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ダンジョンガイドさんの仮想現実生活ログ  作者: まいなす
『第1話 ダンジョンガイドさんは迷った』
169/183

◆4


 その頃一方で、朱里さんは望結さんの言葉を聞いて手を叩いた。


「わかってるぅー。んじゃあ、次に我が愛しの妹はどうだい?」


 カウンターで文庫本を読みふけっていた莉緒センパイがあたしを流し見ると静かな落ち着いた声音で言った。


「えっちはもうしたの?」


 ぶふーっ。

 あたしは飲みかけのアイスティーを噴き出す。それからヘンなところに液体が入ったのか、むせかえる。咳が止まるころには、自分の顔が火を噴くくらいに熱くなっていることにようやく気付いた。や、やば、とりあえず倒れるまえにお手拭きで額を冷やした。


 隣でゴクリと生唾を飲みこむ音。ぼんやりする頭で見やると、そこにはあたしの返事を真剣な表情で待ちかねる芽衣子の姿があった。今にも泣きそうな顔。


 彼女が本当にトーノのことが大好きなんだと改めて確信する。

 まったく。トーノのばか。あんたはどんだけ女の子をたぶらかしてんのよ。


「してないです」


 あたしは莉緒センパイの質問に正直に応える。ここで、『した』とウソを言って芽衣子にトーノのことを諦めさせることも考えたけど。それはできなかった。


「ふうん。じゃあ、わたしは賛成で」


「……してたら、反対だったんですか?」


「うん。もし、してたらそれはそれで。ちょっとむかつくから。……親友としてだけど」


 それだけ言うと、莉緒センパイは文庫本に戻る。本人は気づいてないのかもしれないが、あたしは気づいていた。出会ってから表情のあまり動いていなかった莉緒センパイの口元が少しだけ笑みを浮かべていることに。彼女もまた、同じだ。あたしの答えを聞いて大きな安堵のため息を吐いて自分の姉に抱き着いて泣き始めた芽衣子と。


 ライバルは、二人か。

 自覚してるけど踏み出せないのが一人と、自覚もしてないのが一人。

 こっそりと胸のうちに刻む。その中でトーノと過ごした時間はあたしが一番短いかもしれない。けれど、告白した分、二人より大きなリードをとっていることは確かだ。


「ふむ。なるほど。これで二対二か。いよいよ面白くなってきたじゃないか。あとは私の票で決まるわけだ」


「私はー私の票はー?」


 莉緒センパイの隣でカウンターに手をついてニコニコしながら喫茶店員のお姉さんが笑う。いつの間にいたのか。朱里さんが嫌そうな顔で手をしっしと店員さんに振った。


「そんなものはないよ。これは私のギルドの話だ。もし票が欲しいなら、私のギルドに入ればいい」


「あはは。私も少年のことは好きだけど、あと四十年くらいしないと恋愛対象にはならないんだなー。だから残念だけれど、少年のハーレムギルドには入れないかなー」


「……違う。違うぞ、さっちゃん。このギルドは私のハーレムギルドだ。断じてあのバカのハーレムではないぞ」


 子供っぽく頬を膨らませた朱里さんを無視して店員のお姉さんは私の方へ近づいてくる。そして彼女は手慣れた手つきであたしが噴き出してテーブルに散った紅茶をふきんで吹いていった。ああ、このために来てくれたのかと合点する。それから店員のお姉さんは、あたしの制服のカーディガンに少し染みていることに気づくと目を見開いた。


「あら大変。脱いで」


「え、でも大丈夫です。これくらい」


「だめよー。私の店でお客様が服を汚して帰るとなったら看板下ろさなきゃいけないことになるわ。ほら、はやく脱いで」


「……はい、えと。ありがとうございます」


 あたしはカーディガンを脱いで店員のお姉さんに渡す。それを見ていた朱里さんが店員のお姉さんに言った。


「私の店って、さっちゃんよぅ。ただのバイトだろー? しかもここのハードボイルドなおっさん目当ての。公共の安全を守るケーサツカンがそんな私的な理由で副業してていいのかい?」


「しーっ。しーっ」


 店員のお姉さんが指を唇にあてて、カウンター奥へと消えていった。

 こほん、と朱里さんが空気を入れ替えるように咳払いする。


「それでは私の票だが、」


「……だが?」


 あたしと芽衣子が揃って生唾を飲みこんだ。


「賛成に一票入れてやろう」


「やったっ」


「くっ……」


 ガッツポーズするあたし。それとは真逆にがっくりと項垂れた芽衣子が、やはり抗議の視線を朱里さんに向けた。けれども、朱里さんはそれには取り合わずにあたしの目を直視してため息する。


「ま、釣り合いがとれたというもんだ。今まで天才が三人に、凡人が二人だったのがこれで三対三になった。それにもしお前が我がギルドに入ってくれるんなら、ギルドメンバーはちょうど七人になる計算だ。ラッキーセブン。良い数字じゃないか。私は神さまを信じちゃいないが、ゲン担ぎはするほうでな」


 それからしばらく沈黙が続くと、朱里さんはダルそうに立ち上がった。


「あの、どこへ?」


「トーノの寝坊助のところへ連れてってやる」


 なるほど。それはつまり、トーノの家に行くということ。それはつまり、苦せずしてトーノの家がわかるということだ。


 クスクスと笑うあたしを気持悪そうな顔でドン引きしながら朱里さんは声を張る。


「さっちゃん、かんじょぉー」


 すぐさまカウンター奥から『はーい、二千五百五十円ねー』とあたしのカーディガンを手に持ってパタパタと出てきた店員のお姉さん。彼女に、朱里さんは小銭とお札を白衣からジャラジャラ言わせながら取り出して渡した。


「四十円のお返し」


「じゃあ二千五百十円でいいじゃん」


「十円玉はかさばるから」


 口をへの字にした朱里さんにウインクする店員のお姉さんはあたしに向き直ると、カーディガンを差しだしてくれた。すごい。なんだか汚れがとれてるどころか、まるで新品みたいにまでなってる。


「ありがとうございます」


「ううん。古いのはネトオクで高く売れげふんげふん」


「えっ?」


 何やら不穏な台詞が聴こえたのだが、店員のお姉さんは屈託のない笑顔であたしの背中をバシバシ叩いてうやむやになってしまう。そうこうしているうちに、喫茶店の外に出ることになった。


「それでは、芽衣ちゃんと瑠衣ちゃんは私が車で送っていきますね」


「おう。気ぃつけてな」


 しょぼんとした芽衣子と、彼女に抱き着きながら頬ずりする瑠衣子が、望結さんに連れられていく。あたしはベンツとかリムジンとかが出てくるのかと思ってドキドキしていたが、駐車場からは予想と全然違う黄色の可愛い一般車が出てきたので少し拍子抜けした。


「我が愛しの妹はどうするんだ。今日は私の部屋に泊まってくか。ベッドの上で可愛がってやるぞ」


「いい。姉さんの汚部屋には入りたくない」


 莉緒センパイはそう言い残すとママチャリに颯爽とまたがってチリンチリーンと帰っていった。クールな人だなー。二年五組といったか。一学年上であるが、今度学校で探してみようかな。


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