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後日談。
俺が店主を務めている辺境の田舎町の郊外にある雑貨屋『みちしるべ』にて事は起こる。
「よっ、少年。ひさしぶりじゃないか。景気はどうだい?」
その日、わりと常連の憲兵さんがやってきた。
憲兵さんの名前はボイルドさん。
見た目はお髭が渋いダンディな壮年のおっさんであるが、中身はマゼンタさんのリア友で、おじさま萌えの婦警さんだそうだ。俺はカウンター越しに『ぼちぼちでんなー』と返答しながら筆を置いた。
「へえ、今日もまた凄いの描いてるね。それ何ドラゴン?」
会計カウンターからこっちをのぞき込んで、俺がキャンバスに描きかけの油彩画を眺めてボイルドさんは感嘆した。それほど大したものでもないんだけれど、他人から褒められるのはうれしい。というか、恥ずかしい。手早く、保護布で絵を隠しながら俺は頬をかいた。
「一応、ヴァジュラディウスのつもり」
「うひゃー。これまた私には縁のない大物だねえ」
「ボイルドさんも、ダンジョンどうっすか。ガイド料は安くしときますよ」
店をほとんどメイメイとルイルイに任せていたが、昨日でようやく溜まっていたダンジョンガイドの仕事が終わって、今日ひさしぶりに店番におさまってる俺である。そのダンジョンガイドの仕事であるが、五つあった依頼のうちで最深部まで到達できたのは三つ。残り二つも途中棄権だが全員生還できた。とある事情によりタダ働きを止む無くされ、あまり乗り気でなかったにしては、なかなかの成績だと思う。
そんな俺の誘いに、ボイルドさんは首を振った。残念。
「や、遠慮しとく。私には町を守る大事な任務があるのだよ、わはは」
と言いつつも、昼間から憲兵詰所でお酒を飲んでる人なのであった、くてん。マゼンタさん曰く、リアルでは頻度としてはあまり酒を飲まないらしいが、ひとたび飲む時はそりゃもうザルザルだそうだ。まあ、こっちの世界でいくら飲んでもアル中にはならないし、肝臓も悪くならないからなー。仮想現実内で酒に入り浸るのは、酒好きとしては健康的と言っちゃ、健康的な酒の嗜み方と言えよう。
「それで、今日は何をご入用で?」
「もちろん、いつもので」
ボイルドさんがいつも買っていく品一式(主に酒と酒のつまみ類)をカウンター奥から取り出していく。その作業をカウンターに肘をついて眺めていたボイルドさんが、ふと何かを思い出したかのように呟く。
「そういえば、少年。キミも目つきが悪かったね」
「なんで急に俺をディスったんですか」
ちょっと悲しい。
するとボイルドさんは豪快に笑って俺の肩を叩いた。
「わはは、いやなに。最近、というか、もう五、六周期ほど前になるけど、ちょいと不思議なことがあってね」
「不思議なこと?」
「ああ。確かその周期の最終日も最終日。もうすぐログアウトの時間も間近って真夜中に、だ。私が寝酒を嗜んでいると、ふと詰所のドアが叩かれた気がしたんだ。こんな時間に誰だと出てみるとね、なんとそこには――――」
「半裸の美少女でもいたとか?」
「なんでわかったのさ?」
「…………いや、何となく」
「つくづくすごいな、少年」
「それで? 続きはどうなったんです?」
「いやなに、その半裸の女の子は眠っていたからね。仕方ないから詰所のベッドで寝かせてあげて、その周期はそれで終わったんだよ。で、次の周期だ。私は目覚めたその女の子に質問攻めされたわけだ。自分と一緒に誰かいなかったか、とね」
「誰か、ねえ」
「そうだよ。それで誰もいなかったと答えると、彼女は誰かを探しているふうだった。彼女が言ったその誰かさんの特徴は、ぼさぼさの黒髪で、」
ボイルドさんが俺の頭を指差す。
「目つきの悪い、」
ついで俺の目を指差し、
「男の子だそうだ」
「どこ指してんですか。セクハラですよ」
最後に俺の股間を指差したボイルドさんが『わはは』と笑う。
「それで、なんて答えたんです?」
「いやーね。そういう知り合い、その時は思い浮かばなかったから知らないと答えたよ。そしたら、彼女はよほどその誰かさんが気になるのか、しばらく町で探していたようだったね。ここにも来たんじゃないかい?」
「ああ、まあ。たぶんその時はガイドの仕事で。応対したのはメイメイとルイルイだと思います」
でも彼女ら、そんなことは言ってなかったけどなー。
まあ、いっか。
「そっか。まあ、なんにせよ、彼女は目的の誰かさんは見つけられなかったらしく、次の周期には王都に帰っていった。それきり音沙汰なしさ。でも今、キミを目の前にしてみると、そういえばキミはその特徴に合致してるなあと思い出した次第だよ」
「黒髪で目つき悪い男に合致する人間なんてたくさんいると思うけどな」
「ああ、そうだねえ。あっ、そういえば、彼女は誰かさんのことをヘンタイのドスケベとも言ってたのを思い出したよ」
誰がドスケベか。
「あと、とても優しくて格好良くて頼りになるケダモノとも言ってたなあ。わはは、ますますその誰かさんが少年じゃないかと思えてきたよ、私は」
「そうですか? 少なくとも俺はドスケベでもないし優しくもないし格好良くもないしケダモノでもないけど」
「ヘンタイと頼りになるというところは認めるんだねえ。まあ、いいよ。私にはあまり関係のないことだからね。あ、お代はつけといて」
「おいこら」
「わはは、冗談だよ。いつも少年には珍しい美酒と肴を安く仕入れてもらっているからねえ。ほら、お礼だ。釣りはいらないよ。お小遣いにでもすればいい。では、また。メイちゃんとルイちゃんによろしく」
と、言いつつも、ちょうど代金ぴったりのゴールドを置いていくボイルドさんなのであった、くてん。
俺、あの人のキャラ。結構好きだな。
「………………」
誰もいなくなった店内を見回してため息を吐く。
俺は再びキャンバスの保護布を外して筆をとった。
どうやら彼女は王都へと無事に帰れたようだ。これで彼女との接点はほぼなくなったので、おそらくはこの広い仮想現実内で出会うことはもうないだろう。
一件落着。
めでたしめでたし。
「…………あれ?」
何やら少しばかり胸のあたりがむず痒くなる。
しかしながら、俺はまだこの感情が何なのかを知る由もなかった。
【第0話 ダンジョンガイドさんは困った】完
【第1話 ダンジョンガイドさんは迷った】に続く




