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「うっ、なにも見えないじゃないもぉーっ!」
イラついてる。イラついてる。濃霧の中でシャノが地団太を踏む音が聞こえる。
「ああ、憐れっ! こんな姑息な手を使ったって、美少女剣士シャノーラさまに通用するとでも思ってるのかしらっ!」
彼女はそう叫ぶと、こちらも範囲魔法スキルを使うための詠唱に入った。程なくして、濃霧の中に黒く光る魔法陣が浮かびあがるのが垣間見える。そして――――。
「――――っ、【フィールドクリアリング】っ!」
ズドン。地面を何かが穿つ音。
そして、吹き荒れる豪風。
周囲を覆っていた白い霧が、黒く光る魔法陣に吸い込まれていく。
まるで掃除機だ。
しばらくすると、濃霧は完全に消え去ってしまう。あとには魔法陣の中心でハルバードを地面に振り下ろしていたシャノが残るだけ。彼女は勝ち誇ったような笑みでハルバードを肩に乗せると、そばにいたおさげの女の子を見やった。
「あたしの勝ちね」
シャノは、そのおさげの女の子――――すなわち、童貞を殺す服に白ケープ、そして大錫杖を手にもった女の子にゆっくりと近づいて行って、ハルバードを振り上げた。しかし、俺は女の子の口元に笑みが浮かんでいることに気づく。彼女は大錫杖をパッと捨てると、インベントリを開いて装備を手甲に変更する。
「オレたちの、勝ちだっ!」
おさげの女の子は叫んだ。メイメイは目を見開いで固まった。そう、なにを隠そう、そのおさげの女の子は、ルイルイではなくメイメイだったのだ。そして、その至近距離ならば、攻撃の出は【拳士】であるルイルイの手甲のほうが遥かに早い。いうなれば、必殺の間合いだ。
双子入れ替わりトリック。
メイメイとルイルイは濃霧に紛れて、装備を変え、髪形を変えて、入れ替わっていたのだった。そして、シャノが、接近戦などできるはずのない【治癒士】であるルイルイだと油断して間合いに入ってきたところを、そのルイルイに化けていたメイメイが叩くという作戦だったようだ。確かに、シャノのHPは、あと一撃【発頸衝破】をまともに食らえば、ぎりぎりで赤ゲージまで減らせるかもしれないというところまできていた。不意打ちの目はもうない、と俺は思っていたが、彼女たちはその機会を作り出したのである。この攻撃が決まれば、ルイルイとメイメイの勝ちだ。やったー。
まあ、仮想現実はそんなに甘くはないんだけれども。
「ほぇっ!?」
メイメイの間の抜けた声。彼女の渾身の【発頸衝破】は、シャノにひょいと交わされてしまったのである。シャノのあの動き、あれは完全に双子が入れ替わっているということに気づいた上で、必殺の間合いに誘い込もうとしていた二人の魂胆を見抜いていた動きである。
「もしかして、オレたちが入れ替わったことがバレていたとでも言うのかよっ!」
「当たり前でしょ。バレバレよ」
「なっ、なんでっ!?」
メイメイの叫び声が虚しく響く。その問いに、シャノは手を顔に当てて本当に飽きれたというふうな深いため息を吐いて俺を見やった。
「ねー。これ、あんたの入れ知恵?」
俺は首を振る。俺が仕込んだのは【ダメージ・エクスチェンジ】まで。推理小説にありがちな双子入れ替えトリックは、たぶん二人のオリジナルだ。俺もびっくりした。
「でしょうね」
「だから、なんでバレたんだっ! HPゲージだって黄色に合わせたしっ、足の傷だってルイねぇに治癒してもらってたのにっ!」
「……はあ。あのねえ」
シャノがハルバードを薙ぐ。すると、メイメイが着ていた童貞を殺す服の胸のブラウス部分が下着ごと破壊されて、中からは大量のパットが吹っ飛んだ。現実は、非常である。いや、仮想現実だけれども。
一瞬きょとんとしたメイメイは、視線を自分の胸に落とす。
「にゃっ!? ひゃぁんっ!」
可愛い悲鳴をあげるメイメイ。顔を真っ赤にして露になった胸を押さえてその場にうずくまった。
「女だったらそれが偽物か本物かなんて、見ただけでわかるわよ。なによ。めそめそしちゃって。そんなに恥ずかしがるようなものは持ってないじゃない。ねえ?」
「俺に振るなよ」
いや、メイメイの名誉にかけて言うが、彼女の胸に小さな膨らみは確かにあった。ただし、彼女の胸があらわになったとき、いつもなら膨らみ先端あたりに入るべき謎の規制反射光が、まったく入らなかったことも事実。つまり、システムによってメイメイのおっぱいは未成年者に見せても不健全ではないと判断されてしまったということになる。
現実は、とっても非情だ。
「それに、まあ、あんたの胸が偽乳だって気づかなくてもよ? あれは無理があるでしょ」
シャノは親指で自分の後方を指差す。その先には、メイメイの格好をしたルイルイがいた。手甲が重いのか手をブラブラさせながら、とてとてとこっちに走ってくる。
いや、なんつーか。すごかった。
「……なに鼻の下伸ばしてんのよ」
シャノがジト目でこっちを見てくる。いや、だってすごいんだもの。色々と。ありゃあ、男だったら誰だって堪らんぜ。
「うわキモ。まあ、いいわ。で? これって、あたしの勝ちでいいのよね?」
俺は座ってめそめそしているメイメイと、彼女の頬にスリスリし始めるルイルイを見ながら考える。どっちも戦意喪失だろう。とくにメイメイのほうが重傷だ。いつも世話になってる分、あとで彼女には最大級のフォローをしとかないと。
俺は心にそう決めて咳払いする。
「こほん。えー。ルイルイとメイメイは棄権ということで勝者――――シャノ」
かんかんかーん。
俺はシャノの右手を掴んで上にあげた。
「やったっ!」
シャノは可愛らしく、あざといガッツポーズを行う。
こうして、第五百六十七回みちしるべ裏庭頂上決戦は幕を閉じたのだった。
「これでトーノはあたしの下僕ね、うふふ」
本当に嬉しそうなシャノの、そんな不穏な呟きを残して。




