◆7
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「――――あたしは、トーノが好きです。だから、絶対に引きません」
そうだ。あたしは口に出して再確認した。
あたしは、トーノのことが大好きなのだ。
例え、あたしがトーノが助けた大勢の中の一人だったとしても。
その言葉に、朱里さんは意外そうに息を呑んだ。
「おいおい。今でもか? その干物みたいな痛々しい姿を見ても? 死んでるか生きてるかも微妙なのに? この先、いつ目覚めるかも、目覚めないかもしれないのに? ともすればバグとして処理されて次の瞬間には完全に消えてしまうかもしれないのに?」
「はい。大好きです。話を聞いて、ますます好きになっちゃいました」
とびきり微笑んだあたしに、朱里さんは口をへの字に曲げる。
「わからんね。同じ女として言わせてもらえれば、こんなグウの音も出ないほどの不良物件を好きになる理由がまったくわからん。今のところ、このバカは現実では物扱いだぞ? 言ってみれば、お前は抱き枕かなんかに愛を語ってるんだぞ? それをわかってるのか?」
あたしは笑う。そんな不良物件が好きでなければ、かくいう彼女もここにはいない。
ライバル、多いなぁ。
勝てるかなぁ。
トーノのたった一人になれる道のりは遠そうだ。
うーん、と唸るあたしを見て朱里さんは嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん、まあいい。いいだろう。認めてやる。お前たちが乳繰り合ったとしても、私は何も言わん。だが、何もできないからとはいって、何もしないのは許さないぞ。このバカとかかわるなら少しは働いてもらう。そうだね。……そうだ。お前、このバカが好きだと言ったな。だったら色仕掛けでもなんでもいい。このバカをメロメロにしなさい」
「……あ、あの、それってどういう」
「ASAでもこのお人好しはせっせと人助けしているんだろう? なら、他のよくわからん人間には目移りさせないように、お前以外の人間のことなんてどうでもいいと思わせるくらいメロメロにしなさいと言ってるんだ。そうすれば、このバカの人助け癖も少しはマシになるだろう。よくわからんやつを助けて、そいつがお前みたいな無害なやつならまだいいが、世の中、善人だけじゃない。つまらん理屈で逆恨みしてくる者もいる。実際、何度か病室は移動させているからな。私はそっちの方を心配しているんだ。ASAではほとんど無敵に近いこのバカだが、現実では見ての通りだからね。だからこそ、お前はこのバカの視界をジャックしろ。自分だけを見る虜にしろ。そっちの方が、よっぽどコントロールできて楽だ。いいね?」
「……ふっ、あははっ」
朱里さんは真剣な表情でそんなことを言うから笑ってしまう。
あたしは商売用のぶりっ子仕草で朱里さんを見据えた。
「えー、いいんですかー? あたしがトーノをとっちゃってもぉー」
「……なんだその。……くそ。ムカつく女だな、お前」
彼女はあたしの意図に気づいて心底嫌そうな顔をすると、咥えていた棒付きキャンディをガリッとかみ砕いた。
【第1話 ダンジョンガイドさんは迷った】完
【第2話 ダンジョンガイドさんは悟った】に続く




