56
*
昼前のこと。
「あーら、そぉんなにあたしに踏まれたいっていうのなら、いいわ。踏んであげるわよ。えい。うふふ。えい。あっはは」
這いつくばって光苔で覆われた巨木の根っこに耳をつけていた俺を、ここぞとばかりにハーフヴァンプ少女がドS顔で踏みつけてくる。楽しそうだな、おい。けれどもこっちは彼女の足甲ブーツが地味に痛くて不愉快だ。今すぐこのクソアマを置き去りにしたい衝動が惹起されてしまったが、それも寝覚めが悪いのでされるがままやられるがまま。そんな俺の反応に不服なのか、ハーフヴァンプ少女の笑みが不機嫌なものに変わる。
「なによ。なにか言いなさいよ。あたしが馬鹿みたいじゃない」
「実際、バカなんだから仕方ないだろ」
「誰がばかよっ!」
密林に響く彼女の声に驚いた鳥たちがバサバサと飛び立つ。その喧騒は連鎖して遠くの方まで広がっていった。するとしばらく、つられてモンスターの遠吠えが複数、耳に入った。
「ひゃぅっ」
それにビクッと身体を反応させたハーフヴァンプ少女は、不安そうな顔でしゃがみ込む。そうして、彼女は俺の上着の裾をつまむのだった。その様子を俺があきれた目で見ていると、それに気づいた彼女はぷいと顔をそむける。
「べ、べつに怖いとか思ってるわけじゃないしぃ」
「ふうん。俺はべつに何も言ってないけどね」
「うっ。な、なにか言え。言ったことにしろ」
「あんな遠くにいるモンスターの咆哮にビビるなんて前衛職の鑑だな」
「なっ、なによ。覚えてなさいよ。モンスターとエンカウントした時は、このあたしがヘボのあんたを守ってあげることになるんだからね。ふん、だ。美少女剣士シャノーラさまの真の実力を見て惚れるのが、どーせオチよ。あーあ、あたしって罪な女だわー」
「自己陶酔してるとこ悪いけど、最深部までモンスターにエンカウントすることはないぞ」
「どういうことよ。……っていうか。あんたいったい、さっきから何してんのよ」
「あんたのパンツ見てる」
俺の頭の横の地面がハルバードの一撃でえぐれた。




