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ダンジョンガイドさんの仮想現実生活ログ  作者: まいなす
『第1話 ダンジョンガイドさんは迷った』
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 さて、と。

 ここでシャノのびっくり人間ショーについての驚愕は終了する。いくらシャノがすごいからって、安心はできない。なぜなら、彼女のそれがいかに細いピアノ線の上を綱渡りしているのかがわかるから。集中するシャノが噴き出している尋常じゃないほどの汗が慣性の法則で彼女から飛び散っていることがそれを物語っている。今にもプッツンと切れてしまいそう。


 それに、クラウソラスはまだすべての攻撃パターンを前の戦闘中シャノには見せていなかった。その中には、彼女が即興で対応できることが難しいものもいくつか存在する。


 それをわかっていながら、指をくわえて神頼みばかりしている俺ではない。都合が良い時には助けてくれるが都合のつかないときには全然助けてくれない困ったちゃんよりかは、自分の方がよっぽど信じられる存在である。ゆえに、俺は策を考える。どうにかして、シャノの援護はできないものだろうか、と。


 とはいっても、スキルは使えない。アイテムも有用なものは見当たらない。攻撃武器はダガーナイフだけ。ここからじゃ投擲くらいしかできないが、俺の攻撃力じゃ当たっても空気とおんなじで視線誘導にすら役立たないだろう。せめて、シャノくらいの攻撃力が乗れば、繰り出された攻撃をパリーで弾くくらいはできるかもしれない。


 ここで、ぷかぷかと思考の海に気泡が浮かんでくる。確かずいぶんと前になるが、ビブリオくんと裏技やハメ技の情報をちちくりあいながら交換していたときに彼がチョロッと教えてくれた方法。アップデートによる修正が入っていなければ、まさに今、それを使えるのでは?


 ちょうど、その時である。クラウソラスが、おそらくはシャノにとって初見である左前脚フェイントのダイナミック右翼爪打撃攻撃(仮称)を敢行する予備動作(鼻フシュー)を行った。


 ええい、ままん。迷ってる暇はねえ。いつだって。

 俺はダガーナイフを投擲する。

 時を同じくして、フェイントに引っかかって逃げ場をなくされたシャノに容赦なく迫りくるクラウソラスの翼爪。防御は間に合わない。勝利の確信からかクラウソラスの蛇眼が見開かれる。


 ガキン。

 クラウソラスの蛇眼が見開かれた。

 俺が投擲したダガーナイフにパリーされて弾かれた自分の翼爪を眺めて。


 よし。

 なんとか綱渡り成功である。ガッツポーズする俺の拳。冷や汗を拭う。

 パリーでダガーナイフの耐久値が一瞬でゼロになって砕け散ってしまったが、そこはいつだって有象無象の大量生産コモン装備の悲しい運命ってことであしからず。まだ、予備残数が八百五十八ある。


 シャノがクラウソラスから距離をとって息を吐く。

 彼女は俺を一瞥するが、すぐさまクラウソラスへと視線を戻した。

 正解だ。俺が何したのかは後でたっぷり教えてやる。だから今はクラウソラスとの戦闘に集中しなければヤラれる。


 シャノは『自分のインベントリから収納されていたハルバードを取り出して』再びクラウソラスへと向かっていった。


 さっき俺がやったこと。

 それは、フレンド間の贈呈機能と装備自動試着システムを利用した援護パリー(ビブリオくん考案、通称【友情パリー】)である。


 まず俺とシャノはフレンド登録をしていた。その恩恵として、アイテムの贈呈は相手の承認なしで自動化することができる。つまり、俺がシャノに何かを贈れば、シャノのインベントリへ自動的に入ることになる。そこで、俺はダガーナイフを投擲、その後、それを最適のタイミングでシャノに贈呈した。最適のタイミングとは、ダガーナイフがクラウソラスに接触する直前だ。けれどもそれだけなら、ダガーナイフはアイテム化してシャノのインベントリに入るだけである。


 そこで装備の自動試着システムがカギになってくる。装備の自動試着システムとは、文字通り、装備アイテムを獲得した場合に自動的に試着することができる産廃システムのことである。ある程度レベルが上がって装備を整えたプレイヤーならば、それ以上の装備が手に入るということは滅多になくなるので、ほとんどの上級プレイヤーは自動試着を採用してはいない。けれども偶然にもシャノは、とりあえず手に入った装備が、自分にどれだけ見合うかどうか確認するためにそれを利用していた。つまり、俺が贈呈したダガーナイフは、シャノのインベントリに入る前に彼女に試着装備されることになる。すると両手武器である彼女のネームドレア装備ハルバードは彼女のインベントリに入り、その代わりにコモン装備ダガーナイフが彼女の武器となるわけだ。


 ダガーナイフはインベントリを経由してないからアイテム化もされず、シャノの手に渡る。その時点で投擲攻撃もキャンセルされて飛翔していたダガーナイフは慣性法則を無視して即座に失墜。が、贈呈による所有権自動移譲が反映されるまでのタイムラグにより、所有権移譲後にクラウソラスにダガーナイフが接触することになる。すると、ダガーナイフの所有権が俺ではなくシャノであるため、攻撃が俺の攻撃ではなく、シャノの攻撃として判定される。ダガーナイフは試着状態なのでダメージ計算は行われないが、それはクラウソラスが【無敵】状態なので問題ない。大事なのは、パリーはダメージ計算が行われなくても、攻撃値が足りていてタイミングさえ合っていればできるということだ。


 この友情パリーには三つの綱渡りポイントが存在する。


 綱渡りポイントその一。俺がダガーナイフを贈呈するタイミング。早すぎればダガーナイフが対象に接触する前で失墜、遅すぎればパリー判定が所有権の移譲前に行われてしまうため、どちらもパリーは失敗する。


 綱渡りポイントその二。友情パリーを使えば本来装備していた武器がインベントリに収納されてしまう点。これはパリー後に必ず武器なしの隙ができてしまうことになるため、相手が二人以上の時は使えない。


 綱渡りポイントその三。友情パリーをすべきかどうかの判断が難しい点。このパリーは刹那の狭間を狙ってやらなければならない都合上、事前告知などができないために、やるかどうか勝手に判断しなければならない。なのでともすれば、助けようとした相手を逆に窮地に陥れかねない。


 主にこれらの理由から友情パリーはビブリオくんとの協議の末にお蔵入りしたわけだが、現状ピアノ線の上を歩くような大ピンチよりか幾分かはマシな選択だと思いたいね。


 俺は再びダガーナイフを投擲して、シャノの死角からしなってきていたクラウソラスの尻尾を友情パリーする。


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