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「なに。なんなんですか。この期に及んで、なんなんでしょーか。ええ?」
「じゃ、じゃあ、あたしもあんたについていって、それで帰ることにするわ」
「……なんでそうなるんだよ。ここからダンジョン外に直で出ようとすれば、あんたのレベルだ。昼前には出られるだろ。最深部目指すより、そっちの方が断然に早い」
「…………ない」
「は? なんだって?」
「だーかーらー、道がわからないって言ってるのっ!」
「…………ごめん。俺はあんたの言ってることの意味がわからない。道が、わからないだって? なんでまた。あんたどうやってここに来たんだよ。まさか転移魔法とかで?」
首をフルフル振って否定するハーフヴァンプ少女は小さな声で『犯罪プレイヤーの足跡を追って』と応えた。俺が途中からそうしていたように、どうやら汚いおっさんズたちの痕跡を追って、彼女はダンジョンの入り口からここまでやってきたようだった。
「なんだよ。真っ当にここまで潜ってきたんだろ。だったら、来た道をそのまま戻ればいいだけじゃないか」
「だから、その来た道がわからないの。時間がたって、もう足跡は消えちゃってるし。何度も言わせないでよね」
「え、来た道は来た道だろ。足跡なんかなくてもわかるだろう。なんで戻れ…………、あんたまさか。自分が踏破した道をマップに記録してないなんて言うんじゃ」
驚愕した。
そのまさか、だったようだ。
ハーフヴァンプ少女は視線を俺と合わせようとしない。
それはダンジョンを潜るときの鉄則。基本の『き』、いや、KIHONの『K』に等しい。ダンジョン内では自分の歩いてきた道を既存の地図や目印になるようなものをメモに書き込みながら、いつでも来た道を戻って脱出できるようにしておくのが常識だ。
「あ、足跡を追うのに、夢中だったし。それに、……面倒くさいしぃ」
おそらく本音は後者だろう。口をすぼめてボソボソと声を落とした彼女は、ついに舌をぺろっと出して開き直りやがった。
「……はあ。飽きれて物も言えない。あーあー、あり得ないわー。自分が進んだ道を記録してないだって。うーわー、なんてこったー。もう飽きれて物も言えないわー。逆に何か尊敬するわー。どんだけ命知らずなんだー、みたいなー。いやー、でもこれはさすがに、ないっすわー。飽きれて物も言えないけどー。ないわー。本当に、飽きれてなーんにも言えないけどー」
「言ってるじゃない。めちゃくちゃ言ってるじゃない」
「じゃあ聞くけど、あんた。いったい、どうやって帰るつもりだったんだ?」
「あたしが追ってた奴らを縛りあげて道案内させようとしてたのよっ! なのに気絶してる間にいなくなっちゃってるしっ! サイッ、アクよもぉーっ!」
ブーブーと地団太踏むハーフヴァンプ少女を無視して俺はインベントリを開ける。そしてアイテム欄から羊皮紙に描かれた【インベルグの密林】の自作地図を取り出し、丸めたそれでもってハーフヴァンプ少女の頭をポカッと殴った。
このクソアマ、あろうことか自分がボコボコにした人間を頼ろうとしていたのだ。




