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「平和だなぁ」
「平和だねぇ」
俺とビブリオくんが、長年連れ添った年寄り夫婦の軒先で日向ぼっこしてる雰囲気を垂れ流しながら会話しているところに、PvP開始のシステムアラートが響く。
ところは雑貨屋『みちしるべ』から離れた【ナベルア平原街道】。
この石畳で舗装された街道はちょうど【インベルグの密林】を迂回する形で、ここ【アンビリム大陸】唯一の大陸間定期飛行船の発着場のある街【クロノ・メルヒ】へと続いている。そして、その街道を俺とビブリオくんとシャノの三人は、むかしどっかのRPG超大作の八作目あたりで呪いにより緑のバケモノにされた王様が乗っていた馬車の生き写しみたいな乗り物に乗って進んでいた。
もちろん、馬車を引く馬はお姫様の呪われし姿なんかではなく、普通の【黒い馬】である。名前はブラックサンダー号。メイメイが名付け親で、こうやって大量のアイテムを買い出しに行くときなんかに大いに役立ってもらっている。
さて、俺たちがどうしてこんなところにいるのかというと、何のことはない。仮想現実空間内で数日前、ビブリオくんの乱入により一時中断したお絵かきを再開しようとしたところ、うっかり絵の具のストックが切れていることに気づいたのだ。俺がその時に使ってたのはヒューマーの王都である【ジークハイン】にしか売っていない宮廷画家専用のちょっとお高い絵の具だったので、絵を描いてる途中で別の絵の具に変えるのもなんだったから、せっかくだし王都へ買い付けに行こうとしている次第。
また、ついでに雑貨屋で補充が必要なアイテム類や、他のギルドメンバーや雑貨屋近くのド田舎街にいる知り合い(ボイルドさんとか)に頼まれたお使いなどを済ませてこようと、こうやってわざわざ荷馬車を引いて大量のアイテム拡張欄を作りつつ、ひとまず王都への定期飛行船が出ている【クロノ・メルヒ】目指して【ナベルア平原街道】を南下していたのである。
んで、黄門さま張りに呑気でお気楽な旅を口笛交じりに楽しんでいたところ、いきなり十数人のプレイヤーに荷馬車を囲まれて通せんぼされてしまったのであった。御者台にいた俺とビブリオくんはもう一度、『平和だねー』と連呼しあう。シャノはというと、後ろの荷台でスヤスヤと昼ご飯後のお昼寝タイムでおへそを出して眠っていた。そうやって食っちゃ寝ばっかりしてるから、少しだけ余分についてるお腹の贅肉っぽいものがムチムチと垣間見えており、その健康的な肉付きに俺の心臓がどきどきした。
まあ、それは置いといて。
「ここを通りたけりゃ、通行料を払いな」
俺たちの荷馬車を取り囲んでいる物騒な人たちの親玉みたいなプレイヤー(♀)が言う。俺の【分析眼】によると、彼女のパーソナルキャラネームはダルツォーネさんというらしい。例のごとく、こういう悪者丸出しのプレイヤーに限ってレベルが高めだ。まあ、悪事働いても憲兵に捕まらなかったというだけで、結構な猛者であることはわかる。
いやー、悪い顔だねー。
彼女?のもとのビジュアルはさぞや清楚系美女っぽかったのだろうが、悪いことばっかりしてるから、そんなドラキュリーナとかゴルゴンみたいなサディスト丸出しの歪んだ容姿になっちゃったのだろう。装備も一昔前の一世を風靡したビキニアーマーみたいなやつに鞭もってるし雰囲気あり過ぎ。
ひょっとして行ったことはないけれど、王都にあるという噂の夜の眷属連中が経営しているエスエムクラブのお尻百叩きの出し物に出てきそうな人だよなー。行ったことないからわからないんだけど。そもそもあそこ年齢制限つきだし。年齢詐称したらゴリラみたいな黒服に追い出されるし。
いや、ホント。行ったことないからわからないんですけどね。
現実に戻る。仮想現実だけど。
いや、つーか。通行料って。
すでにPvP仕掛けておいてよく言うぜ。
「ちなみに、その通行料っていうのはいくらほどですかね」
一応、俺が友好的に小さく手を挙げて聞いてみる。するとダルツォーネさんがにんまり笑った。
「とりあえずアイテムと装備は全部だね。それでもあんたたち見たところ足りなさそうだから。女は身体、男は命で払ってもらう」
ゲラゲラ。
ダルツォーネさん配下のプレイヤーが一斉に下衆笑いを浮かべて俺の隣に座ってるビブリオくんを値踏みする。
ははあん。
これはあれだな。話せばわかる相手ではなさそうだ。
まあ、ダルツォーネさん以下、俺にPvPを仕掛けちゃった何人かは、どのみちキルするしかなくなるわけだけれど。俺にまだPvP仕掛けてない何人かは見逃してあげることもやぶさかではない。
いやー、よかったね。シャノが後ろの荷台で寝ていてくれて。もし彼女にそういう視線を向けられちゃってたら俺、今頃ぷっつんして問答無用でこの場にいる全員PKしちゃってたもんな。ビブリオくんが男でよかったぜ。ちょっとイラっときただけで、なんとか忍耐してこの場を切り抜けられそうだ。
「わかったら今すぐ下りてきなっ。じゃなきゃ死んだ方がマシだって思えるくらいに可愛がってあげることになるよっ」
ダルツォーネさんの宣告にちょっくら食後の運動でもするかと俺が腰を浮かせようとすると、ビブリオくんがため息を吐いてそれをとめた。
「いいよ、トーノ。ぼくが行くから」
「……え、いいの」
「うん。トーノがよくぼくの太ももに向けてくる少しえっちな視線ならまだしも、ああいう品性の欠片もない下非た目を向けられるとおぞましくて鳥肌たっちゃった。この嫌になった気持ちを今すぐ何かにぶつけたい気分なんだ。大丈夫。トーノにPvP仕掛けてきたやつはきっちりキルしとくから。それともトーノがぼくのサンドバックになってくれるっていうんなら、別だけど?」
「どーぞどーぞ。やっちゃってくだせー」
ボコボコになるのは嫌なのでここは平伏して譲る。っていうか、俺、そんなにビブリオくんの太もものこと変な視線で見てたかな。やばいなー。彼女がいるのに、という話だけではない。ビブリオくんは男であるということを、俺の幼気な煩悩にもう一度深く刷り込まなければなるまい。
頭を抱えて唸っている俺の肩を軽く叩いてビブリオくんが御者台からひょいと飛び降りた。その手にはいつの間にか、彼の身の丈以上もある大太刀が握られている。周囲のプレイヤーの注意が一気にビブリオくんの方へ向いた。
「なんだい。やる気かい? やるなら女でも容赦はしないよ」
残念でした。ビブリオくんは男です。そして容赦されないのはあんたらのほう。
頭の悪い勘違いをしているダルツォーネさんに内心ツッコミながら俺は御者台で熱いお茶をすする。こうなってくると完全にお茶の間でサッカーかなんかの実況放送を見ている感覚であるが、それも仕方ない。いくらダルツォーネさんのワル軍団が総じてレベルが高めだといったって、この程度ではビブリオくんの足元にも及ぶまい。
ビブリオくんは足を開き、少し腰を下ろして、青を基調とした細かい装飾のついた鞘に収まった大太刀を腰に添えて抜刀の構え。うーん。遊びは入れず、一息で決めるつもりだ。彼の表情はニコニコしていてちょっと読みづらいが、それなりに怒っていることがわかる。
「因果掌握、空間改竄、侵食展開――――」
ビブリオくんの澄んだ声が尾を引いた。すると彼の足元に陰陽道風の紋様が燐光する円陣が現れ、それがバチバチと静電弾けながらゆっくりと同心円状に広がっていくではないか。
「な、なんだ?」
うろたえるダルツォーネさんたちであるが、俺から言わせてもらえれば一目散に逃げたほうが身のためだと思うけどなー。ところがどっこい、彼女の『や、やっちまえぇ』と最大の悪手な号令でビブリオくんに殺到するワル軍団である。
ウワー、とか。
オラー、とか。
その時、ありがちな雄叫びを上げながら突っ込んできたワル軍団すべてがビブリオくんが拡散展開していた円陣の中に足を踏み入れてしまったのだった。あーあ。俺はダルツォーネさん以下十数人のプレイヤーに合掌。




