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私は彼に憧れていた――――。
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じりりり。
そして、けたたましい目覚ましの音で目を開く。
ASAからログアウトする午前六時には勝手に覚醒するので今や『朝寝坊』という言葉が死語となってしまった現代。目覚まし時計なんて代物はもはや役立たずの骨董品と化していた。けれども、人間の神経を逆なでる大きな不快音を発するためだけに時を刻んでいる役立たずのことを、私は少し気に入ってベッドのお供に採用している。私は生来のひねくれ者なのだ。
シーツを這い出て上体を起こす。
昨晩、寝る前に広げていた単行本がベッドから転がり落ちた。
たしか、主人公がある朝、起きるとダイオウグソクムシになっていて、いろいろあって恋人に見捨てられる理不尽な物語だった気がする。完全にカから始まる大昔の大小説家にインスパイアされているオマージュ小説だったが、これがなかなかどうして面白い。
主人公は恋人から役立たずと散々言われた挙句、最後には他に好きな人ができた恋人に殺虫剤を吹きかけられて殺されてしまうのだが、主人公が死んだ瞬間、なんと今度は恋人がダイオウグソクムシになって、そこで物語は終わる。放り投げられた伏線を回収するとわかることだが、どうやら主人公は実は恋人へかけられるはずだったダイオウグソクムシになる呪いの身代わりを引き受けていたようだった。
まあ、それだけだとありがちな話ではあるが、面白いのは、単行本のページの八割以上を、物言わぬダイオウグソクムシの描写に活字を費やしている作者のダイオウグソクムシへの執着を感じられた点だ。
まったくもって常軌を逸していると言わざるを得ない。
読み手にダイオウグソクムシが皮膚の下で這いまわっている感覚さえ与えうるその狂気に完敗。
じりりりりり。
二回目のアラームにて本日の読書感想文は終了する。
学校へ行く支度をする時間だ。
寝ぼけ眼で伸びをした。
するとスポブラから発せられたミシミシという悲鳴が耳をくすぐる。
口をへの字にする私である。
我ながら本当に驚きだ。私の胸はまだ要らない脂肪を蓄えて成長する気らしい。
また新しいサイズのを買わなければならない。下着の一つや二つ買うために女性下着専門店へと繰り出さなければならないなんて、ほとほと面倒である。かといって、現実でもASAみたくインベントリを開けてササっとオークションでアイテムを競り落とすことができたら、どんなに効率的だろうか。そこは技術の進歩に期待するしかないか。それとも最近何かとちょっかいをかけてくる鬱陶しい後輩にでもネット通販のやり方を教えてもらうか。
「…………ないわね」
首を横に振る。
うん、絶対にない。
スポブラを脱ぎ捨てて、ベッドから足を出す。




