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「なるほど。お前とあのバカとの馴れ初めはよくわかった」
「わかったって。途中で寝てたじゃないですか……」
あたしは朱里さんをジト目で見る。彼女は望結さんのおっぱいを枕にしながら、いびきをかいていたのだ。
「確かに私は寝ていたが、それの何が悪いんだね。つまらない話を聞いたら眠くなるのは人間の生理現象だ。それを考慮して、いかに聞き手の興味をそそらせるような話をするのが常識だろう。それをしなかった語り手であるお前に問題があるとは思わんか」
「………………」
ああ。やっぱり朱里さんは、あたしの嫌いなタイプである。
彼女は足をテーブルの上にのせて腕を組んだ。トイレにあるような緑のサンダルが彼女の足から離れてテーブルの上に落ちる。この人は、行儀と言うものをどこかに置き忘れてきたのだろうか。
あたしが黙っていると、朱里さんは同じ目線でいるはずのあたしを見下しながら言った。
「まあ、私くらいの天才になると寝ていても凡人の話なんてだいたい想像できるがね。要するに、だ。お前が事あるごとに脱いであのバカをたぶらかしたんだろ、この淫乱豚め」
「ちがうっ!」
「そうだろ? なあ?」
朱里さんは即座に否定するあたしを無視して、隣の望結さんに同意を求めた。否定して望結さん。
「違うとは言い切れませんね」
う、うそだー。
あたしは頭を抱えて望結さんが続けた言葉を聞く。
「むしろ、事実だけを言ったら、結果論としては朱里ちゃんの言ったことは正しいです。篠原やちおさんは少なくとも二回は遠野くんの前で下半身を露出していますし、それに一回は全裸になっていることは確かですから。それを見た遠野くんが雄として本能的な性欲を惹起し、それを恋心と間違ってしまったと考えることもできます。でも、朱里ちゃん。淫乱豚はやめましょうね? 汚い言葉は裁判では不利になりますよ」
「ふ、ありがとう望結ちゃん。キミと友達になってるかぎり私は安泰だ。あっはっはっ」
ひとしきり高笑いした朱里さんは、あたしの隣でずっとこっちを威嚇している芽衣子に顔を向ける。
「それで、どうなんだ。このスラッドをあのバカに会わせるか否か」
「は、反対ッ! 反対に決まってんだろッ! こ、こんなヘンタイをトーノとくっつけちゃだめだっ。なあっ、瑠衣ねぇっ!」
芽衣子は隣に座った瑠衣子の肩を叩く。すると瑠衣子は欠伸して手持ち情報端末の画面から目を離してこっちを見やった。瑠衣子はあたしが話している途中で起きると、それからずっと情報端末の光キーボードをもの凄い速さで叩いていたのだ。
彼女はじっとしばらくあたしを眺めた後、思い出したかのように頷いた。
「なっ、ほらっ! 瑠衣ねぇも反対だってっ!」
再び情報端末の画面に顔を戻した瑠衣子の代わりに芽衣子が引き継いでテーブルをバンと叩いた。
「うーむ。これで二対ゼロだな。このまま行くとあのバカとは会わせられんなぁ。どうだ。ここは一つ、ストリップでもやってみせたら私の票は賛成に入れてやってもかまわんぞ。幸いここには面白くないが女しかいない。まあ、通行人がたまたま見てしまう可能性もあるが、露出狂のビッチなお前なら快感じゃないかい?」
「く……、そんなことは、やりませんっ。だいたいあたし、露出狂じゃないしビッチでもないもん」
「はん。胸元開けて男を落とそうとしているやつが言えた口か」
ぎくり。
あたしは慌ててカッターシャツのボタンをとめてネクタイを締めた。
朱里さんは不敵な笑みを浮かべながら望結さんの胸をパンパンと叩く。
「望結ちゃん、キミはどう思う?」
「私は、賛成しますね」
芽衣子の悲鳴。朱里さんはニマニマしながら望結さんの胸を叩き続ける。
「その心は?」
「んー、そちらの方が面白そうですから。それに、悪い虫に周りを勝手にうろちょろされるよりは管理下に置いて監視しておいたほうが、もしもの時は簡単に駆除しやすいですし」
…………。
賛成票をもらって嬉しいんだけれど、ちょっとゾッとしたのはどうしてだろうか。
あたしは望結さんから少し身体を引いて距離をとる。あと、口が乾いてきたので無料で出てきたアイスティーをちびちびと飲み始める。




