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「違うから。雰囲気に流されただけだから」
そうして俺が百八十七本目を数えてる最中にハーフヴァンプ少女はか細い声で、静かにそう言った。それに対して、俺は『わかってる』とだけ答える。柄にもなく、俺もときめいてしまったので、この話題はお互いここで終わりにしとくのが身のためだ。
ハーフヴァンプ少女が場の空気を入れ替えるように咳払いした。
「それで、なんだったの。あのバケモノ」
俺は彼女にヴァジュラディウスについて簡単に説明する。
「ふうん。それで、なんであいつ、あたし達を見逃してくれたの?」
「あんた、気分良く散歩してる最中に足元に這っている蟻に気づくか?」
「なによ。あたし達が虫けらって言うの?」
「ヴァジュラディウスにとってはそう見えるに違いないだろうなー。だから、あいつとエンカウントしたときは、あいつの目障りにならないように伏せてジッとしてればタゲされないわけさ」
そうは言っても、目の前にいるのは不運娘だ。どんなミラクルを起こすかわからない。
だから念のために黒外套の【気配遮蔽】と【認知妨害】を使ったけどね。
肩をすくめる俺に、ハーフヴァンプ少女は口をへの字にした。
「あんたと一緒にしないでよ。あたしが蟻なら、あんたなんか病原菌よ」
「うわ、ひっでー。バイキン扱いされたのは、さすがに初めてだぞ」
『死ね、ミジンコ』とメイメイに微生物扱いされたことならあるが。
なんだか悲しい気持ちになっていると、ふと、たいまつの明かりに溶け込むようなか弱い燐光が自分の鼻先をふよふよと通過していったのに気付いた。
おやおや。
付けたばかりでもったいないがたいまつを消す。
「ちょ、ちょっとなんで消すのよ。何も見え――――」
彼女の言葉は途中で途切れて、息を呑む音が聞こえた。
それもそのはず。炎の眩い光のもとでは気づかないが、それを消して眼が暗がりに慣れると気づくからだ。
「きれい」
ぽつりと、ハーフヴァンプ少女が呟いた。
それもそのはず。
星空が落ちてきていたのだから。
「なに、こいつ」
ハーフヴァンプ少女が伸ばした手のひらの先に、ちょんと止まった極小モンスター。それはホタルのようなか弱い燐光が本体で、それは彼女の体温に溶けるようにしばらくすると消えてしまう。
「【アストルムゥ】だな。無害だぜ。誰かに気づいても気づかれなくても、ふとしたことで勝手に死んじゃう儚くて脆い、けれどもとても綺麗なやつらだ」
その群体が周囲を漂い、星明りが極めて届かない密林の暗いキャンバスに星空を投影している。
「なによこれ。こんなの、こんな綺麗なの。あたし生まれてから一度も見たことないわよ」
呆けているハーフヴァンプ少女の顔は、とても面白い。
「よーし。あんたに、もっと良いもん見せてやるよ」
いや、正確には聞かせてやる、だけどな。
「良いものって、なによ」
「良いものは、良いものさ。ダンジョンは何もモンスターを倒すことだけが楽しみじゃない。ほら、行くぞ。レッツゴー」
怪訝な顔をする彼女をおんぶして、【アストルムゥ】の淡い光をたよりに先へ進む。
最深部は近かった。




