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理不尽だ。
そんな俺の呟きが漏れてから早三十分。
ああ、くそ。
まずいぞ。
かなりのハイペースで登攀したのだが、その努力虚しくクラウソラスに追いつかれたのは全体の九割を超えたあたりだった。やつめ、俺たちの五時間を、わずか三十分足らずのうちに追いつきやがった。こんなことなら休憩を減らしといたほうがよかったかもしれない。
俺のうっかりだ。油断した。初心者だったシャノに高さと登攀に慣れさせようとして最初のうちはわざとスローペースにしていたのが、ここに来て仇となった。
「ひゃぁっ!」
シャノの悲鳴。
クラウソラスが伸ばしてきた翼爪が彼女の真下の岩肌を抉ったのだ。反動でガラガラと岩が崩れてクラウソラスがずり落ちていく。しかし、少し落ちたところで鋭い四肢の爪をアンカーのようにズガガーンと岩肌に突き立てることで制止。尻尾をフリフリして獲物が落ちてきやしないかと咆哮する。
「シャノっ! お前が先に行けっ!」
俺は下にいるシャノに叫ぶ。登攀ルートの決定とアンカーの撃ち込みはもう、できるはずだ。できなくても、やってもらうしかない。壁に張り付きながら下から追い上げてくるクラウソラスの攻撃を避けるのは、今日初めて登攀する人間にはあまりにも無茶だ。
彼女は俺の言葉をくみ取ってヨサヨサと危なげに登ってくる。そして上下を交代し、俺からアンカーを撃ち込むハンマーを受け取って頷くと、思い出したようにジト目になって俺を睨んだ。
「上を見たら、ぶっころすわよ」
…………。
「あ、そっか。お前いま、ノーパン――――」
殴られる。痛い。
落ちたらどうすんだ。
「あんたが落ちたらあたしも一緒に落ちてあげるわよっ! どこまでもっ!」
ああ、そう。
そうですか。
そんなこと言われちゃ意地でも、落ちれなくなったじゃないか。
シャノは本気だ。
なので囮としてわざと自分が落ちる選択肢を消す。
それから、こっそり上を見上げてシャノがアンカーをどういう風に撃ち込んでるのかを確認し、おおよそ大丈夫そうだとわかったので、続いて下を確認した。
ああ、もう。
くそったれめ。
口を開いて溶岩を吐き出していたクラウソラスがいつまでも落ちてこない俺たちに痺れを切らせて、登攀を開始していやがる。
舌打ちする。
やつめ、力任せでまったくもって雑な登り方だ。
岩肌ががんがん削れていくのお構いなしに爪を突き立てて自分の身体を持ち上げている。
「そんな悪い子ちゃんにはお仕置きが必要だな」
我ながらキナ臭い台詞を吐きながらインベントリを開いてアイテムを選択する。
上方の利は我にあり。
これでも食らえ。まずは【キムチ】攻撃ぃ。
呑気に大口開けていたクラウソラスの口腔内に俺が大事に漬け込んで作った特性【キムチ】が消えていく。それはいつもダンジョンガイドの時にパーティーと円滑なコミュニケーションとるためのおすそ分けアイテムとして重宝してる、ご飯のお供にもツマミにもイケるとっても美味しい【キムチ】である。保存食でもある。ああ、悲しい。我が子を失った気分だ。でも効果はあったよう。
おそらくは今まで口にしたことは一度もないだろう【キムチ】の辛味に、クラウソラスはむせかえっている。続けて、俺は【たくあん】爆弾と【ならづけ】ナパームを投下した。
あっはっは。
なんだか楽しくなってきたぞ。
食料がなくなったら、お次は雑貨だ。フライパンや鍋、ランプなどなど。怒って攻撃してくるクラウソラスから逃れつつ、投下。その全てをクラウソラスの頭部に当てていく。ついでにダンジョン内で回収してったアイテム類も投下してやる。投下。投下。回避して、投下。落とせるものは何でも投下して、少しでも時間を稼ぐ。稼ぐ。稼いで登る。
みるみる俺のアイテム欄が空になっていく。しかし、クラウソラスとの距離は持ちつ持たれつゼロになっていない。途中で危うく何度か足を持ってかれそうになったが、無事に今でも繋がってるので良しとしよう。もうすぐ地上だ。地上に出れば、対処の選択肢が増える。
さて、次は何を落とそうかな。と、言っても、もう数えるくらいしかアイテムがないんだけどね。でも、このまま行けばギリギリ地上まで持つだろう。んじゃあ、次はこの【パンツ】でも落としてやるか。もちろんシャノのではない。俺のである。しかも、ちょっと耐久値が削れた使用済み。帰って洗濯しようと思ってたが仕方ない。この【パンツ】の次は未だに鑑定中のボロ縄かな。何なのか知りたくて残してはいたけど、背に腹は代えられない。というわけで、指でつまんだ【パンツ】を俺はクラウソラス目がけて落とそうとした。
がらがら。
がらがら?




