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「シャノ、よせ。今の俺はスキルを使えない。つまり【アバター・ドミネーション】は使えないってことだ。しかも、そのHPだと一撃食らったらゲージが吹き飛ぶことぐらいわかってるだろ」
そんな感じでシャノの背中に忠告を投げたのだが、彼女は視線をクラウソラスから逸らさずに背中で俺に語る。
「もし、もし立場が逆だったら。あたしが動けないところにコイツがやってきたら、あんたはどうしてたのよ」
…………。
「そりゃ、現状より絶望的だってことは確かだな」
「ふん。誤魔化しても無駄なんだから。あんたはごちゃごちゃ理屈こねてうるさいけど結局はお人好しなんだもん。だから、どんなに絶望的だとわかってても、あたしが立ってるこの場所に、あんたも立ってたはずよ。そうでしょ?」
「そりゃ……」
そうかもしれないけどさ。なぜなら、誰だって女の子がぺしゃんこになるとこなんてみたくねえもん。それが告白された女の子なら尚更じゃないか。まあ、でも、俺ならもう少しクラウソラスとの間合いを取ってるところだけどね。怖いから。
シャノは黙る俺を肯定の意ととって鼻を鳴らす。
「ほらごらんなさい。あたしはね、あんたのそういうところにも惚れてるんだから。だったら、あたしにも立たせてよ。守られてばかりなんてイヤ。今度はあたしがあんたを守ってあんたを惚れさせてやるんだから。あたしのことしか考えられないようにしてやるんだ。じゃないと、あんたばっかり美味しいところ持ってってズルいじゃない。……まあ、要するに、あんたは泥船に乗ったつもりで、あたしのことを崇め奉っとけばいいのよ」
「はっは、沈めば諸共ってか。おーけー。そこまで言うなら、俺はあんたにベットするよ」
神さまどうかシャノがひき肉にされませんようにアーメン。
そして、できれば俺も助けてくださいソーメン。
「上等っ! この美少女剣士シャノーラさまの華麗な演武を目ぇかっぽじってよぉーく見ときなさいっ!」
シャノはそう叫ぶと、ハルバード片手にあろうことかクラウソラスに突っ込んでいった。
あっ、ばか。
こっちの出方をうかがっていたクラウソラスに、もっと時間を稼がせてもらえばよかったのに。おそらくは、俺を巻き込むまいとして、まだ間合いの広いうちに自分から攻めていったんだろうが。いや、過ぎたことよりもこれからのことだ。シャノがクラウソラスの攻撃に対応できるとは、とてもじゃないが思えない。無謀だ。無謀すぎる。
俺が悲鳴を口からゲロする暇もなく、クラウソラスの尻尾が鞭のようにしなってシャノを襲う。しかし、俺の予想は珍しく外れた。
「はッ」
シャノは息を軽く吐くと、クラウソラスの尻尾攻撃を、やつがその軌道を変えないようギリギリまで引き付けてから、自らの姿勢を沈めることで回避したのだ。それだけじゃない。そこから連撃で繰り出されたクラウソラスの攻撃のことごとくを回避するばかりか、爪の斬撃攻撃なんかはコンマ数秒以下の精度の完全なタイミングでパリーすることによって上手いこと弾き返したりするではないか。
ど、どういうことなの?
俺は目がテンである。しかし、呆気に取られている暇もねえ。考察するに、まさかとは思うけど、俺が【アバター・ドミネーション】で身体をコントロールしてクラウソラスとバトってる間に覚えたというのか? やつの攻撃パターンとそれに対するこっちが取るべき戦い方を?
確かに今のシャノの戦い方は、俺が彼女を操ってクラウソラスを攻略していたときのものに酷似している。けれども、所々の動きは改善されていて無駄のないものになっていて、シャノはクラウソラスの攻略法をもう自分のものにしていることがわかる。あんな短時間に俺みたいな偏屈屋の考えた新しい戦闘技術を吸収できるのか、フツー。いや、できねーよ。
それができるってことは、血の滲むような努力の末に積み上げてきた土台があってこそだろ。俺は彼女を過小評価していた。記憶力は良いほうだと言っていたが、それだけじゃない。経験を柔軟に百二十パーセント吸収できる類のリアルチート人間だ。上級職であるのは伊達じゃないってことか。




