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「捕捉完了――――、【秘剣・構柄太刀】」
ビブリオくんが呟く。
ピシッ。
時同じくして、つむじ風が吹く――――。
【秘剣・構柄太刀】。
ビブリオくんの十八番の一つである。
それは【サムライ】ジョブのみがカタナ系統の武器を装備しているときのみ使えるPvP専用固有魔法スキル。一種の溜め攻撃。抜刀の構えをしている間の一定時間、拡散していく円陣上の範囲に存在する敵を捕捉していき、自分が装備している武器の間合いを無視した斬撃攻撃で大ダメージを与える絶技だ。
カタナ系統武器での斬撃攻撃は基本防御力無視なうえ、本来なら遠距離攻撃武器を使えない【サムライ】職が唯一使える間合いの広い攻撃スキル。さらに特筆すべきは、捕捉した敵を『同時』に攻撃できる点であるといえよう。これで対多人数相手にも大きなアドバンテージがとれる。ちなみに捕捉可能人数はスキルの練度で決まるのであるが、ビブリオくんは練度Max。彼の捕捉可能人数は二百五十六人なのであった。
それを踏まえた彼の【秘剣・構柄太刀】の攻略法は以下の三つだ。
その一、距離をとる。広がってくる円陣を踏まなければどうということはないため。そのうち制限時間がきてスキル発動がキャンセルされる。
その二、遠距離攻撃する。抜刀の構え中に動いてしまうとスキル発動が強制的にキャンセルされるデメリットがあるため。
その三、戦略的撤退。これチョーおすすめ。
けれども、そのどれもやらなかったダルツォーネさん以下十数人のプレイヤーが辿った末路は言わずもがな。みんな仲良くPKされちゃって消え失せてしまったのであった、くてん。
残ったのは彼らが所持していたアイテムがドロップして散乱するだけ。その中にはおそらく俺たちよりも前にここを通ったであろう善良な一般プレイヤーが持ってそうなものがたくさん落ちている。
…………。
それを眺めていると、何とも言えない物悲しい気持ちになってしまった。もう少しここを俺たちが早く通っていたなら。そんなあり得もしない病的な偽善者思考が頭蓋を横切ったので首を振って忘れることにする。
そんなわけでチャキンと格好良い鍔鳴りさせて太刀を鞘に納めたビブリオくんが『おまたー』と御者台に返ってきた。彼とハイタッチする俺。
「おつかれさまでーす」
「あー、ちょっとすっきりしたー」
「何人かは俺にPvP仕掛けてきてなかったし、見逃してあげてもよかったんじゃない?」
「……はあ。やっぱりトーノは甘すぎるよ。ああいうのは、見つけた時にまとめてチャチャっとやらないと後でどんな面倒なことになるかわからないでしょ?」
「うーん、一理ある」
「いやほんと、勘弁してほしいよねー。もっと楽しいこと、この世界じゃ一杯あるっていうのにさー」
「ダンジョン攻略とかね」
「ねー」
「いや、まあ。あいつらにとっちゃこういうやられキャラとか噛ませ犬キャラみたいなことするのが楽しかったんじゃないかな。現実でやったら許されないことでも、こっちではわりと許されてる感があるし。キルしたら記憶が消えるってことが、そういう人間をさらに増やしてる要因になってるのも否めないぜ。現実で抑圧された欲望が元気爆発、みたいな」
世も末だなー。
そして、そんな世紀末システムに生かされてる俺っていったい何なんだろうね。
ちょっとしんみりだ。
手綱を握りなおして馬車を動かし始めた俺の隣でビブリオくんが鼻を鳴らす。
「だったら尚更、軽蔑しちゃうよ。忘れるから何やってもいいなんてさ。まったく、そういう人間はみんなこういう感じで弱い人たちだったらいいんだけどなー。もし自分より強かったらと思うとぞっとしちゃうよね。まあ、だからこそ、もっと強くなりたいって思うわけなんだけど。守りたいものを守るために」
「ビブリオくんは相変わらず格好良いな。きみより強いプレイヤーなんてたぶんもう、そうそういないと思うぜ。惚れるわー」
「あははー、トーノからそんなこと言われても信用できないなー」
「え、なんで?」
その問いにビブリオくんは無言で俺に身体を預けてきて昼寝し始めることで応えた。




