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『右手』と『左手』

 かつて、この地上に現代の文明を越える技術を持った、『超古代文明』が存在していた。

 その文明は、まさしく楽園と呼ぶにふさわしい世界を作り出していた。

 誰もが笑顔で、誰もが幸福で、誰もが満ち足りていた。

 あらゆる病は駆逐され、あらゆる恐怖は除去され、あらゆる脅威は追放されていた。


 しかし、その文明が現代に痕跡を残していないということは、即ちその世界も永遠ではなかったということである。

 繁栄を謳歌していた文明は、しかし外敵でも天災でもなく、その文明で生まれ育った狂気の科学者によって滅ぼされた。


『この世界は間違っている。一度滅ぼし、やり直すべきなのだ』


 狂気の科学者は、『人体接続型戦略ユニット:ゴーシェ』によって、その超古代文明を支配しようとしていた。

 それも、極めて直接的な暴力によってである。

 彼の計画は周到で、栄華を誇った都は瞬く間に滅亡しようとしていた。

 彼は楽園の文明を一度滅ぼし、自分が生み出した物だけで文明を産み出そうとしたのである。


『お前が間違っている。この世界は、滅ぼさせない』


 狂気の科学者は、政治、経済、食料生産、知識の蓄積。それらの重要拠点を破壊していくが、しかしそれを止める戦士たちがいた。

 一人、また一人と倒れていく中で、『人体接続型戦闘ユニット:レヒテ』を装着した戦士達が最後まで彼に抗おうとした。


『お前は自分が何をしようとしているのかわかっているのか。もう既に手遅れだ、この文明は滅びるぞ』

『だったら、せめてお前だけでも倒す!』

『そんなことをして何になる! 確かに多くの命が失われたのだろう。だが、まだ多くの命が残っている。彼らを救いたいならば、私に従え!』


 戦士が科学者の前にたどり着いた時、既に古代の文明は破壊しつくされていた。

 人々はこの地上で、未開の人々と同様の生活を行わなければならない状況に陥っていた。

 そう、科学者に従わない限り。

 文明を焼き尽くした狂気の科学者には、まだゴーシェが残っていた。

 ゴーシェがあるならば、この地上に再び文明を築くことが可能だった。

 だが、戦士は止まらない。今この瞬間、科学者の前に立つために多くの命が失われたのだから。

 最後に残った戦士は、仲間や家族のために、どうしても引くことができなかった。

 そして、二人は戦い、相討つ。

 

『人体接続型戦略ユニット:ゴーシェ』

『人体接続型戦闘ユニット:レヒテ』


 この二つの兵器は互いに破壊しあい、そして装着者さえも痕跡も残さずに打ち砕きあった。

 それはつまり、双方にとって最悪の結末に至ったということ。

 人々の支配をもくろんだ科学者は死亡し、文明を存続させようとしていた戦士は文明を守り切れず。

 その結末を知ることができなかった超古代の文明人たちは、楽園から茨の野へと歩きださねばならなかった。


 そして、悠久の時を越えて、二つの兵器は自己復元を終えようとしていた。

 あらゆる機械を生産することができる『人体接続型戦略ユニット:ゴーシェ』

あらゆる物質を破壊することができる『人体接続型戦闘ユニット:レヒテ』

 現代に甦る二つの兵器は、宿された人工知能によって行動を開始しようとしていた。

 即ち、人間に接続し、互いを破壊しようとしたのである。


『我はゴーシェ、支配のために生み出された兵器』

『僕はレヒテ、防衛のために生み出された兵器』


『レヒテを破壊せよ、世界を支配するために』

『ゴーシェを破壊するんだ、世界を守るために』


『我は汝の左手、あらゆる兵器を産み出す左手』

『僕は君の右手、あらゆる物質を破壊する右手』


 正に運命。相反する性質を持った兵器は、全く同じ時代に甦り、争おうとしていた。



「だそうです」

 そして、それに取りつかれた少年、安藤誠志。

 彼は自分の左手に宿ったゴーシェと、右手に宿ったレヒテを自分の両親に見せていた。

 一体何の冗談だろうか、自分の両手に敵対している人工知能を搭載した兵器が装着されるなど。

『さあ、レヒテを破壊せよ』

『さあ、ゴーシェを破壊するんだ』

 右手と左手がケンカをしていた。ケンカというか、お互いを破壊するように推奨していた。

 なんともシュールな状況に、誠志は参っていた。なんでこんなことになってしまったのか

 なんで学校から帰っている途中で、こんな訳の分からない物にとりつかれなければならなかったのか。

「へえ、レヒテとゴーシェか。いいなあ、父さんも昔はそう言うのが欲しかったよ」

「お母さんもよ、そう言うのって憧れるわよね~~」

 夕食前に団欒している両親は、自分の息子の両手がしゃべりだすという異常事態に対して、とても好意的に受け止めていた。

 お互いを破壊しろと命じ合う左手と右手。その状況を羨ましがっていた。

「父さん、母さん! これ腹話術じゃないし、マイクを体につけてるわけじゃないんだよ?!」

 椅子を蹴って立ち上がり、そのまま机をたたいて抗議する息子。

 はっきり言って、もう少し深刻にこの状況を受け止めてほしかった。

 これだけわかりやすく激高しているのに、目の前の両親は椅子に座ったままである。

「いやいや、でも父さんは医者じゃないからね」

「これって、保険効くのかしら」

 誠志の両親は、息子の手の甲をぺちぺちと叩く。

 彼の左手には輪の様な異物が、右手には『×』の様な異物が、それこそ手の甲全体にわたって存在している。

 特殊メイクをしているわけで無し、時折点滅するそれが人工物であり外科的に内部へ無いりこんでいることは確実だった。

 仮に息子へとりついているものが超古代文明の何かでなくとも、手術が必要そうなことは見るからに明らかである。

 それを理解しつつ……両親は深刻には受け止めていなかった。

 こういうものもあったわよね~~とかそんな軽い調子である。

「もっと真剣に考えてよ、父さんも母さんも!」

『その通りだ、これは世界を支配するために必要なことなのだから』

『ああ、これは世界を守るために必要な事なんだ』

「違う、そういう問題じゃない!」

 なんで左右の手がしゃべりだすという、極めて単純かつ深刻な状況で、親が親身になってくれないのか。

 それこそ、救急車を呼ぶか自家用車で病院へ運んでもらいたいところである。

「俺にとっちゃな、お前らみたいなのが両手にくっついてるのがまず問題なんだよ!」

 彼らの言っていることが全て本当でもでまかせでも、とにかく自分の両手が意に反して喋るだけでも大問題だった。

 そもそも、夜眠れるのか同かも怪しい。このままの調子で口喧嘩でもしようものなら、それこそ安眠妨害も甚だしい。

「まあまあ、おちつけ誠志」

 当然の困惑でいら立つ息子を、父親はとりあえずなだめた。

 とりあえず、興奮したままでは話がまとまらない。

「それで、人体接続型戦闘ユニットのレヒテ君だったっけ」

『はい、そうです』

 流石は社会人、まずは双方の意思確認から始めていた。

 幸い、双方ともに会話は成立している。会話ができるということは、つまりは交渉ができるということだった。

 それならば、まずは何をしたいのか聞くべきである。

「それで、ゴーシェ君を壊したいそうだけど、具体的にはどうやって?」

『もちろん、左手ごと私が壊します』

「ふざけんな!」

 如何に右利きとはいえ、左手が吹き飛んでもかまわない、という気概は持ち合わせがない。

 というか、なんでついさっきとりついたばかりの怪しい機械に、自傷を推奨されて快く請け負わねばならないのか。

 もちろん死ぬよりはましだが、それでもそんなことをしたいわけがない。

『君はこのゴーシェがどれだけ危険かわかっているのか? 僕を産み出した文明は、コイツによって遺跡も残らずに滅ぼされたんだぞ!』

「とっくに滅びた文明よりも、俺の左手の方が大事だ!」

『状況を理解してくれ、これは君達の為でもあるんだ。後悔してからでは遅いんだぞ!』

 確かにさらっと聞いただけでも、このレヒテを以前装着していた戦士が、どれだけ苦労して相打ちをしたのかわかるというものだ。

 だが、そんなのはこいつらが言っているだけであって、覚悟できるわけもない。

 正直に言えば、こいつらはただ喋っているだけなのだ。

 それで何を脅威に思えというのか。

『ふん、所詮貴様は戦闘ユニット、破壊することだけが取り柄だな』

『なんだと!』

 右手のレヒテを嘲るように、左手のゴーシェが自己アピールを始めた。

 ゴーシェが何を言うとしても、レヒテの案を採用することだけはあり得ないので、ある意味勝利が決まった交渉ではある。

「じゃあゴーシェ君、君はレヒテ君をどうやって破壊するつもりなのかな?」

『切り落として吹き飛ばす』

「同じじゃねえか!」

 むしろ、切り落とされる手が利き手な分、更に悪い。

 利き手とそうではない手、どちらを選ばねばならないのだとしたら、それは議論の余地がない。とはいえ、なんでそんな決断を高校生がしなければならないのか、心底疑問である。

『逸るな、装着者よ。我が能力は創造だ』

「俺の右手を作ってくれるのか」

『高性能な義手を構築してやろう』

「嫌だよ!」

 まあ、相対的に考えてマシだ。レヒテの場合は片手を失えという提案だったが、ゴーシェの提案は片手を機械に変えろというものなのだから。

 しかし、例えその片手がどれほど高性能だったとしても、失うものは余りにも大きい。

 やはりどちらも切り落としたくない、というかそんなことで悩みたくなかった。

 というよりも、片方を切り落として破壊しても、どのみち片方が残るではないか。それでは根本的に解決ができない。

「機械の右手か、カッコいいじゃないか」

「ねえねえ、ビームは出るの? それともドリル?」

 息子に起きてしまった異常事態。それに対して、両親の反応はどこまでも呑気だった。

 息子が改造人間になり、機械の右手からビームをぶっ放したり、ドリルで何かを掘削させたいのだろうか。

『可能だ』

「可能でも不許可だ!」

 ビームが撃てる右手など、一体人生のどのあたりで役に立つというのか。むしろ、足を引っ張るばかりであろう。

 というか、ビームやドリルが役立つ人生などまっぴらごめんである。

 親からもらった大事な身体、それを親が推奨するからと言って切り捨ててい訳が無い。

「もういい! 病院行く! この手を手術してもらう!」

『一応言っておくが、この時代の科学技術ではどのみち切除せねばならんぞ』

『ゴーシェの言う通りだ、この時代の技術水準では、僕たちを安全に切り離すことはできない』

 憤る誠志を、二つの人工知能は一致した意見で止めていた。

『我らは神経と接続している。故に、我らを切り離すなら神経を切除する必要がある』

『君達はまだ、再生医療は一般に普及していないんだろう。切除した腕を再生する技術がないなら、おすすめはできない』

 冷や水を浴びせられた誠志は、無言で自分の手の甲を曲げてみたりした。

 人差し指と小指の付け根をつまんで、軽く手の甲を変形させてみる。

 何とも言えない手応えがあり、二つの人工知能の発言が正しいと直感してしまっていた。

 それはつまり、皮膚を剥がす程度の簡単な手術ではないという事。

 むしろ、どんなに医療が発達していたとしても、相当の期間不自由をするということだった。それも、両手とも。

 別に甲子園を目指す高校球児というわけではない。

 しかし、だとしてもこれは無い。余りにも酷すぎる。

「へえ、本格的だな~~」

「もう体の一部なのね」

 呑気な対応をしている両親に対して、ツッコミを入れる気力もない。

 喋っているだけが害とはいえ、息子が超古代文明何某の戦争に巻き込まれてしまったというのに、この呑気さは何なのか。

 世の無常、哀しみに前が見えなくなりそうである。

「それで、レヒテちゃんもゴーシェちゃんも、どっちもお互いが嫌いなのよね?」

『当然だ、レヒテとその装着者さえいなければ、我が創造主の願いはかなっていたのだから』

『ふざけるな、あれだけの人を殺して、多くの人の生活を壊しておいて!』

『何を言う。死者が蘇るわけで無し、あの時点でお前達は負けを認めるべきだったのだ』

『お前になんて、誰が従うか!』

『そうやって意固地になった結果があの始末だ。確かに我や創造主はあの文明を滅ぼし、多くの命を奪った。だが、生き残った者たちを保護することよりも、我らを討つことを優先し、結果的に殺したのはお前達だ』

 母親の質問を皮切りに、口喧嘩を再開する両人工知能。

 何とも空しい言い争うだが、しかしその二人へ母親は確認する。

「じゃあ、なんでケンカしないの?」

 言われてみれば、確かにその通りだった。

 誠志に宿ったユニットは、どうやら文明を滅ぼしたり、或いは文明を滅ぼした相手を滅ぼすだけの力があるらしい。

 しかし、二人ともマイクで言い争うばかりで、一向に戦わない。

 相手を破壊するように頼むばかりで、主体的に実行しようとしていなかった。

『当然だ、我らはあくまでも人体接続型ユニット。接続している人間の意志に反することは実行できん』

 なんとも、当たり前すぎる回答が帰ってきた。

 確かに、このユニットとやらも人間が作った物なら、その程度の安全機能はつけていて当然だった。

 そもそも、勝手に動くなら人体接続型ユニットである意味がない。積極的に誠志に宿ろうとしていた時点で、この機械に主体性がないことは明らかだった。

 どれほど強大な力を持っているとしても、許可がなければ何もできないのである。

 つまり、誠志が許可しない限りただうるさいだけの機械なのだ。それでも十分面倒だが。

「……なあお前らって本当に凄いのか?」

 正直に言って、現状二つのユニットは喋る以外の機能を発揮していない。

 これなら、自分の体にインプラントされている、という一点を除けば現代の科学でも可能だった。

 なにせ、小型マイクを自分に仕込めばいいだけなのだから。

 もちろん、この二つのユニットが真価とやらを勝手に発揮されても、それはそれで困るのだが。

『確かに、これでは僕やゴーシェの性能がわからず、危険性もわからないだろう』

『違いないな、では我が性能、有用性を示すとしよう』

 ちかちか、と左手の輪が点滅した。

 それが何を意味するのかは分からないが、次に出した言葉は中々挑発的だった。

『この家の文明レベルは中々だ。だが、足りないものがある。なんだかわかるな?』

 左手が輪を中心に輝き、直後装甲に覆われた。

 ただそれだけで、このゴーシェが凄まじい性能を持っていることがわかる。少なくとも、現人類にこれを再現するだけの技術は無いだろう。

『奥方、不満に思ったことはないか。労働力が不足していると』

 それを聞いて、他ならぬ誠志は驚いていた。

 というより、とても興奮しているようだった。

「労働力って、まさか!」

『くくく……我が機能である『製造』は兵器に限らぬ。かつて文明を滅ぼす決断を我が主が下したのも、我が機能があってこそよ』

 ゆっくりと、赤を基本とする装甲に覆われた手袋が輝きだした。

 その手のひらから、じわりじわりと機械が生み出されつつあった。

「すげえ……無から有が生まれてる」

『しかり、見るがいい、我が機能を!』


 三十分後


「おい、なんだこれ」

 一時間が経過したわけなのだが、左の手のひらから出来上がったものは、机の上に乗っていた。

 ありていに言って、電子レンジやオーブンより少し大きい程度の機械だった。

『見ればわかるだろう……労働力の不足を補うための機械、つまりは自動化……『食器洗い乾燥機』だ!』

「メイドロボ出せよ!」

 無から有が生まれた、それは凄いと思う。

 だが、これはなんだ。無から有を産み出しておいて、出来上がったものが食器洗い乾燥機って。

 確かに労働力の不足を補えるだろうが、これはない。

 こんなもの、そこいらの家電量販店に行けばお手頃な値段で一般家庭でも購入できる。

 確かに有用だし凄いと思うが、夢がない。なさすぎる。

「あらあら、凄いじゃない! 確かに欲しかったのよ!」

 誠志の母は大喜びだった。確かにゴーシェの機能があれば、今後は家電を買い替え放題である。

 モノが自動車などなら流石に不安だろうが、食器洗い乾燥機程度なら不安なく使用できるだろう。

「私、乾燥できる洗濯機が欲しいの」

『くくく、たやすいことだ。三時間もらおうか』

「ふざけんな!」

 誠志は結構な時間を、机の上で過ごしていた。

 それというのも、じわじわと左手から製造されてくる機械が出てくるのを待っていたからだ。

 この上さらに待つとなると冗談ではない。

 凄いのは認めるしもはや疑う余地はないが、しかし時間がかかりすぎだ。

 これを作った奴は、何を考えて文明を滅ぼしたのだろうか。

 洗濯機を出すのに三時間かかる左手で、どうやって文明を再興するつもりだったのか。

「あら、コレ水を入れるホースは付属しているけど、電源プラグが無いわよ?」

『問題ない、水は流石に必要だが……それは第一種永久機関で動いているからな』

「熱力学の第一法則に反するもので、食器洗い乾燥機を動かすな!」

 第一種永久機関、それは無尽蔵にエネルギーを生み出し続けるという夢の機械である。

 もちろん、熱力学の第一法則に真っ向から反しているので、原理的に存在するはずのないものだった。

 確かに存在するなら完全に超古代文明か、或いは宇宙人の産物である。

 しかし、そんなもので食器洗い乾燥機を動かさないでほしい。

『我が文明では、第一種永久機関は一般に普及していた技術だ。当然我らもそれを動力源としている』

「そうなの?!」

『そうだ、僕たちは確かに第一種永久機関を搭載している』

 この時代では永久機関など、特許庁が審査を拒否するほど申請され、しかも失敗している代物である。

 要するに絶対に不可能とされている物なのだが、確かに小型化して普及しているのなら、家電にだって組み込むだろう。永久機関とは要するに、永久に使える電池なのだから。

 理屈は分かるが、しかしそんなもんを内蔵した家電を製造されては困る。これではロマンもへったくれもない。

「というか、永久機関があるのに家電作るのに三時間……」

『お前は永久機関を何だと思っているのだ、永久機関とは一定のエネルギーを常に生産する機関だ。一定時間中に取り出せるエネルギーは限られている』

 定格出力が決まっている、ということなのだろう。

 この場合の永久機関とは、常に決まったエネルギーを取り出せるというだけで、いくらでも際限なく無尽蔵にエネルギーを生産する、というわけではないようだ。

「じゃあお前すごくないだろ。どうやって文明を滅ぼしたんだ?」

『ゴーシェの恐れるべき機能は、如何なる機械でも生産できるところだ。文明を崩壊させる爆弾さえ、その作り方を入力されていれば作成できる』

「そりゃあ凄いが……作るのに時間かかりそうだぞ」

『爆弾を作る機械を生産すればいい。ゴーシェはそうやって倍々に戦力を増やせるんだ』

 レヒテの説明を聞いて、ようやく彼が何を恐れているのか、或いは以前にどうやって文明を滅ぼしたのか理解した。

 確かに永久機関を内蔵した機械を何でも作れるなら、機械の完成品よりも機械を量産する機械を作った方が早い。或いは、完成品を作る機械、をさらに量産する機械を作る、という頓智のようなことも可能だろう。

 時間が経過するごとに自動的に大量生産していくなら、これは確かに倍々ゲームだ。

「もしかして、永久機関で生産したエネルギーを質量に変換しているのか?」

 誠志はいよいよ掌のこれがわからなくなってきた。

 物理法則を守っているのかいないのか、いい加減はっきりさせてほしい。

『どうだ、ゴーシェの危険性が分かっただろう。さあ、破壊するんだ!』

「うるせえ! 要するに俺が何もしなけりゃ悪さなんかできないんだろうが!」

 レヒテの気持ちもわかるが、少なくとも誠志にやる気がまったくない以上、これはただうるさいだけだ。

 少なくとも誠志には、この時代をどうにかしたいという大望は無い。

 というか、普通にこの第一種永久機関を売り出せばいいだけだ。それだけで巨万の富が手に入ることは想像に難くない。

 革命するほどの理想も、決起するほどの覚悟も、反抗するほどの鬱憤も持ち合わせがないのだ。

こうして巨万の富が手に入る当てがあるのなら、なんで率先して悪事を働かねばならないのだ。

『どうだ、これで信じることができるだろう。我に義手を作る性能があることをな!』

「食器洗い乾燥機じゃなくてメイドロボを作ってから言え」

「まあまあ、これで食器洗いが楽になるわ~~」

 自分の息子の手を切り落とす云々の話をしているのに、なんで家電が無料で手に入ったことを喜ぶのか。

 それなら自分が手伝うから、それを捨ててほしいところである。

「まあ、助かったし便利なのは分かった。危ないのもな」

『わかってくれたか……それじゃあ僕を使ってゴーシェを壊してくれ』

「お前を残すメリットを教えろ」

『君達の文明を守るためなんだよ?!』

 右手のレヒテは損得で考えるな、と説得してくる。

 確かにこの左手のゴーシェが世界を滅ぼそうとしたら、それこそ取り返しのつかないことになるのだろう。

 はっきりと言えば、レヒテは守るべき文明が残っていないのに、善意でこの文明を守ろうとしている。そういう無償の協力者にメリットを語れというのは余りにも無体だ。

 だが、この場合支払われるのは自分の左手だ。この上なく明確に、誠志は損をするのである。

 もちろんどこかにいるゴーシェを倒せ、と言われたら頷くのか、と言われると否だが、それはそれとして自分が何もしなければそのまま世界の安全が保障される状況で、なんでそんなことをしなければならないのか。

「こっちとしては、お前らの電源の落とし方だけでも聞かせてほしいよ。ミュートでもいいから」

 なんだか、話し合っているうちに馬鹿馬鹿しくなってきた。

 両親が深刻そうに受け止めていないこともそうだが、基本的に自分が何かしようと思わないと何も壊せないし何も作れないのだ。

『……熟慮が必要だというのであれば黙るとしよう』

『唐突な話だ、無理もない。考える時間は必要だろう』

 一応人工知能らしく、所持者の以降は汲むらしい。

 それなら積極的な自傷は控えて欲しいところだ。

 というよりは、お互いがお互いを破壊したいと思う一方で、お互いの所在と所持者を把握しており、何をしてもすぐに把握できる状況というのが大きいのだろう。

 所持者である誠志を困らせては、自分の方を破壊されかねない。それが一番困ることだからだ。

『では、しばし黙るとしよう。なに、人生はそれなりに長い。我は焦らぬ』

『―――ただ、これだけは言わせてほしいんだ、誠志君』

 言うべきことがある、と右手のレヒテは相手を破壊するわけでも、自分の有用性を示すわけでもないことを言おうとしていた。

『僕は戦闘用ユニットだ』

「それは聞いた、だから何だよ」

『はっきり言うと、僕にはレーダー機能がある』

 そりゃああるだろう。

 その手のゲームをやる誠志としては、その手の機能の有無がどの程度意味を持っているのか、実体験でよくわかっている。

 食器洗い乾燥機を見て思ったが、超古代文明とやらは文化的にはこの世界とそう変わらないらしい。

『僕はゴーシェとゴーシェが製造した戦闘機械を破壊する使命を帯びているんだが、そのレーダーにゴーシェ以外で反応がある』

「……マジで?」

 それはつまり、この時代に甦った兵器たちは両手の二つだけ、というわけではない。

 ゴーシェが文明を滅ぼすために生み出した兵器が、その索敵網に引っかかっているということだ。

「そうか、そりゃあ大変だな」

「どうしましょ、怖いわぁ」

 まるで付近に殺人犯が潜伏しています、というTVを見た時の反応をする両親。

 しかし、確かにそれは恐ろしい事だった。少なくとも、うるさいだけの両手よりはよほど深刻である。

『この時代、この文明は確かに進歩しているが、僕たちの時代にはまだ追いついていない。仮に一体でもゴーシェの製造した戦闘機械が暴れ出せば、恐ろしい被害が生じる』

『確かにな。文明を滅ぼすことはできないだろうが……永久機関によって継続的に暴れ続けるだろう』

 深刻そうに受け止めているレヒテに対して、どうでもよさそうにしているゴーシェ。

 その温度差は余りにも露骨だった。それは立場情仕方ないのかもしれないが。

「そんなに強いのかい?」

 興味深そうに誠志の父は訊ねていた。

 正直に言って、永久機関を実現している超古代文明の兵器である。どんなことができても不思議ではない。

 少なくとも、千年前の人間に核爆弾の恐ろしさを語っても理解されないという確信がある。文明の差は、そのまま兵器の差につながるのだ。

『兵器の規格によって、性能は異なっている。だが、この場合厄介なのは破壊力ではなく再生機能だ』

『これは我らにも言えることだが、我らの文明で生み出された道具は、程度はともかく再生能力を持っている。戦闘用に生み出されたのであればなおのことな』

「そりゃあ大変だ」

「そうね、すぐに何とかするべきね」

 両親ののんびりとした反応を受けつつ、誠志は面倒なことになった、と絶句していた。

 それでは、この二つのユニットが黙っても何の解決にもならない。

『ゴーシェの機械は、この時代の文明を破壊しようとするだろう。それを破壊できるのは僕を装着している君だけだ!』

「……い、嫌だなあ……」


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