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「まあ落ち着けよ。今さら慌ててもこうなった以上は仕方がないだろ。ダンジョン攻略に必要なのは、適切な準備、鋭い観察、そして冷静な考察。今のあんたには全部備わってないもんだ。いいか。あんたその【ウッドテンタクル】に襲われた時、いの一番に触手ぶった切ったろ。それがまず最初のダメポイントな。【ウッドテンタクル】は触手の触覚や嗅覚で獲物の位置を把握する。だから、斬られた場所、さらに斬られた触手から飛び散った粘液の臭いで、あんたの位置を正確に特定しちゃったわけだ。んで、そのザマ」
「うわあああああああああんっ! いやっ、いやああああああああああっ!」
「そもそも、その触手は【ウッドテンタクル】の本体じゃない。替えのいくらでもきくトカゲの尻尾みたいなもので、切ってもすぐ別のやつが生えてくる。切っても切っても当たり判定はないから、【ウッドテンタクル】の1しかないHPバーにダメージはまったく入らない。だから触手を攻撃しても無意味で自分の立場を悪くするだけ。だいたい【ウッドテンタクル】なんて雑魚モンスターを倒してもしょっぱい経験値しかもらえないくせ、倒し方がとても面倒くさいから戦いを挑むのは【ウッドテンタクル】のモンスター素材を集めたい時くらいなもんだぜ。よって【ウッドテンタクル】とエンカウントしたときの通常の対処法は、触手に触らない、触手は攻撃しない、そもそも近寄らない。わかった?」
「……ひっく、わか、わかっだがらぁ、……たす、け……うぅ、ひっぐ、……いやぁ、みないでぇ……」
だいぶん静かになった。
緑の触手に雁字搦めにしっかりと固定されてしまったハーフヴァンプ少女は抗うことを止めてめそめそし始める。これでいい教訓になったろう。俺も初めて【ウッドテンタクル】にやられたときは羞恥心で死んでしまうかと思ったしね。いや、自力で脱出法見つけてなかったら本当に死んでたし。うわー、なつかしいなぁ。マジ懐古。
「おーけー。助けてやる。俺の言う通りにしろよ」
こくんと、彼女は素直に首を縦に振った。
「これから話すのは、俺が編み出した【ウッドテンタクル】に拘束されてしまったときの一番簡単な対処法だ。そして今、この状況では、この方法しか使えない」
「……わかった」
「よし。いいか。そろそろあんたは尿意を催すかと思う」
「……は?」
「そしたら遠慮なく、出せ」
「…………はあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
彼女の声が届く前に耳をふさぐことができた俺。
危うく鼓膜が破れるところだったじゃないか。
なにをする。




