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ダンジョンガイドさんの仮想現実生活ログ  作者: まいなす
『第1話 ダンジョンガイドさんは迷った』
166/183

◆1



 田舎から出てきて三年は経っているはずなのに、未だに都会の雑踏には慣れていない。うるさく感じてしまうので外出するときには、いつだってイヤホンが必需品だった。


 そんなわけで、同じ事務所のセンパイアイドルの新曲を義理で垂れ流しながら、歩くスピードを少し上げる。時間が少しおしている。初めてのデ、デデデートで遅刻するなんてありえない。


 あーもう、あたしのバカ。

 昨日、あれだけ着ていく服を選んでおいたのに、行く直前でまた悩むなんて。

 ドラマで演じた女の子がそういうことしてて、鼻で笑って演じたけど、あれって本当だったのねー。そもそも考えてみれば、トーノが好きそうな服ってどんなのよ。ASAの中でしかまだ会ってないから、あっちのファンタジー丸出しの格好から彼が好きな服を選ぶなんて無茶な話だわ。結局、悩んだ末に時間がなくなって、高校の制服になっちゃったし。


 だいたい、あたしってかわいいから基本どんな服でも似合っちゃうから、選択肢が増えちゃうのが困るのよねー。


 うー。

 うーうー。

 へ、へんじゃない、よね?


 ちょうどあったショーウィンドーに移った自分の姿を歩きながらチェックする。

 あたし本体は、うん、可愛い。

 さっすが、人気絶頂の黒髪清純系現役JKアイドル。

 グラビアからドラマ主演までオールマイティにこなすスーパーアイドルにふさわしい美貌とプロポーションは向かうとこ、敵なしね。これでトーノも瞬殺よ。ふふふ。


 でも、服が。

 カッターシャツにカーディガン。緑のネクタイにチェックのスカート。

 あとは、いつも外出時につけてる変装用の赤ぶち眼鏡。


 ちょっと地味、かも。イヤホンを外して首にかけ、その場で一回転してみる。

 短めのスカートからは黒いタイツが肌を隠す。

 い、いやでも。トーノって、地味な子の方が受けがいいんじゃ、うーん。


 と、とりあえず。

 このままじゃガードがものすごくお堅い文学少女みたいだから、ネクタイを緩め、シャツのボタンを二段目まで開けて谷間をチラ見せしておく。か、完璧だ。これで惚れない男がいたら、持ってこいっつーの。


 トーノめー。見てなさいよー。あんたの目をハートにしてやるんだからー。

 くく、くくくく。

 ……って、どんだけトーノが好きなのよ、あたし。

 自分で自分の盲目さにあきれるが仕方ない。

 だって、……だって、好きなんだもん。


 そこでふと、周りがざわついてることに気づく。

 ショーウィンドーに手をついて、頬を染めて一人でため息ついていたあたしはハッとする。『あれ、篠原やちおじゃね?』『え? うそー』『ちょーかわいい』はん、当たり前です。じゃなくって。眼鏡をくいっとあげる。それから、スマホで写真を撮られたりするのを『ご、ごめんなさいぷらいべーとなのでぇ』とぶりっ子対応して、逃げる。


 まったく。油断もすきもあったもんじゃないわ。

 顔バレしないように、俯きながらトーノに指定された場所を再び目指す。


 今日は、トーノが入ってるギルドのオフ会があるのだ。

 そこで、あたしは彼と会う約束をしていた。

 スマホの地図が正しければ、あと五分ほどで到着するだろう。急がねば。女の直感が告げている。トーノは、遅刻してくる女は嫌いだ。


 顔を伏せてせっせと足早で進んでいると、それでも男たちが通り過ぎるたびにジロジロと流し目しているのに気づいて鼻を鳴らした。たいてい彼らの視線が顔が見えないときは自分の胸に注がれているということなんて、お見通しなのだ。女の子はそういう視線には敏感だ。キモい。キモいキモいキモい。トーノにならいくらでも見られても、いや、むしろ見られてドキドキしたいので見てほしいくらいなのであるが、他人からそういう目で見られても嫌悪感しかわかない。見るなら金払えっつの。雑誌買ったり、ドラマ見て視聴率あげたり、ライブでお金落としたり、あたしにギブアンドテイクで何かしなさいよ。まったく。腕で隠しながら、背中を丸めて駆け足になる。


 中学の時から急に大きくなり始めてコンプレックスだった。こんなの重いだけじゃん。

 それに、男からああいう気持ち悪い目で見られるし。陸上はそれで止めた。

 正直、泣いたこともあった。生活指導のクソ教師に迫られたときのトラウマは消えない。


 首を横に振る。

 でも、まあ。そのおかげで事務所のスカウトさんに声かけられて、今ではたくさん稼がせてもらってるとこもあるし。それで孤児院も潰れずにすんだんだ。それになんといってもこれは女の武器になる。自分のおっぱいの成長には本当に感謝してるわ。だってトーノを落とすために使えるし、それにトーノの周りにいる邪魔な女を蹴散らすのにも使えるもん。


 ふん、特にメイメイとかいうあのガキンチョよ。あたしが今日のオフ会に参加することを最後まで反対してた。むかつく。現実で実際あのぺったんこがどんななのか見てやるわ。それで、嘲笑ってあげるの。うふふふふ。


 おっと。ここかな。通り過ぎようとしていた喫茶店の前で立ち止まる。

 手元のスマホで地図を確認すると、場所はあっているようだ。

 ASAにもGPSがあったら便利なのにな。

 そして念のため、喫茶店の名前を見てみると名前もあっている。


 よし。ここだ。

 大きな総合病院の向かいにあるポツンと建っていたその喫茶店は、古き良き時代のどこにでもあるようで、しかし今となっては実際あんまり見かけなくなったザ・喫茶店。静かな雰囲気が似合うと思うが、向かいの総合病院にひっきりなしに入っていく救急車のサイレンが少し耳障りで、営業に支障が出てないか心配、そんな感じだった。


 あたしは息を整えてから、もう一度、喫茶店の入り口ドアのガラスで身だしなみをチェック。少し跳ねていた髪を手で綺麗にする。うー、なーおーらーなーいー。どうしてもアホ毛みたいに跳ねた一本の寝ぐせを寝かしつけられず。仕方ない。遅刻しない方が大切だ。


 がんばれ、あたし。

 第一印象で、決まるぞ。

 深呼吸する。とうとうトーノに会うんだ。


 …………。見なくてもわかる。今のあたし、すごく顔赤い。

 く、くっそー。心臓がまた跳ねてきたじゃない。こんなにドキドキしてたら死にそうだ。トーノってば、あたしを殺す気じゃないかしら。まあ、倒れたら目の前が病院だからおーけーよ。


 自分でもよくわからないことを言い聞かせながら、喫茶店の入り口を開ける。


 かららーん。

 入店の合図を知らせる鈴の音。

 本格的にアンティークだ。


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