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後日談的な。
俺は自分の城であるところの雑貨屋『みちしるべ』のカウンターにて木彫りをせっせと彫っていた。お題はもちろん、先々周期に死闘を繰り広げたクラウソラス・アルカナドラゴンの幼生体である。俺の隣の床ではぺたんと女の子座りした金髪おさげのルイルイが、俺のあげたクロッキーブックに何やら一心不乱にガリガリと書き込んでいる。ふとのぞき込んでみるが、彼女が走らせている鉛筆が描き出しているのが自分の理解の範疇を超えた幾何学文様だった。もしかして、ルイルイの目には俺が見ているものとは違った世界が見えているのではないだろうか。
いいなー。
面白いなー。
オンリーワンって言う言葉の響きは格別だぜ。
「なーに、ニヤニヤしてんだ。あと、彫るときは下に何かを敷いてから掘れ。木くずが落ちるだろ」
店内清掃をひとしきり終えた金髪ツインテールのメイメイが腰に手を当てて俺をしかりつける。その彼女に『ごめん』と謝ってから、慌てて箒と塵取りで木くずを片す。しかし、途中で箒を離して床に落としてしまった。それを拾おうとしゃがんで、そして拾って立ち上がろうとしたら、カウンターに頭を盛大にぶつけてしまう。
いってー。
うずくまって頭を押さえて悶絶する俺である。
「……貸せ」
メイメイが俺から箒を取り上げると、木くずを塵取りに手早く集めて片づけた。それから、しょぼんとカウンターに座る俺を眺めて、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「らしくないドジばっかりしてさ。んだよ。そんなにショックだったのかよ。あの女にフラれたことが」
「いや、まだフラれたというわけでは」
そもそも俺、告白されただけで、まだこっちから告白はしてないし。
すると、メイメイはバンとカウンターを叩いて地団太を踏んだ。
「せ、先周期は来なかっただろ! リアルのトーノに会ってからだっ! あの女、告白したけど、所詮その程度だったんだっ! だからトーノもあんな女のことはもう忘れちゃえよっ! トーノにはこの、こ、ここ、この、オレがいるだろっ! ずっとトーノのそばにいてやっからなっ!」
顔を真っ赤にしながら胸を叩いたメイメイの頭を、俺は撫でまくった。
「ありがとう。妹ができたみたいで楽しいよ」
すると、メイメイは頬を膨らませて、俺の脛を蹴る。痛い。
「ちがう。オレがなりたいのは、そういうんじゃねぇ」
目に涙を浮かべて唇を尖らせながらこっちを睨んでくるメイメイ。
俺が首を傾げていると、彼女は何かを決心したかのように、俺をまっすぐ見つめて口を開ける。
「オレは、……オレ、は、っ」
首をぶんぶん振ったメイメイは大きく深呼吸して、もう一度、俺の目を直視する。
「わ、たしは、っ」
あれ?
なにやらいつもより可愛い声音のメイメイ。一人称も元に戻ってるし。
彼女はギュッとエプロンを握って、言葉に何度も詰まりながら俺に何かを伝えようとしている。ギャグではなさそうだ。居住まいを正す俺。
「わ、たしは、っ、あ、……あなたの、ことが、ずっと、ずっと前、から、……す、す、――――」
からす?
その単語に思い当たるふしはないので、口をぱくぱくさせているメイメイの続きの言葉を待つしか彼女の真意はつかめない。
「っていうか、おい。メイメイ、大丈夫か?」
顔が赤くなりすぎて、今にも爆発しそうなんだけど。怒ってる――――わけではなさそうだが、なんだか怖い。ちょっと身を引く俺に、メイメイは息を大きく吸って叫んだ。
「ずっと前からあなたのことがす――――――――」
ばぁーん。
大きな音をたてて開かれる俺の店の扉。
カウンターから身を乗り出して誰が来たのかと確認してみると。
「さっすがあたしの勘っ! ナイスタイミングだったようねぇっ! あっはっはっ」
そこには汗を拭って高笑いするハーフヴァンプ少女の姿が。
見間違いの仕様がねえ。シャノである。
「シャ、シャノっ。お前どうして、来たんだよ」
「あら、あたしがどこに来ようが勝手でしょ。そうそう、こんなに可愛くてプロポーション抜群で非の打ち所がない完璧超絶神さまもビックリな美少女が来てあげたのよ? お茶の一つでも出したらどうなの?」
「……残念ながら、うちは喫茶店じゃないんでね」
「ふうん。あっそ」
ずかずかとカウンターのところまで歩いてくるシャノは、いつもの白ワンピースに黒外套を羽織った格好。しかし、ワンピースのミニスカートから出ている足は生足ではなく、ぴったりとした黒ストッキングを履いている。肌の露出を減らしたくせに逆に煽情的になってるから困ったもんだ。
彼女は固まっているメイメイの隣までやってくると、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。
「えいっ」
「ひゃわぁっ」
シャノがメイメイのエプロンの下に手を滑り込ませる。どうやら胸を揉んだようだ。
「な、ななななな、なにしやがるこのクソアマァッ!」
汚い言葉で罵りながら飛び退いたメイメイは俺の背後に隠れて胸を押さえながらシャノを威嚇した。それに手をわきわきさせることで応えたシャノ。
「ほら、あんたって立ち位置的に姑ポジションじゃない? だから、仲良くしてあげようかと思ったの」
「だぁれが姑かぁっ! オレがなりたいのは嫁のほうだバーカバーカッ!」
「え? メイメイ、今なんて」
「………………ぁっ!?!?!?!? うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ぼふんドタドタばたんっ。
メイメイが顔を赤く爆発させ、脱兎のごとく踵を返して階段を駆け上り、自分の部屋に閉じこもっていった音。何かしら悪いことを聞いてしまったらしい。でも気になるな。なんて言ってたんだろう。シャノがやって来たことに呆気にとられて、聞き流していたことが悔やまれる。
ここでルイルイがふらふらと立ち上がると、メイメイを追いかけて店舗裏に消えていった。二人きりになる、俺とシャノ。
途端に気まずい空気が流れる。
「何よ。何か話しなさいよぅ」
シャノがジト目で俺を見ながら言ったので、肩をすくめる。
「いや、驚いた。もう来ないかと思ったし」
「なんで」
「だって、俺のあの姿を見たんだろ? 自分じゃ見れないからわかんねえけどさ。聞くところによると、ミイラらしいじゃないか」
「ふん。ミイラよりかは肉厚で格好良かったわよ」
「はっはっは。ありがたいね」
俺が大笑いしていると、シャノはカウンターをバンと叩く。そんなに誰かれ構わず叩かれると、うちの大事な一点物カウンターの耐久値がそろそろヤバくなってきてるところ。しかし、咎めようにもシャノの真剣な眼差しに串刺しにされて言葉が出てこない。
「で、どうなのよ」
「どうなの、とは」
「しらばっくれる気? あたしがほら、こ、告白して、あげたでしょ。その返事よ」
頬を少し染めてそっぽを向くシャノ。
困ったな。本当に、困った。
まさかリアルの俺の姿を見たのに、まだ好きでいてくれる彼女に、本当に困ったぞ。
「見ただろ」
「見たわよ」
「それで、なんでまた来るんだよ」
「あんたが、好きだからでしょ」
「……さいですか。ちなみにどこが好きなんだ?」
「顔以外、全部」
「ははあん。顔だけは俺のドストライクなあんたが言うと、けっこうくるもんあるね」
「でしょ? これ仕返しだかんね」
クスクスと笑うシャノに、俺はため息した。
「俺は、あんたを幸せにできないかもしれない。それでもいいのか?」
「いいわよ、別に。あたしがあんたを幸せにしてあげる。だいたいあんた、考え過ぎなのよ。ときめいたらとりあえず付き合っちゃって、なんか違うなって思ったら振ればいいの。今どきの高校生はそんなもんよ」
「そんなもんかね」
「それで、あんたはどう思ってるのよ。あたしのこと」
「顔は好き。胸も申し分ない。おしりはまあまあ。足は魅力的」
「……ああ、そう。何よ。褒められて微妙な気分になったのは初めてよ。まったくもぅ」
頬を膨らませたシャノに俺は笑う。
「まあ、待てよ。続きがあるんだ。さっきも言ったけど、容姿は俺のドストライクだ。んで、その容姿の要素を脇に置いといて俺があんたのことをどう思ってるのか考えてみた。そしたらびっくり。どうやら俺は、あんたのことが好きらしい」
「ふん、なによ。どうせあたしは容姿だけっていうんでしょ。そんなのわかってるわよ。でも、例え容姿だけでもあんたが好きって言ってくれるなら、それはそれでいいわけ…………、ふぇ? ちょ、っと、あ、あんた、いまなんて?」
呆けた顔で聞き返してくるシャノの目を見て俺は言う。
「俺は、シャノのことが好きだ。俺を好きになってくれたシャノの全部が、大好きだ。もはや、きみを誰にもとられたくないとさえ生意気なことを思ってる。ごめん。謝るから、だから、俺と付き合ってください」
頭を下げた。
頭を下げて、右手をシャノに差し出す。
告白なんて生まれてからも死んでからも初めてなんで、上手くできたかどうか。
ちょっと顔を上げてシャノの顔色を窺ってみる。
彼女は、呆然と俺の右手を見ながら、次第に口をわなわなさせ始めた。
「……ぁう、ぅあ、……ぁぅう」
シャノはうめき声をあげて、俺の右手の指先を摘まんでシェイク。
「なっ、なに、よ。それ。ばっかじゃないの。不意打ちなんか、……ひ、卑怯じゃない」
「ごめん。で、返事は?」
「…………うん。ふ、つつかものですが、よろしく、お願いします。……うぅっ、うううううううううっ。ああああ、もおおおおおおっ。こっち見んなっ」
嬉しさで顔を上げた俺の後頭部を押されてカウンターに叩きつけられた。痛い。
けれども、一瞬見えたシャノの顔がすっげー可愛かったので頬が緩んでしまう。
俺がシャノのことを好きだと自覚したのは、ついさっきだった。彼女が俺を幸せにすると言った台詞が決め手である。本当は俺なんかと一緒になるよりほかに良い人を見つけたほうがシャノの人生にとってプラスになることは目に見えている。好きな人の幸せを願う気持ちは俺にもある。けれども、シャノが他の男と一緒にいるところを想像するとができなかった。くっそー、恋ってすごいなー。
ようやく頭を解放された俺はゆっくりと上体を起こした。
シャノは真っ赤になった顔を、俺の視線から手のひらでガードしている。
「そ、そうだ。あんたに渡すモノがあったんだ」
彼女はそう言うと、おもむろに自分のインベントリを開いて何かを実体化させると、こっちに投げてよこしてきた。
ブレスレットか?
装飾品として装備することができるブレスレット(男性用)。
形はわりとちぐはぐで、まるで初心者が一生懸命製作したかのような雰囲気醸している。
案の定スキルスロットはゼロだし。
彫刻された細工は竜。
その目には小さな赤い石ころがはめ込まれていた。
「【アルカナ秘涙石】? え、てことはこれ、シャノが作ったのか?」
「そうよ。悪い?」
「いや、悪くないけど。ずいぶんと、その」
「うっさいあほっ! どうせ不格好よっ! 装飾品を自分でつくったの初めてだったんだから仕方ないでしょっ! そ、それでも一応、一番上手に作れたやつを持ってきたんだからっ! いらないなら、返しなさいよばーかばーかっ!」
俺はシャノにアイテムを投げる。
彼女はそれを目に涙を浮かべながら受け取った。そして、なにかブレスレットとは手触りが違うと思ったのか、アイテムを受け取った自分の手をゆっくり開ける。
「……え?」
シャノの手に握られていたのは、ネックレスだった。細い鎖で繋がれた先には十字架を象った銀細工。その十字架のクロスした部分には小さな赤い石ころがはめ込まれている。
「え? ええ? こ、これって、」
「ほしいって言ってたろ。【アルカナ秘涙石】で作った装飾品」
「あ、……あたしなんかが、もらって、いいの?」
「あんた以外に誰がもらうんだよ。いらないなら返せ」
「……やだ。……えへへ、やった」
シャノは大事そうにネックレスを握りしめると、さっそく装備するようで鎖の留め具を外して自分の首にかけた。少し鎖が長かったようで、彼女の胸の膨らみの上にのる十字架。
それでもまあ、嬉しそうで何よりだ。
三つ作ったスキルスロットには全て幸運値を底上げするスキルを入れてある。
そんなわけで俺もシャノからいただいたブレスレットをつけてみた。
こっちはぴったりだな。
しばらく俺とシャノはお互いプレゼントし合ったものを見せ合う。
二人して笑って、その後、二人して顔を赤くする。
「……きょ、今日は帰る」
「そ、そうしてくれ。なんか恥ずかしい」
「ばーか」
シャノはそう言って小さく舌を出すのだった。




