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「……ったく、もう。っていうかぁ、シャノーラちゃんをシャノって呼ぶなんて、ちょっと生意気なんですケドぉー。一日ちょっと一緒にいたからって、勝手にあたしと親しくなったって勘違いしないでくれますかぁー。べつにあんたのことなんてあたし、ついさっきまで忘れてて『あ、そういえばいたなこんなやつ』程度なんですケドぉー。っていうか、あんたレベルのキープしてるブ男なんて、シャノーラちゃんには吐いて捨てるほどいるんですケドぉー」
「……あんたがそう呼べって言ったんだろうが」
「うわキモ。記憶のねつ造とか」
シャノはそう言って鳥肌たてたように自分の二の腕をこすって俺から少し離れる。
まー、なんつーか、こっちがドン引きですわ。
「……はいはい、わかりましたよ。シャノーラさん。これでよろしいでしょーか」
「だめ。この期に及んでまだあたしと自分の立場の違いってものがわかっていないようね。なら、教えてあげる。言うなればそうね。月とすっぽんなんてレベルじゃないわ。太陽と、尺取虫よ」
「おーけー。例えについては何も言わない。俺は女の子に対しては心が広いからな。つまり、なんだ。俺はあんたをなんて呼べばいいんだよ」
「ふふ、シャノーラさまと呼べ?」
足を組んで口に手をあてて『おほほ』と高笑いするシャノ。
ちょっとこれは、キレてもいいだろうか。
俺がいい加減、額に青筋を浮かべてると、突如としてバンとテーブルを叩く音が。
見ると、メイメイがそりゃもう恐ろしい形相でシャノを睨んでいたのである。
「ど、どうしたのさ」
あんまり怖かったので、隣で余裕の笑みを浮かべて腕を組んでいるシャノにかわり、うっかり俺が彼女に激おこの理由を尋ねてしまう。
「…………じゃない」
「は?」
「トーノはブ男じゃないっ!」
メイメイは目に涙を浮かべながらシャノを睨んだ。
一時、場が沈黙する。
………………。
あれ? おかしいな。なんか、目から涙が。
そんな、そんな些細な部分で。俺も聞き流していた程度の罵詈雑言。
それに反応してくれるなんて。
やっぱりメイメイは俺のママなのでは?
そう思って俺がハンカチを濡らしていると、シャノがとつぜん噴き出した。
彼女はメイメイを見つめながら犬歯をむき出しにして笑っている。
「ふうん。へえ、なるほどね。そーゆーことね。ま、そーゆーことなら、あんたにも立場ってやつをわからせてあげないといけないわね。あんたがリアルでどんなふーなのかは知らないけど、むだよ。完璧な美貌とプロポーションをもって生まれちゃったこのシャノーラさまには、ぜったいに勝てないんだから。だから、あきらめなさい。こっちは真剣なの。中坊がやるようなオママゴトみたいなやつじゃないのよ」
「…………なっ!? あ、あたし、ちがっ」
どういうわけかシャノの言葉に、メイメイは一人称が変わるほど見るからに狼狽している。マゼンタさんが風呂上りに一杯引っかけながら『あー、オレっ娘もほしいねー。口がすっげー悪いやつがいいわ。メイメイ、キミがやれ。これといって個性ないからちょうどいいんじゃないか?』とか酷いこと言われて、律儀にも彼女がここ一年間演じてきたキャラの仮面が剝がれていた。
「ちが、うもん」
「あ、そう。なら」
シャノがバンと立ち上がって、後ずさりし始めていたメイメイのチューブトップ型アーマーに手を突っ込んで引っ張る。テーブルの上で、額と額をぶつけ合うメイメイとシャノ。何がなんだか俺はさっぱりだけど、とりあえず潜り抜けてきた修羅場の数が違うっていう顔をしているシャノの方が圧倒的に有利っぽい。
「なら、遠慮なくあたし、『貰う』からね。まあ、恨むならあたしと同じものを欲しくなっちゃった自分を恨みなさい」
「……くっ」
泣きそうになるメイメイ。
「ふっ」
勝ち誇ったように笑うシャノ。
そして――――。
ちょんちょん。
肩を指で誰かに叩かれた俺は、そっちの方を振り向いた。




