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「……えーっと、ちょっといいかな」
二人の思わせぶりなやり取りを眺めていた俺は、小さく手を挙げて自己主張してみた。
「なんだい、トーノー」
ビブリオくんがシャノとハンドシェイクしながら首を傾げてくる。
「シャノとビブリオくんはその、向こうではもう会ってたりするのか?」
「現実でってこと? うーん。まだ会えてないかなー。ほら、ぼくって田舎住みだし? 最近、オフ会にも顔を出せてないんだよねー。まあ、噂のシャノちゃんがどれだけ可愛いのか見たいって気持ちもあるけど、なっかなか都合がつかなくて」
「ふうん。なんだ残念。ビブリオくんがリアルでどんな感じなのかシャノにも聞いてみたかったんだけどな」
「あははー」
ビブリオくんは口をパクパクさせるシャノの足をギリギリと踏みながら笑った。
俺がそう聞いてみたかったのも、どういうわけか彼のリアル容姿は他人によって見え方が違ってくるようだからだった。例えば、メイメイによると筋肉むきむきで身体中に切り傷がある世紀末戦士みたいな体格の頼りになるチョーカッケー兄貴分だぜとか言っていたし、ミューさんによれば読書好きで眼鏡をかけたごく普通の好青年ですよって言ってたし、マゼンタさんなんかに至っては手をわきわきさせておっぱい柔らかいわーとか適当なこと言っていたからなー。
もちろん、ビブリオくんにおっぱいはない。男なので。はだけた着物ワンピから垣間見える胸元は包帯サラシを巻いてはいるがメイメイ並みにまったいらである。まあ、リアルでお相撲さんみたいな体型だったらおっぱい柔らかい説も棄却できなくはないが、マゼンタさんの言うことは七割がた聞き流しておいたほうが身のためだからなー。
俺がうんうん頷いていると、ビブリオくんが話題をそらすようにシャノから手を離して俺を上目遣いで見てきた。
「ところでトーノ。いま何を描いてたのかなー」
げっ。
カウンター奥をのぞき込んでくるビブリオくんに俺は自分の身体をサッと割り込ませて視線をガードする。
「な、なにも描いてない、ヨ?」
声が裏がってしまった。
それを眺めていたビブリオくんが途端に悪戯っぽい笑みを唇に浮かべた。
まずい。
何がまずいって、とにかくまずい。
「シャノっ、絵を隠せっ」
「……ふぇ?」
あ、ダメだ。シャノに叫んだが、もう遅い。
可愛らしい素の声を上げたシャノが首を傾げ終えることには、俺とビブリオくんの数瞬の攻防は佳境を迎えていた。フェイントに引っかかって緩くなった俺のガードの隙間を、まるで針の穴に糸を通すくらいの精度でもってしてグイッと貫き、身体を沈み込ませてダックインしてくるビブリオくん。
慌てて手を伸ばして彼を捕縛しようとするが、それさえもスルリと躱されてしまった。敏捷値ではこっちが少し勝っているはずなのに、このザマである。どうやら俺の親友はここにきてさらに腕をあげてやがるようだね。
いや、感心している場合ではない。
カウンターを飛び越えたビブリオくんは、俺の描いていた油彩画のキャンパスの前で『ふむふむ……』と神妙な面持ちで顎に指を当てながら頷いている。
後生だからー。
やめてくれー。
恥ずかしいからー。
「ふむう。ぼくの目が間違ってなかったら、これはポートレートというやつだね?」
「……やめて」
「モデルは誰かなー。銀色の髪でー、赤い瞳でー、ちょっと尖った耳。この子はハーフヴァンプかなー。おっぱい大きいねー。メイメイが羨ましがるのもわかるなー。鼻筋もすっとして可愛い。首筋もテレっとして色っぽい。ぼくもちょっとむかついてきたぞー。うーん。それはおいといて、なんでかなー。このモデル、ぼくはどこかで見たような気がするなー。はて、どこだったかなー」
わざとらしく周囲を見回してからビブリオくんはシャノを指摘する。
「あっ、そっか。シャノちゃんかー」
俺は両手で自分の顔を覆ってビブリオくんに背を向けた。
そんな羞恥の敗残兵を見て、少し立ち直ってきたシャノがビブリオくんに唇を尖らせる。
「セ……、ビブリオさん」
「ビブリオくんでいいよー? あとタメ口もトクベツにおーけー」
「……ビブリオくん。トーノがあたしを描くのがいけないことなわけ? べつに誰を描いたって関係ないでしょ。むしろ、あたし以外の人間は描いてほしくないもん」
「あはは、そういう意味で言ったんじゃないんだ。むしろキミに朗報さ。トーノは鉛筆デッサンなら色んな人間を描いてきたけど、こと、こういうちゃんとした油彩で人物画描いたのはこれが初めてだよ。ぼくの知る限りでは」
「…………え?」
「それだけキミはトーノに愛されてるってことだよ」
「え、あっ、ええっ!?」
シャノの視線がビブリオくんと俺をきょろきょろ往復。そして、だんだんヒートアップして顔を真っ赤にして変な足取りで俺の隣まで移動してくる。
「あぅ、うぅぅ。な、なな、なによぅ……。初めてだったら初めてって言いなさいよぅ」
エア肩パンチしてくるシャノさん。心が痛い。
「いや、だって。恥ずかしいし」
「そういうことは言うべきなのっ。言ってほしいのっ。ばーかばーかっ」
心底嬉しそうなシャノからのさらに激しいエア肩パンぽかぽか攻撃に俺は羞恥で泣きそうになった。
くそ、ビブリオくんめー。ばらしやがってー。
今日は雑貨屋に誰もいないから抜かったわー。
俺がビブリオくんを睨んでいると、彼は何を勘違いしたのかウインクで返してくる。
違う。




