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夕暮れ前。
太陽が沈む前に最深部まで行きたかったが、少し時間が押している。
俺はインベントリを開いて松明などの夜間装備があるかどうか視線で再確認しながら、背中で寝息をたて始めたクソアマを背負いなおした。
はあ。
ようやく静かになってくれた。
ついさっきまで目についたものを片端から『あれなに』『それなに』と質問攻めにあっていたため辟易していたところである。だいたい、こっちはダンジョンガイドのお仕事でもないから他人にタダで情報をペラペラ喋りたくねえのに、俺が応えないとすーぐ首を絞めてくる背中の無賃乗車女が悪いんだ。
もういっそ降ろして放置してしまおうか。
そう何度も思い立ったが、それを行動に移せず今に至っている。
まあ、背中にあたっている柔らかい双丘の感触は確かに悪い気はしないしね。
――――なんて男の悲しい性なのだった、くてん。
っていうか、耳元で聞こえるハーフヴァンプ少女の寝息が生生しすぎていやなんですけど。どうにかならないだろうか。もう一度、彼女を背負いなおす。
「…………………ん?」
すると、ふと何やら違和感を覚えた。
何かがおかしい。こめかみあたりがムズムズする。
おそらく俺の【気配感知】スキルが何かを訴えてきているのだ。
もしやルートの取り方を間違えて、徘徊型のモンスターとバッティングしてしまったのだろうか。立ち止まって周囲の気配を探ってみる。しかし、そんな感じではなさそうだ。
「…………………」
まずいなー。警戒態勢を一つ上げる。
こうなってくると、気持ちが悪いからだ。
俺の【気配感知】スキルはランクA。誤作動はありえない。
受信する情報量が多くなって気分が悪くなるけど仕方がない。【聴覚強化】に加えて【視覚強化】【嗅覚強化】を行い、溢れかえる周囲の情報から違和感の正体を探る。
俺の耳が、俺の目が、俺の鼻が、見た。聴いた。嗅いだ。
見上げた黄昏の空。
木々の隙間からのぞく、はるか上空。
雷鳴、雷雲、オゾン。
「…………げっ」
俺は背中の荷物を地面に落とす。




