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…………。
けれども、まあ。
吐きだす熱気を感じられるまで近づいたクラウソラスを見上げながら俺は思う。
悪くない人生だった、と。
本来なら呆気なく昇天するとこだったのに、結構長めのロスタイムをもらった。その間にたくさんの心揺さぶる情景を眺められたし、仲間とたくさん馬鹿やったし、おまけに可愛い女の子にも告られたし。男としての人生としちゃ、できすぎたもんだったと思うぜ。
目の前までやってきたクラウソラスがゆっくりと前足を振り上げた。
ああ、くそ。自己納得、失敗。
やっぱり。
「死にたくねえなー」
走馬燈が始まる。生きていた頃の映像がフラッシュバック。
いーやーだー。
だれかー、おーたーすーけー。
そう叫びたくなる衝動は抑える。せっかく逃がしたシャノが戻ってくるといけないので。
あいつ、ちゃんとダンジョンから脱出できっかな。道中で念のためにダンジョン攻略のイロハを叩きこんだけど、それがどこまで身になってるのか心配だ。
そうこうしてるうちに、振り下ろされるクラウソラスの凶悪な前足スタンプ攻撃。
俺は目を閉じるしかなかった。
バァン。
…………。
へ?
いつまでたってもお迎えの天使なり悪魔なりがこなかったので、恐る恐る目を開けてみる。
「お、お前っ!? なんでっ!?」
俺とクラウソラスの間に立つ、ハーフヴァンプ少女。
「くっ、ぅ…………ッ!」
シャノである。
犬歯を食いしばりながらクラウソラスの前足スタンプ攻撃を、掲げたハルバードで受け止めて踏ん張っていた。彼女の足元の石床は、衝撃で同心円状にヒビが入り、窪んでいる。そして、完全に防御したようなのに、尾を引く重圧からシャノのHPが減っていっている。次第にジリジリとクラウソラスの重みに押されて、彼女は片膝をつく。このままでは、ぺしゃんこだ。
ふと、俺と彼女は目が合った。
「ぶぁっ、かとおおおおおおおおのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
シャノは俺をキッと睨んだあと、足に力を入れてクラウソラスに負けじと咆哮した。すると、どうだ。シャノは体勢を押し戻したどころか、逆にクラウソラスの足を弾き返したのである。後ずさりしたクラウソラスは戸惑いを見せて、シャノを蛇眼で舐めるように観察し始めた。な、なんつー馬鹿力だ。幼生体とはいえ竜種と真っ向から互角以上に勝負できるなんて、どういう理屈だ。
そこで俺はハタと気づく。息を荒くしてハルバードを床に突き刺した彼女のHPが大きく削れて赤ゲージになっている。スキルを使ったのだ。自分のHPを対価に筋力値を昇華させる、おそらくは【レイジバースト】。でもそれは、HPを削り過ぎだ――――。
ガツン。
考察していた俺の頭蓋にシャノがゲンコを落とした。目の前に星が回る。
痛い。マジで。衝撃で眼球飛び出しかけた。
「なにすんだよ」
「言いたいことは色々あるけど、あとで言うわ。でも、先にこれだけ言いたいから言っとく。今度、こういうウソついたら、あたし。もう許さないから」
「許さないって、どうすんだよ」
「あんたをぶっころして、あたしも死ぬ」
こえーよ。
「ああする以外、方法はなかったろ。あんただけでも逃げろって言ったら逃げてくれたのか?」
「逃げるわけないだろっ」
「だったら二人で仲良く死ぬわけにはいかない。助かるならどっちかだけでも助からないと――――」
バッシーン。
シャノに頬を思いっきりビンタされた。
電撃くらったかのように痺れて本当に痛い。
「あんた男だからわからないかもしれないけどねっ! 女が『好き』って言ったら、『死ぬときは一緒』って意味なのよっ! それをっ、あんたはっ、わからず屋っ! 残される人間の気持ちを考えないなんて、サイッテーで自分勝手のクズがやることよっ! わかったかっ!」
頬だけじゃなくて、耳も痛くなってしまう始末。
何も言い返せない俺に背を向けてシャノはクラウソラスと対峙する。彼女はハルバードを流れる動作で振り回すと、下段に構えて腰を落とした。戦闘る気だ。クラウソラスも彼女を見て闘争心が沸いたのか、臨戦態勢をとって長い尻尾を振るわせる。




