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放課後のゼラニウム  作者: ふへへ丸
第1章
2/4

父親

 この学校には昔はよく使われていたという『別館』が北校舎の向かいにある。しかし、ここ何年かは全く使われず今は立ち入り禁止の看板さえ立つようになっていた。

 別館と言ったらこの学校の七不思議の一つである。そのせいなのか、あの別館には過度なオカルト好きか命知らずしか足を運ぶ者はいない。俺は未だその別館には入ったことがない。興味は全くなかったのだが、ここ最近妙な噂があるのだ、、、


 「ねー聞いた?またあれが出たんだって」

 「えー、、、また出たの?怖ーい」


 クラスの女子たちが顔をゆがめながら話す。ここ最近噂になっている七不思議の一つ、長い髪の女が放課後の別館に姿を現すという事である。大抵の七不思議は誰も信じない、実際に俺は入学時に美術部の先輩に聞かされた七不思議を右から左に聞き流していた。それは俺だけに限らない、ほかの生徒も同じだ。その噂以外は、、、


 「なー、お前はどう思うよ?」

 

 そう声をかけてきたのは、高校の入学式の時に出会ってそれから少し話すようになったクラス委員の大倉さとしだった。そして同じ美術部である。


 「そんなことより、この間貸した筆早く返せよ。もー筆買ったのか?」


 「分かってるって! そのうち買うから」


 毎回そんなことを言っている気がする。こいつがなぜ筆すら持っていないのに美術部に入ったのかには理由があった。それは、、、ある女の美術部の先輩のせいである。


 俺がその彼女のことを知ったのが美術部に入部した時ではない、6月末に開かれた国立美術館の展覧会に彼女の絵が飾れていたときである。俺は懐かしさをその絵に感じた、そしてその絵の描き手がこの学校の美術部の先輩である橘明日香だったのだ。


 そして俺の前にいる加藤は入学式で橘明日香に一目惚れをして、美術部に入っているわけである。

本当に馬鹿な話だ、と言ってやりたかったがあの絵を見たせいか俺はまだグダグダと美術部を辞められていない。俺も大馬鹿野郎である。



 美術部での活動は、放課後になると美術室に移動して次の展覧会に向けて絵を書き始めている者や、基礎の基礎を教えてもらう者、絵の題材を探しに外に写真を撮りに行く者などがいる。それは個人の技量による。

 

 そういう俺は、名目上は外で絵を描きに出ているということにして、父の友人だった人の喫茶店でサボっていた。


 「今日もサボりか」


 と、店長で父の友人であった真木おじさんは少し呆れながら言う。でも、おじさんは拒むこともなくそっとコーヒーを入れてくれた。この時間帯になると人はあまりいないのでよくこうして店に来て時間を潰している。


 「おれさー、、、もう絵描くのやめるかも」とつぶやいた。


 カウンターでコップを拭くおじさんは「あーそうか」とそっけなく返事した。俺はそのあまりに感情のない返事に「それだけ、、、」と言い顔をふせた。


 おじさんは黙ったままカウンターの奥へ行って、少しすると一つの大きな絵を持ってきた。


 「これは?」


 おじさんが持ってきたその絵は少し色がにじんでいるが何か懐かしい気持ちになった。


 「これはお前の父さんが若いときに描いたものだよ。もうこんなに汚くなったけどいい絵だよ」


 そう聞いたとき「あ、やっぱり」と思わず口にした。この絵には一人の女性が泣きながら笑っているという不思議な絵であった。なぜ父はこんな絵を?


 「お前さんが絵を描く理由はなんだ?」

 

 俺はおじさんのその問いに答えることができずにその日はそのまま家に帰った。

 確かにその絵には懐かしさはあったもののそれ以外に何も思うことなかった。昔の自分ならなんて答えるのだろうか、分からない。父がその絵に託した思いは何だったのか


 自分の部屋のベットに座り、机の上にある一つの写真立てを見る。金賞の賞状を持つ小学生の自分とその横で笑う父が写る写真である。写真に写る父もこの頃の自分はもういない。


 「・・・・・・」

 

 俺はベットから立ち上がり前々から用意していた封筒を引き出しから出し、黒いマジックペンでその封筒に『退部届』と小さく書いた。

 絵描きも美術部も辞めることを決意した。


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