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ダンジョンガイドさんの仮想現実生活ログ  作者: まいなす
『第2話 ダンジョンガイドさんは悟った』
182/183

◆4


 図書委員室。

 図書室の隣にポツンとあるその座敷部屋は、一、二年の各クラスから一名ずつ選出された図書委員が月に一回だけ定期委員会活動と言う名の駄弁りを行っている。それ以外の時はまったく腐りきっているので、図書委員長でこの教室の鍵の管理を任されている私によって私物化され、快適な読書空間と化しているわけである。


 そんなわけで、私は図書委員室の扉を中からガチャリと閉じる。これで尾行してきた彼女のファンモドキは締め出せるだろう。この部屋は図書室の隣にあるだけあって、防音もしっかりしており、こうやって扉を閉めてしまえばどれだけ叫んでも外には響かないようになっている。それは実験済み。


 一息ついてから私は伊達眼鏡に座布団を渡す。それから備え付けの給仕場にあるポットから熱いお湯を急須に注ぎ、安い茶葉を選んで投入。抽出したお茶を来客用の湯呑に注いで彼女の前の座卓の上に置いた。


「どうぞ。粗茶ですが」


 謙遜でもなんでもなく。本当に適当におざなりに出来上がった粗茶。茶柱が浮いているのは、たぶん気のせいだ。私は鼻を鳴らして自分の分を注ぐ。


「あ、どうも」


 きょとんとしていた伊達眼鏡が恐縮そうにペコリと頭を下げた。彼女は猫舌なのか、過分にフーフーと湯を冷ましながらズビビと音をたててお茶をすする。


「んー、おいし。良いお茶ですね。――――じゃなくってっ!」


 唐突。

 遠野くんから聞いていた通り、この子のノリツッコミには光るものがあるかもしれない

 バン、と空になった湯呑を座卓に叩きつける伊達眼鏡は対面に正座して読みかけの文庫本を開けようとしていた私をビシッと指摘した。


「なに」


「う、うー、うーうーうー」


 伊達眼鏡が外面を脱ぎ捨てたジト目で私を睨みながらうなる。


「い、いろいろ言いたいことあるけど、まずっ! どーして既読スルーするんですかっ!」


 いろいろ言いたいことがあるのにまずそこからかしら。

 私はやれやれと首を振って文庫本を脇に置いた。


「理由は三つ。わたしは低血圧で寝起きにあんな文字数の多いメッセージを送られてきても読みたくないというのが一つ。ふとテレビをつけてみたら、あなたが朝のトークバラエティーに水着写真集発売記念とその宣伝で出演していたから返事しても意味ないかなと思ったのが一つ」


「文字数が多かったのは謝ります。今朝のは録画だから返事とか全然返せました。それで、あと残りの一つは?」


「朝ごはん食べた後、わりと頭もようやく起きてきたから、そろそろメッセージを読んで返事してあげようかなと殊勝に思って端末開いたらびっくり。あなたから着信が九十六件入っていて、とても気持ち悪くなってしまったというのが致命的な本命だったわね」


「うっ、……そ、それは、……センパイが既読スルー、するからじゃん……」


 ブツブツと文句を垂れ流しにする伊達眼鏡に私は飽きれた視線を流してあげた。しばらく静かな時を過ごす。もう終わりだろうか。昼休みも無限にあるわけではないので、文庫本に手を伸ばそうとした私の手をバシッと掴まれた。伊達眼鏡が立ち直ったようだ。


「まだ話は終わってません」


「そう」


「読んでください」


「いま、読もうとしていたのだけど?」


「本じゃなくって、あたしが送ったメッセージのほう!」


「やだ。ぱっと見たけれど、誤字脱字が多すぎて読む気になれないわ。それにだらだらしすぎ。要点をまとめて一文で簡潔に。目の前にいるのだから、言いたいことがあるならここで言って」


 伊達眼鏡が上目遣いで睨んでくるが、残念。私は女だ。男ならいちころだろうけど。


 …………。

 ふと思ったが、遠野くんも彼女にこんなふうに睨まれてドキドキしたのだろうか。なんかちょっとムカついたので、彼女の頬を摘まんで横に引き伸ばす。


「……いひゃいんれすへど」


「あ、ごめん」


 わりと本気でつねってしまった私は指を伊達眼鏡の頬っぺたからパッと放した。彼女は赤くなった頬を涙目でさすりながら唇を尖らせる。


「もう。ジェラシーですか、センパイ」


「べっ、…………つに」


 しまった。

 図星を突かれて最初に変な声が出てしまった。そんな私をじっと見ていた伊達眼鏡の唇がにんまりと歪む。悪い笑顔かおだ。


「ふうん。メーコもたいがいですけど、センパイもたいがいですねぇ」


「一緒にしないで」


「くふふっ、あははっ。またまたぁー。でも残念だなー。トーノはもうあたしのものー。誰にもあげませーん。諦めてくださいねー」


「……あなた、いつか背中から包丁で刺されるんじゃないかしら」


「刺しますよ。あたしなら。トーノがもし別の女と付き合ったら。だって、トーノのこと、それくらい好きだから」


 息を呑む。ついでにむせ返った。

 伊達眼鏡の目は本気か冗談かわからない。

 彼女はにやにやしながら続ける。


「センパイやメーコとは好きのレベルが違うんです。だから諦めてくださいね」


「諦めるもなにも。わたしはべつに。貴女と遠野くんのことはむしろ応援しているわ」


「それならそれで、いいんですケド」


「……納得してなさそうね」


「センパイはひねくれてるからなー」


 その通りなのではあるが。他人から、特に目の前の伊達眼鏡に指摘されてしまうと少しイラっとしてしまう。私は膨らんでしまった自分の頬をガス抜きしてから、話題を変えるために急須を持った。


「おかわりはいる?」


「あ、ありがとうございます」


 差し出されてきた湯呑にお茶を注ぎながら私は伊達眼鏡に訊く。


「それで、本題はなに?」


「あ、そうだった。えっと、今朝センパイに送ったメッセージの内容を端的にまとめますとですね。一緒に水着、買いに行きませんか?」


 は。

 それはまとめすぎなのでは?


「あつっ」


「あ、ごめん」


 傾けた急須を戻して湯呑から溢れてしまったお茶を台布巾で拭う。そんな私に、伊達眼鏡の後輩はもう一度言った。


「水着、買いに行きません?」


「それ聞いた」


「はい、もしくはイエスというお返事がないので」


「…………。まず、聞くけど、どうして水着?」


「詳しくは今朝あたしが送ったやつを読んでください」


 ジト目で伊達眼鏡を眺めるが、彼女は頑なに口を閉ざして勝ち誇っている。

 仕方がない。まとめろと言ったのはこっちだ。

 そのまとめたものを聞いて理解ができなかったのは理不尽であるが、こちらに非がないとは言いきれない。私は腕輪型の端末から今朝、彼女から送られてきたメッセージを呼び出した。

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