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「というわけで、きちゃったっ」
はて。
何が『というわけで――』なのかはわからないが、我が親友であるところのビブリオくんが雑貨屋『みちしるべ』に帰ってきた。ここ数週期、ビブリオくんはずっと【ミスティア大陸】【竜の巣】の【アルボス大図書館】に泊まり込んでいたので、久しぶりにみることができた親友の顔に興奮してしまい、描き殴っていた油絵の絵筆をゴトッと床に落としてしまう。
この前ギルチャした時は何も言ってなかったのに。
カウンターを飛び越えてビブリオくんの前に立つ俺。
「このやろ連絡もなくいきなり帰ってきやがって」
「ごめんね。心の友をおどかせようと思って」
「ふっ」
「あははっ」
俺とビブリオくんはグワシっと握手を交わし、『うぇーいうぇーいうぇーい』と親友タッチコンボを七連くらいキメてから、最後はお互いに抱き合う。
いやー、懐かしきかなー。
現実換算だと二週間足らずのことだと思うのであるが、仮想現実では一年ちょっとの計算である。いつもより三割増しで挨拶スキンシップするのは仕方ないね。
「………ちょっと」
ビブリオくんと肩を抱き合って笑いあってると、背後でとてもどす黒い声が聞こえた。何かと思って振り向いてみる。すると、女神さまが間違って人間かエルフのケツからコンニチハしたのかと思うくらい良い身体してるハーフヴァンプ少女――――シャノが恐ろしく冷たいジト目でこっちを見ているではないか。まるで視線だけでその辺の尺取虫程度なら殺せそう。
「……その女、……だれ?」
……………。
ははあん。シャノは何か勘違いしているらしい。
確かにビブリオくんは見た目は背が低めの女の子みたいなパーソナルキャラである。
でも残念。彼は男だ。
ビブリオ。
俺と同じヒューマー種族。
実際の背丈は俺の胸あたりでシャノよりも少し低いが、黒下駄で底上げしてるのでちょうどシャノと同じくらいの高さにきている。一見すると女の子と見まがうくらいの整った顔立ち。青髪のショートカットヘアは三つ編みした揉み上げを垂らし、紺を基調とした着物風ミニワンピに腰で絞めた大きな深紅のリボンが栄えている。包帯を巻いてなびかせている太ももはまぶしく、厚底の黒下駄は戦闘にはおおよそ不向きと思われた。
ところがどっこい、ビブリオくんは滅茶苦茶強い。ギルド内でもPvPなら俺の次、対モンスター戦闘でもマゼンタさんに匹敵するくらいの腕前である。
かくいう彼のジョブは剣士系上級職【サムライ】で得物は身の丈以上もある大太刀を用いたヒットアンドアウェイ戦法を得意としている超攻撃速攻型のステータス配分だ。女の子みたいな容姿で油断してしまったら最後。次の瞬間にはアッと言う暇もなく、粉微塵になってるって寸法。こわい。
「いやー、キミがトーノの言ってたシャノちゃんだねー。よろしくー」
ビブリオくんが愛想よくシャノに手を差し出すが、シャノはそれをパッシーンと叩いて拒絶する。
「ア? 馴れ馴れしくしないでよ。っていうか、アンタ誰だっつってんの。あたしのトーノとはどういう関係なわけ?」
「うーん。トーノはキミのものではないと思うけどなー」
「あたしのッ! ものなのッ! だからッ! アンタ誰だって聞いてるでしょッ!」
地団太を踏むシャノは銀色の髪を揺らし、赤い瞳を煌々と輝かせ、犬歯をむき出しにして威嚇し、両手をブンブン振り回す。今にもビブリオくんにPvPを仕掛けそうだ。見かねて俺が口を開きかけようとしていると、ビブリオくんがそれを手で制する。
「ごめん。まだ名乗ってなかったよね。ぼくの名前はビブリオ。トーノとは同じギルドのメンバー仲間で、ぼくは彼の親友だよ。だから安心して、彼をとったりしないから」
ビブリオくんの言葉にきょとんとしたシャノは、ハッとした顔になって彼をビシッと指摘した。
「えっ、じゃあ、あんたってまさかセン――――」
シャノの台詞はビブリオくんの指によって止められた。しばらくして、ビブリオくんはシャノの唇に当てた人差し指を離して、ニコニコ笑いながら彼女に再び右手を差し出す。
「改めまして、はじめましてだね。シャノちゃん」
彼の少し強めの口調に、シャノはポカーンとしながら今度はちゃんと握手する。




