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「何してる。行くぞ」
「は、はいっ」
サンダルをパタパタ言わせながら朱里さんが歩き始めた。彼女は猫背気味に背中を曲げて、白衣のポケットに手を入れながら進む。近くの信号機のある交差点までやってくると、ちょうど青色だった歩行者信号を見ながら道路を対面へと渡る。そして、朱里さんは再び喫茶店のある方向へと進んでいく。
国立高度医療拠点集中センター。
朱里さんはそんな物々しい看板が掲げられた純白の巨大な建物が聳え立つ敷地内へと入っていく。ここは、喫茶店の対面に見えた病院だ。おそらくはここに努めているだろう朱里さんの車かなんかでトーノの家に行くのかな。あたしはそう思っていると、目の前を歩く朱里さんに通りすがりの人たちが事あるごとに話しかけてきた。話しかける人々は医療従事者丸出しの人もいれば、車いすなどにのってる患者さんやその家族丸出しの人もいて様々だ。
「ちっ、これじゃ埒があかん。少し急ぐぞ」
色んな人に声を変えられてそのたびに言葉を交わしていた朱里さんが舌打ちをして小走りになる。そんな彼女に、あたしはついていく。
彼女は病院の正面口から中に入り、人間で溢れている大きなロビーを横目に見て、スタッフオンリーの重厚なドアの前で立ち止まった。壁にある認証端末に首からぶら下げていた顔写真入りのIDカードをかざす。ピピッと音がしてドアが自動で開いた。
「あの、えっと」
「入れ」
関係者以外立ち入り禁止なんじゃ……。
初めて入る場所にドキドキしながら入ったあたしは、ずんずんと突き進む朱里さんの背中を追った。そこからエレベーターに乗ったり、グルグル階段を上ったり、抜け道みたいな場所を通ったりしながら、入ったときと同じような重厚なドアをくぐる。
再び白衣や桃衣に混じって一般の患者さんじみた人や家族が歩いたりしている場所に出てきた。どこかの病棟のようで、ゆったりとした通路に病室が並んでいる。
駐車場はまだだろうか。っていうか、ここ、地上じゃないような気がするんだけど。
「ここだ。着いたぞ」
うわっと。
急に立ち止まった朱里さんの背中にぶつかりかけた。着いたと言われても。ここは病室の並んだ一郭。周りに人気のない静かな隅っこの病室の前。見ただけで特別仕様だとわかるその病室の扉には『clean room』『面会謝絶』『消毒要確認!』の文字が入ったプレートが掛けられていた。
「えっと」
「察しが悪いな」
朱里さんが親指で、病室にかかったネームプレートを指す。
そこに刻まれていた文字は、『遠野幸路』。
――――――――っ。
あたしは理解した。この病室の中にトーノはいるのだと。
「一応聞いておくが、風邪気味とかではないかね。熱は?」
「だ、いじょうぶ、……です、けど。あの、……悪いんですか?」
「何がだ」
「トーノの、病気です」
「病気、病気ねえ」
あたしの質問に、朱里さんは白衣のポケットから棒付きキャンディーを取り出して口に入れる。
「病気の定義にもよるね。私が主観的に判断するんだとしたら、そうだな。あのバカの『病気』は『最悪』だ。会いたくないなら帰っていいぞ。私は咎めん。それも一種の賢い選択と言うやつだ」
「会います。会わせてください」
「……いいだろう。手をアルコール消毒しなさい。中は室内強制滅菌装置を特別に私が導入して常時無菌状態になってるから別にしなくてもいいんだがね。一応、病院の規則でな」
朱里さんを真似て、あたしは病室の入り口に備え付けてあったアルコール消毒用のジェルをつけ手を擦りあわせる。自分の指先が少し震えていることに気づく。




