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というわけで、【インベルグの密林】最深部である。
広大な密林のちょうど中心部。
鬱蒼と生い茂っていた樹木が円形に途切れて星空の見える空き地。
そこには透き通った水が湧き出て泉となっている場所があり、その泉の真ん中には星空を支えているのではないかと間違えるくらい、この密林でひと際巨大な大樹が一柱どっしりと根を張っている。その大樹の根本付近は複雑に絡み合った根が泉から隆起しており、かまくらみたく人間が入れるくらいの空洞をいくつか創り出している。そのうちの一つに入って俺とハーフヴァンプ少女は身を寄せ合って暖をとっていた。
「ねえ」
隣に座るハーフヴァンプ少女が肩をぶつけてくる。
「うん?」
「さっき見つけた魔法陣がダンジョン脱出用のやつなんでしょう? どうしてまだ帰らないのよ」
「まだ今週期が終わるまで少し時間があるだろ。もうちょっと待ってろって。良いもん魅せてやるから」
「……さっきからそればっか。あたしもう足が棒になってるんですケドー」
おいおい。それはあんたをおんぶしてたこっちの台詞だろうが。
唇を尖らせるハーフヴァンプ少女にアイコンタクトでそう訴える。
彼女は舌打ちして膝を抱えると顔を腕に沈めた。
「ねえ」
肩をぶつけてくるハーフヴァンプ少女。
「うん?」
「そういえば、あたし。あんたの名前、聞いたっけ」
「聞いてないと思うぜ。だって俺、言ってないし」
「……あっそ」
しばらく沈黙が続く。
手持無沙汰だった俺はイエティ彫りの続きを始めることにする。
ざり、ざり。
そんな感じの、木材をダガーナイフで削る音がしばらく続く。
「ねえ」
三度、肩をぶつけてくるハーフヴァンプ少女。
「うん?」
「そういえば、あたし。あたしの名前、言ったっけ」
「言ってないなあ。だって俺、聞いてないし」
「……ふうん」
ハーフヴァンプ少女はそれだけ言って、沈黙する。
まあ、本当のことを言えば、汚いおっさんに彼女が名乗っていたような気もする。しかしながら、深く関わることはないだろうと高をくくってモノローグで使わないでいるうちに、すっかり忘れてしまったのだ。たしか、シャバーニとかシャチークとか。そんな感じのゴロだったように思う。うろ覚えだけど。




