても誰も咎めることはできない。咎める人が、心無いだけだ』
自分の両手が、自分の両親の言葉を肯定していた。
誰よりも自分の行動を見ていた彼らが、正しく自分を褒めてくれていた。
彼らに評価されたところで、承認欲求は満たされない。そう思っていたが、事実は違っていた。
自分には、理解のある両親がいて、心強い両手があるのだ。孤独とは程遠いヒーローだった。
『君に届かなくても、何度でも言うよ。君は凄い戦士だ、だから自信を持っていい。君は強いとか弱いとかを抜きにして、素晴らしい戦士だ。他人の目を気にしながらも、いつだってそれに恥じない自分であろうとしている。それが少し行き過ぎているところはあるけども、そこは欠点ではなく美点だよ。その上で言うよ、誰かに何かを言われても、それは気にするようなことじゃない』
穏やかに点滅する、両手の赤と青。
二つの知性が、今まで言っていたことを繰り返す。
『君は、誇っていいんだ』
「……うん」