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「ルイねぇに免じて、今日のとこは許しといてやる。でも次はないかんな。次ヘンなこと言ったら、ぶっとばすかんな」
「はいはい」
「はい、は一回だっ!」
「はーい」
やっぱりメイメイは俺の母さんか何かなのでは?
そう思い始めていると、ルイルイが俺の方にスケブを差し出してきていることに気づく。
見て見て。
そう言って、まるで子供が親に自分が描いたものを見せるような感じでスケブをバッと開けてみせてきた。
「おお、これは」
そこに書かれていたのは、女の子らしい丸っこい小さな数字の羅列。その数字が全て素数であることに気づいたのは偶然、俺も似たようなことをした経験があるからだ。例えば素数を十個くらい並べて書いてニヒルに笑ったりね。
けれども、ルイルイのそれは文字通り桁が違う。スケッチブックの白地が真っ黒になるまでびっしりと素数が書きこまれている。ページをめくると裏にも同様に、さらに次のページの表裏、そしてまた次のページも表裏に。スケッチブック一冊が素数で真っ黒になっていた。最後のページなんか、これ。何桁ある素数なんだろう。数えるのも馬鹿らしくなるほど大きな数になっている。
「すごいなぁ。ルイルイは。これはキミにしかできない作品だぜ」
俺が褒めると、彼女は嬉しそうにえへんと胸を張った。
自分が美しいと思ったものを描きなさい。それを自分が美しいと思ったということを、誰かに覚えておいてもらうために。俺はルイルイにそんなキナ臭い台詞を言って、スケブを誕生日のプレゼントにしたっけ。
ほっこりしていると、ルイルイがスケブを俺の胸に押し付けてくる。
「え? くれるの?」
彼女は頷いた。
「ありがとう。大事にするよ。それじゃあ、よーし。お礼にルイルイには新しいスケブをあげようかな。うーん、でも待てよ。数字を鉛筆でかくなら、クロッキーの方がいいよな。なあ、ルイちゃんや。次は何をかいてくれる予定だい?」
ルイルイがきょとんとした顔で少し思案したあと、人差し指をグルグルと回し始める。さらには身体もグルグル回り始めた。だめだ。わからん。彼女が何を言いたいのか俺がさっぱりしていると、横から助け船が出された。
「円周率じゃねーの。ルイねぇさん、この前リアルの自分の部屋に落書きしてた」
ルイルイがメイメイをビシッと指摘する。どうやら正解のようで、とても嬉しそうだ。なら、やっぱりクロッキーだな。俺はスケブよりも材質は薄くて劣るが鉛筆でなぞるには丁度良く、さらにスケブよりは分厚くて枚数があるクロッキーブックを据え置きの趣味用アイテムボックスから取り出してルイルイに渡す。
彼女は俺が差し出したクロッキーブックをまじまじと見つめて受け取ると、まるで宝物でももらったかのようにギュッと胸に抱いて、にぱっと花のような笑顔を向けてくれた。
「や、どういたしまし……うぉっ」
ルイルイが不意打ちで抱き着いてきたのだ。そして俺の頬に頬ずりをすりすりとしてくる。メイメイの視線がとても痛い。
「ジェラシーはよくないなー」
「は。ルイねぇさんに嫉妬なんて、べつにしてねーよ」
「いや、俺にジェラシーって意味だったんだけど」
「………………あ、」
しまった。
そんな表情で真っ赤になったメイメイは、自分のツインテールを引っ掴んでそれで顔を隠す。こうなってくると、面白くなってくる俺である。
「いやあー、メイメイも俺に頬ずりしたいんなら遠慮なくどうぞ。可愛い女の子にスキンシップされるのは童貞冥利に尽きるからね。ほーら、ばっちこーい」
「くっ、くそだなオマエッ。言ってろクズがっ!」
「あはは」
ぽかぽかとメイメイに殴られるが、マジ殴りではないのでまったく痛くはない。
むしろ二人の女の子をはべらせて、とってもいい気分である。
そんな時だった。
からんころーん。
来客を告げるドアのベルがなる。




