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「【デブリス遺跡大迷宮】に行くわよ」
シャノは俺が投げたタオルを受け取って、それで汗を拭いながら言った。
さて、ところはそのままで『みちしるべ』の裏庭である。
彼女が運動し足りないということで、一人でハルバードの型の練習をし始めて一時間。
得物をぶんぶん振り回しながら跳んだり跳ねたり舞い踊っているかのような彼女の姿を眺めるのも飽きてきたので、軒先の安楽椅子に腰かけてスケブに筆を走らせていた俺はふと視線を感じて顔を上げる。するとシャノがこっちを向いて腰に手を当てていた。どうやら先の台詞が独り言ではなかったことに気づく。
「あ、いってらっしゃい」
そう応えてあげると、シャノは口をへの字にした。
「なに言ってんの。あんたも行くのよ」
「なんでだよ」
「だって、あたしがその子たちに勝ったでしょ」
彼女が指さした俺の隣には、膝を抱えてうずくまりながら真っ白に燃え尽きているメイメイと、そんな彼女を元気づけようとしてずっと健気に頭を撫でているルイルイがいる。確かに、さきほどのバトルはシャノの勝利に終わった。けれども、それがどうして俺が【デブリス遺跡大迷宮】にシャノと一緒に行くことにつながるのか。
そういえば今朝、【デブリス遺跡大迷宮】に緊急クエストが出ていたなー。そんなことを思い出したが口に出しては言わない。災いの元なので。
「じゃ、そういうわけで、明日現地集合だから」
「ちょっと待てい」
なんかすでに俺がついていくことになっている。おかしい。
「俺は行くと言ってないだろうが。しかも何。明日? 急すぎるだろ。こっちにも予定ってもんが」
「あるの?」
「……まあ、まだ予定ないけどさ」
「なら、決まりね」
「待て待て。確かに予定はないけど、俺の気持ちはイキタクネーワの一点張りなの。だから行かない」
「はあ? あんた自分が言ってることわかってんの? こんなに可愛い女の子に誘われることなんて、あんたの人生で今のが最初で最後かもしれないのよ? そのチャンスをみすみす不意にするなんて。信じられないわ。…………なんで付いてきてくれないのよ」
「いや、だって。どうせ今日のアップデートで出てた緊急クエストの件なんだろ?」
あ、言っちゃった。
すると図星だったようで、シャノの頬が緩む。
「あたり。あんたも報酬、見たでしょ」
「【アルカナ秘涙石】だったな、確か」
「そうそう。あたし、前から秘涙石で作った首飾り欲しかったのよねー。だから、受けようかと思って」
「ふうん。いいんじゃない?」
「でも、クエスト難易度がA+だったでしょ? つまりクエスト受注制限があるのよ」
「知ってる。プレイヤー七人以上かつ、みんな上級職以上のパーティ編成じゃないと受けられないんだろ」
「そうよ。それで、ね? あたしのギルドメンバーで仲が良い上級職の人間は五人だけなのよ」
「え? あんたにも仲が良いやついたんだ」
「どこに驚いてんのよっ!」
「いや、驚いてない。安心しただけ。あんたこの前ソロだったからさ。色々言っちゃったけど、あとからよく考えたら、もしかして友達いなくて仕方なくソロやってるのかなーと。だったら悪いこと言っちゃったかなーと」
「い、いるわよっ! 友達なんか、吐いて臭くなるほどいるわよっ!」
それは友達ではなくゲロなのでは?
そう思ったけど、シャノの剣幕が怖かったので指摘はしない。それに俺も他人に言えるほど、友達いないし。っていうか、よくよく思い起こすと仲は良いけど、メイメイやルイルイは妹みたいなポジだし、マゼンタさんやミューさんは友達と呼ぶには大人すぎて恐れ多いからノーカン。そうなると友達と呼べるようなやつはビブリオくんくらいしかいなかった。まあ、でも、腹を割って話せる人間なんて一人いれば十分かもしれない。
果たしてシャノにはそんな人間いるだろうか。この性格だからなー。誤解されやすい言動にくわえ、容姿が可愛いだけに、敵も多いのではないだろうか。俺は勝手にそんな分析をする。




